【書籍紹介】パタン・セオリー:クリストファー・アレグザンダーの理論に関する序論と展望
この度、『パタン・セオリー:クリストファー・アレグザンダーの理論に関する序論と展望』が手元に届きました。
本書『パタン・セオリー:クリストファー・アレグザンダーの理論に関する序論と展望』は、ヘルムート・ライトナー氏(Helmut Leitner)によって著された『Pattern Theory: Introduction and Perspectives on the Tracks of Christopher Alexander』の邦訳書です。
建築家であり、思想家であるクリストファー・アレグザンダー氏の提唱したパタン・ランゲージ、思想、世界観に関する膨大な研究・思索をまとめた本書ですが、この『パタン・セオリー』にはご縁あって出会うことができました。
以下、本書が出版されるに至った背景や、私が本書に初めて出会ったきっかけ、また、アレグザンダー氏と彼の提唱したパタン・ランゲージ(パターン・ランゲージ:Pattern Language)等について簡単に紹介したいと思います。
『パタン・セオリー』と出会ったきっかけ
私が本書と出会ったのは昨年5月。本書の翻訳チームである中埜博さん、懸田剛さん、高柳謙さん(gaoryu)の3名で開催されていた『Pattern Theory』の読書会に参加したことがきっかけです。
この読書会はかつてアレグザンダー氏とプロジェクトを協同し、国内の建築・まちづくりにおいてパタン・ランゲージの活用、紹介を行ってきた中埜博さんを初めとする有志のメンバーと、告知によって集った方々によって運営されていました。
そして、すでに翻訳を進めつつある原稿を参加者と共に読み進め、内容に関する疑問や翻訳に関するフィードバックを後の校正に反映していくというものでした。
なお、複数回にわたって開催された読書会の参加後、しばらく私はこのプロセスから離脱します。
そして、2024年4月。『パタン・セオリー:クリストファー・アレグザンダーの理論に関する序論と展望』の翻訳出版プロジェクトがクラウドファンディングでスタートし、翌月5月に無事にゴールを達成しました。
なお、プロジェクト開始時の翻訳チーム懸田剛さん、高柳謙さん(gaoryu)の思いや、本書の魅力等については以下の記事もご覧ください。
その後、10月5日。アレグザンダー氏の誕生日の翌日に出版となり、現在に至ります。
パタン・セオリー(Pattern Theory)の前提
パタン・セオリーを紹介するためには、パタン・ランゲージ(パターン・ランゲージ:Pattern Language)や、これらの提唱者であるクリストファー・アレグザンダー氏(Christopher Alexander)の人物像など、理解する上での前提知識がやや多くなってしまいます。
そのため、以下に関連する要素・用語などをできるだけ簡潔にまとめていきたいと思います。
なお、クリストファー・アレグザンダー氏の人物像については、『パターン・ランゲージ:創造的な未来をつくるための言語』の中で、井庭崇さん・中埜博さんの対談の中で触れられているため、こちらも参考にしながらまとめたいと思います。
クリストファー・アレグザンダー氏(Christopher Alexander)
クリストファー・アレグザンダー氏(Christopher Alexander)は、パタン・ランゲージ(パターン・ランゲージ:Pattern Language)およびパタン・セオリー(パタン理論:Pattern Theory)の提唱者である建築家であり、思想家です。
工業製品のように建てられていく近代建築に対し、人々が日々の生活を営む古い街並みの中に見出せる美しさ・良さをアレグザンダー氏は『名づけえぬ質(Quality Without A Name)』と呼びました。
単純な『美しい』『深淵な』『調和が取れた』『奥深い』といった表現にとどまらない良さを、『名づけえぬ質(Quality Without A Name)』と表現したのです。
この『名づけえぬ質(Quality Without A Name)』を持つ建築や街並みこそが人々をいきいきさせ、くつろぐことができるものであり、その質を生み出し、構成する要素を抽出・構造化し、『パタン(Pattern)』として扱えるようにしたものが後のパタン・ランゲージ(パターン・ランゲージ:Pattern Language)につながります。
パタン・ランゲージ(Pattern Language)
パタン・ランゲージ(パターン・ランゲージ:Pattern Language)は、建築家・思想家であるクリストファー・アレグザンダー氏によって提唱された、人々の気持ちを豊かにするいきいきした建築物をつくりだすための『パタン(Pattern)』および『パタン(Pattern)』を繋げる・重ねるという考え方『ランゲージ(Language)』を示したものです。
パタン・ランゲージを自らのコンテクスト(context:文脈・状況)および、場所におけるコンテクストに応じて用いることで、人々は自らの手で『名づけえぬ質(Quality Without A Name)』、感覚的に感じる『よさ』を備えた建物の設計・施工が可能となります。
建築領域で注目を浴びたパタン・ランゲージは、やがてソフトウェア領域や社会科学、人間科学の領域にも応用されるようになり、現在に至ります。
アレグザンダー氏の提唱する理論は20歳に初めて記した論文である『形の合成に関するノート』以降、発展を遂げてきたものであり、生涯をかけて構築してきた理論は建築領域を超え、哲学、システム理論、デザイン等の多様な領域を包摂するものとなりました。
しかし、2003年に出版され、2013年に邦訳された『The Nature of Order』(※全4巻の内1巻のみ邦訳)を最後に、国内ではアレクザンダー氏の理論に触れる機会が少なくなっていました。
2022年3月にアレグザンダー氏が亡くなったことで、改めて彼の遺した理論・考え方を紹介しよう、伝えていこうという気運が高まったことも、今回の翻訳出版プロジェクトの一因だったのかもしれません。
パタン・ランゲージの活用事例
以上、アレグザンダー氏やパタン・ランゲージについて紹介してきました。
では、パタン・ランゲージは一体どのような場面で活用されているのでしょうか?
