霞の向こう側にさよならを。

私の誕生日を、いつも忘れる人がいる。
覚えていてほしいとどれだけ思っても、その日に連絡が来ることはない。そして、そのことを私はわかっている。彼女の気持ちの中にほんのちょっとでも私の居場所はないんだなあと思い知らされる日。そんな日が私は大嫌いだ。もう3年になる。

そうでなくとも、割とよく、昔から忘れられてきた。

友達がいなかったわけではないのに、なんでだろう。4桁ってそんなに覚えづらい?

いちばん関係が濃くて人数も少なかった高校時代に、同級生全員から何も言われなかった日のことはいまだにトラウマだ。

なんだかその日までの一年のことが全部霞の向こうに見えるような、寂しい気持ちになったのをよく覚えていて、そういうのが忘れられない。本当に寂しかったのだ。

だから私は、自分と親しい人の誕生日は絶対に大切にすると決めている。

たった一言で、誰かを幸せにできる日なのだ。
たった一言で、「生まれてきてくれてありがとう」と「出会ってくれてありがとう」を、誰かに伝えられる日なのだ。

社会に出て、「友達」というものが日常的にそばに居なくなった今、「それでも覚えていてくれる人たち」が周りに残るようになった。もしくは、連絡が来なかったとしてもお互いにお互いが大切だと信じられる関係の人。

だから私の誕生日は、本当に楽しい1日になるようになった。「忘れられる日」ではなくなった。

ただひとり、たったひとりを除いて。

わかってしまうのだ。いちばん長くそばに居たんだから。いちばん長い時間、いっしょに仕事をしてきたんだから。距離をおいた方がいいと考えて彼女がそうしているわけではないこと。本当に、ただただ忘れていること。私にとって彼女がどれだけ大切でも、彼女にとって私はそうでないこと。

私さえ割り切れば友人になれるのかもしれないと思った。そんな自分をぶん殴りたい。そんで抱きしめたい。そんなわけなかった。なら、いっそ振り払ってほしかった。気持ち悪いって、もう会わないって、言ってくれたらよかったのに。
私はさよならの代わりに思いを伝えたはずだった。諦められたはずだった。
なんで言ったんだよ、「また会えるよ。」なんて。

いっしょに住んでいる妹は手料理を、およそ3日分のメインディッシュをこれでもかと盛り込んでくれる。
行きつけのバーのマスターは、お手製のケーキを焼いて、顔に似合わない可愛いアイシングクッキーを作って待っていてくれる。
いっしょに働いている先輩は、お酒を持って押しかけてきてくれる。
何人もの友人たちからメッセージが届く。


そうやって忘れないでいてくれる人たちこそ、私は大切だし、大切にしたいのに、今年も心が言うことを聞かない。


妹だけはそれを知っていて、彼女からもらって未練がましく飲み切れずにいるウイスキーのボトルを、氷もそこそこにストレートでグラスに注ぎ切った。私の方に突き出しつつ言う。

「空きボトルどーすんの。」

「…明日捨てる。」

「そう言わなかったら今ここで叩き割ってやろうと思った。」

物騒な。

でも、そんな力強い言葉が心強くもあり、あぁ、私は弱くて馬鹿なのだと、苦しくなる。

あの人はずるいんだよ、お姉ちゃんの気持ちも知っているくせに、だけど突き放さないで、自分だけ優越感に浸ってるんだよ。
だって嬉しいでしょ、自分のこと思ってる人がいるの。

妹のいうことが、いちいち胸に刺さる。
あの人が私に残した言葉と、どちらが私のための言葉だろう。

妹は、誰かのために使う時間とお金は愛だって言ってた。

愛はどちらだろう。

わかっているけれど、わかりたくなかった。
ただそれだけで、ここまできてしまった。

しこたま飲んで、いつものように泣き上戸して、なんとか片付けだけして潜り込んだ布団の中。
ひとりになると、あの人との思い出が霞の向こうに見える。また泣いた。もー、枕濡れるやん、ベタベタなるやん。明日仕事なのに、絶対目腫れるやん。

両腕を目の上に乗せて、涙が流れないように抑えていたら、横でポンッと携帯が鳴った。

もう23時も過ぎるというのに、まだお祝いのメッセージ。またお祝いのメッセージ。たくさんの愛が、私の枕元に滑り込んできた。

「ギリギリでごめんね!」
「もう15年の付き合いやな!!」
「暇なときまた帰って来いよ。」

どうして、こんなに私を大切にしてくれる人がいるのに、私は泣いているんだろう。

楽しいのに、嬉しいのに、悲しくて寂しい。
楽しいからこそ、嬉しいからこそ、そうなのかもしれなかった。

これだけ自分を見てくれる人たちに、今の自分はとても失礼だと思う。

霞の向こうは、私の世界じゃない。私のものじゃない。どんなに苦しくても、悲しくても寂しくても、もう捨てないといけない。
霞のこっち側の世界を、今度こそ大事にしたい。

だから最後に、最後の最後に。
10月26日よ、今年だけ、今日だけ、お前を思いッッッッ切り嫌って、忘れるよ。
お前なんか大嫌いだ。



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