紫がたり 令和源氏物語 第百六十二話 絵合(八)
絵合(八)
弥生月の中頃、御前にて絵合が行われました。
あくまで絵が主役であるのでそれほど仰々しくはなく、という趣向のもとに女房達の局が集まる場所でそれは開かれました。
西向きに玉座をしつらえたので、梅壺方は主上の南側(左方)、弘徽殿方は北側(右方)へと分かれました。
左右にはそれぞれ六人の女童が控えております。
梅壺方(左方)は赤い上衣に桜襲(さくらがさね=表は白で裏が紅花)と藤襲(ふじがさね=表は薄紫で裏が萌黄)の三人を揃えて、紫と赤を基調としたもの。
弘徽殿方(右方)は青い上衣に山吹襲(やまぶきがさね=表は緑で裏が黄色)としたもので、青と緑を基調とした装束で揃えておりました。
また絵を納める箱にもそれぞれ趣向を凝らし、梅壺方は紫檀の箱を蘇芳の花足(けそく)に乗せて紫の唐の錦で飾り、弘徽殿方は沈香の箱を浅香の下机に乗せて青丹(緑青色)の高麗の錦で飾りました。
梅壺方は正統派の王朝の雅を感じさせる風合い、弘徽殿方は鮮やかな組み紐などをあしらって当世風の華やかさを演出しております。
帝の後ろに控える女房たちも各々応援する側の色味の装束を着てかしこまり、上達部も一堂に顔を揃えました。
いよいよ絵合わせ開始の頃に源氏の異母弟・帥の宮が判者として座につきました。
この親王は芸術面で特に秀でた才能をお持ちなので、今日の催しの要となるべく選出されたのです。
「それではこれより絵合わせを開始する。左方、右方まずは第一巻を前へ」
一巻目の主題は宮廷絵巻でした。
左方は、朱雀院から贈られた中からの一巻を御前に広げました。
醍醐帝の御世のものです。昔の名人が御前に伺候する貴族たちの表情までも写し取ったように、帝の御姿も神々しく華々しい一巻でした。醍醐帝ご自身が色々と書きつけられているのも、味わいがあり、風格のある一巻でした。
右方からは、平安京に遷都した桓武帝の御世の様子です。
こちらは権中納言が囲い込んだ絵師たちに描かせた新しい一巻で、見どころは桓武帝が雅やかに平安京へと移る大行列でした。
どちらも素晴らしく見応えのある物なので、帥の宮は「ううむ」と首を傾けて悩みました。
「それでは、皆様の忌憚なきご意見をお願いいたします」
帥の宮は有識者たちに意見を求められました。
「平安京遷都ほど壮大な絵図ではありますまい」
「いやいや、聖帝と呼ばれた延喜(醍醐)の帝の御手は貴重ですぞ」
などと、様々な意見が交わされ、帝もその意見になるほど、と感心しきりに耳を傾けていらっしゃいます。
しかし、最終的には歴史ある一巻が尊いとされ、左方が勝ちました。
まずは一勝、と源氏が安堵したのも束の間、次の主題の物語絵では弘徽殿方から素晴らしい一巻が披露されました。
このように次々に名品が飛び出してくるもので、論じることも尽きず、どちらも互角に勝ちを重ねていきます。
絵の判定とは確かに難しいもので、名画といわれ宮家に伝わってきたものは文句なく素晴らしいのですが、今生の名人といわれる絵師によるものなどは目新しい構図に独自の技巧などが施され、これまた見事なものなのです。
さすがの帥の宮も判定に困り、唸る場面が何度も見られました。
そんな時には絵画に造詣の深い藤壺の女院が口添えをされましたが、左右どちらも譲らず拮抗しているのです。
勝負が決まらぬまま、春の長い陽もあっというまに暮れてゆくのでした。
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