紫がたり 令和源氏物語 第百二十四話 明石(十一)
明石(十一)
それにしても明石の姫の気位が高いというのはまことのことであったか、と源氏は代筆だった手紙に興味をそそられます。
それでは次は、と翌日趣を変えた手紙をしたためました。
いぶせくも心に物を悩むかな
やよやいかにと問ふ人もなみ
(なんとも気分が晴れずに悩んでおります。「ねえ」と呼びかけて、「どうしたの?」と答えてくれる相手もいないので)
やんわりと明石の君自身が返事をくれなかったことを拗ねているような歌を空の色を思わせる紙にさらさらと気取らずに書き捨てたものです。
都の香りが漂う、淑女として扱われているような雅な手紙です。
こんな文に心をくすぐられない女人はおりません。
明石の姫はぽっと頬を赤らめました。
入道が早く返事をと急き立てるので、ようやく筆をとりました。
思ふらむ心のほどややよいかに
まだ見ぬ人の聞きか悩まむ
(わたくしを恋しく思われ悩んでおられるというあなたの御心は、さて、どのようなものなのでしょう。わたくし自身をご覧になっていないので、噂に悩んでいらっしゃるということですわね)
薄い紫の品のよい紙に深く香が焚き染めてあるのが粋な感じで、手跡も薄墨にまぎらせて書くような様が教養の高さを物語っています。
都にいる身分高き女人に劣らぬ才覚を持った姫であると嬉しく思う源氏の君なのでした。
それからは二、三日置きに所在のない夕暮れ、あわれをもよおす暁の頃など情趣に心が動かされる度に文を贈りました。
やりとりを重ねるうちに姫の様子が忍ばれて、徐々に恋心が募りますが、側近の良清が長年姫に想いを懸けていたこともあり、それを知っていて目の前で奪うというのも気の毒に思われます。
身分からいえば気にすることもないのですが、この放浪を共にしている良清を裏切るのは辛いのです。
あちらがもっと積極的になってくれれば言い訳も立つのに、などとまたぞろ悩みが増えて虫のいいことを考える君ですが、明石の姫はけしてそのようなことはしないでしょう。
姫は身分が低いからとその身を源氏の足元に投げ出すような真似だけはしたくないと高い矜持を持っております。
愛し愛されるということは互いを認め合って始まることだからです。
ともに根気くらべのような感じで意地を張りあったままの状態が続きましたが、源氏は久々に感じる若々しい胸のときめきを抑えられないのでした。
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