簡単にではありますが、国内外の事例も紹介できればと思います。
Building Beaty:Ecologic Design & Construction Process
Building Beatyは、クリストファー・アレクサンダー『The Nature of Order』に示された原則を、体験型の製作、適切な技術の構築、自己認識型のデザイン(個人とコミュニティのレベル)の統合的アプローチによって探求するプログラムです。
ホームページによると、大学における単位取得のプログラムとしても活用可能なものであるとのことです。
ダグラス・シューラー氏(Douglas Schuler)
読書会に参加した際、中埜先生から、ダグラス・シューラー氏(Douglas Schuler)の『Liberating Voices: A Pattern Language for Communication Revolution』という書籍の紹介をいただきました。
本書は、情報およびコミュニケーションの領域におけるパタン・ランゲージの応用例であるようです。
オードリー・タン氏と真鶴視察
オードリー・タン氏(唐鳳:Audrey Tang)は言わずと知れた台湾のデジタル担当大臣ですが、2023年5月、神奈川県真鶴町へと視察に訪れていたそうです。
神奈川県真鶴町は1993年、真鶴町のまちづくり条例として『美の基準』が制定されたのですが、この『美の基準』は『パタン・ランゲージ』を応用して制定されたものとのこと。
オードリー・タン氏の視察は、パタン・ランゲージがこのような形で海外との縁を結ぶものであるという一例のように考えられます。
Pattern Language for Game Design
クリス・バーニィ氏(Chris Barney)による、「パタン・ランゲージ」の考え方を使ったゲームデザイン法を案内する書籍です。
読書会中に直接語られたものではなく後から調べてみて発見した事例ですが、本書中では井庭崇さんによるパタン・ランゲージの活用事例(クリエイティブ・ラーニング)についても紹介されています。
終わりに
以上、簡単にではありますが、クラウドファンディングを経て無事に翻訳出版された本書『パタン・セオリー』と、その背景にあるアレグザンダー氏のパタン・ランゲージ、関連情報について簡単にまとめて紹介してきました。
私の日々の活動は、フレデリック・ラルー氏(Frederic Laloux)の提唱した『ティール組織(Reinventing Organizations)』をはじめとする新しいパラダイムに基づいた働き方、組織の作り方に関して情報発信を行ったり、時に組織に伴走支援を行うことです。
これらの活動の背景には、特定非営利活動法人場とつながりラボhome's viの時代に培った対話の場づくり、ファシリテーションの哲学・方法論や、さらに遡ると建築一家に生まれた自身のDNAや、兼業米農家としての自然への眼差しなどがあります。
これら私の中に息づく経験や体感はいずれも、そこにある生命がありのままにそのポテンシャルを発揮できる環境づくり、時間と共に適応しながらしなやかに変容していくシステムづくりを行うという内面奥深くのビジョンに繋がっています。
そしてこの経験や体感、ビジョンは、人々が日々の生活を営む古い街並みの中に見出せる美しさ・良さを見出し、パターンとして構造化・理論化したアレグザンダーの眼差しとどこか共通しているように感じられ、私はアレグザンダーに一方的にシンパシーを感じていました。
本書を通じて、アレグザンダーの見た景色を共有し、身近な人々に、そしてより多くの方にわかちあっていけるのが、これから楽しみです。