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紫がたり 令和源氏物語 第三百六十七話 若菜・下(三十三)

 若菜・下(三十三)
 
女三の宮による朱雀院の御賀が延び延びになっていたことを心苦しく感じた源氏はやはり年内には催すことを決めました。
年を越せばいつ出産の気配があってもおかしくはないのです。
そこで日程は十二月の十日過ぎと決定されました。
院のために仕立てた僧衣や仏具は品よく整えられ、あとはどのように院を楽しませるかということが肝心なところです。
院はことのほか楽を好まれるので源氏は一門の子供たちによる舞楽を考えました。
そして夕霧が主体となって演目を組み立てさせ、趣向なども任せたので、出来栄えを確認するべく試楽を行うよう指示しました。
六条院での試楽が行われると聞いた上達部はみな馳せ参じようと張り切るのですが、源氏には心に懸かることがありました。
それはこうした催しには必ず一番に招いていた柏木のことです。
気は進まぬところですが、楽に長けた柏木を呼ばぬでは世間も不審に思うに違いない、と招請の手紙をしたためることにしたのです。
紫の上の病気や柏木の不調もあるので世間はそれほど怪しむということはないのでしょうが、宮の不名誉が露見するのは源氏にとっても恥であるので細心の注意を払わねばなりません。それでもこの六条院にどのような顔で柏木が現われるのか見てやろう、と意地の悪い考えが頭を過ぎる君なのです。
 
このように表面上は取り繕われても柏木の親友である夕霧がそれに気付かぬ筈はありません。あの蹴鞠の日以来柏木はまるで人が変わってしまったようだ、と感じておりました。
宮の御姿を垣間見て闇の恋路へ身を投じてしまったのか、とも危ぶみますが、まさか柏木ほどの冷静な男が道を踏み外すべくもない、と胸の裡に湧き上がる不穏な想像を掻き消そうとしております。
よもや宮の御子が柏木の子であるとは予想だにしていないのでした。
 
源氏からの招待を受けた柏木は身震いするほど慄いて、体調不良の為ご辞退申し上げると使者に伝えました。
どうした体で源氏の院と顔を合わせればよいのか。
そう考えただけで足が竦んでしまうのです。
このところ塞ぎこんでいる愛息子が気がかりであった父・致仕太政大臣はなんとか以前の快活な様子に戻って欲しいと願っておりましたので、楽の催しとはうってつけではないかと強く背中を押します。
加えて再三の招請があったので、これは断るには非礼にあたることと説得されるので、柏木はまるで刑場へ引き出される罪人のような苦渋を覚えるのでした。
御賀を数日後に控え、試楽を見物しようと殿上人たちは続々と六条院を訪れました。
紫の上の体調も良好で、是非にと二条院から戻った次第です。
冬の冷気で空は清み、暖かな日差しが照らすので舞楽にはうってつけの日和となりました。
源氏は普段と変わらぬようにやって来た柏木を御簾の側まで呼び寄せますが、なんと意地の悪い趣向を思いつく御仁でしょうか、その傍らには御几帳を厳重に隔てた女三の宮を据えておられます。
「柏木よ、久しいではないか。私も病人の看護などで無沙汰を詫びねばならんな」
その変わらぬ親しげな笑顔に胸の痛む柏木ですが、あたり障りの無いようにと自制して取り繕います。
「紫の上さまは御回復に向かわれておられるようで何よりでございます。私自身脚気を患いまして、どうにも体調が優れぬもので出仕もせずに引き籠っておりました」
「そうであったか。いやなにやはりこうした御賀のことなどはあなたの洗練された感性があれば尚引き立つと思って無理にお越しいただいた次第ですよ。どうぞこの女三の宮にお力を貸してください」
などと笑いながらも源氏は桧扇でわざと几帳の裾を捲るような仕草をしてみせました。ほんの隙間ばかりに宮の襲がこぼれるのを垣間見て、柏木はぞっと寒気をもよおさずにはいられません。
そこにおられたのは宮であったか、と嬉しさも何処へやら冷や汗が滲み出てくるのです。
源氏はこの二人が対面すればどのような顔をするのか見てみたいというのが本心でしたが、なんとも酷い趣向を思いつかれたものです。
御几帳の内におられる女三の宮もそこにあの柏木がいるのだと思うと顔を青くして小刻みに震えているのでした。
しかし柏木はここで挫けては自分の恋は報われぬ、と息をぐっと吸い込むと己を奮い立たせました。
「私の力の及ぶ限り、勤めさせていただきます」
そう深く低頭しました。

次のお話はこちら・・・


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