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紫がたり 令和源氏物語 第百九十二話 少女(一)

 少女(一) 
 
穏やかに年が明けて、三月になると藤壺の女院の一周忌が無事に済み、上達部たちは鈍色の喪服を脱いで常服に戻りました。
すぐ四月になると衣替えなのでまた明るく軽やかな服装に変わります。
前年は諒闇で賀茂祭りも中止となっていたので、今年は盛大なものとなる模様、人々には笑顔が戻り、冷泉帝の御代を言祝ぐ機運が高まっているのでした。
源氏の大臣はといいますと、身分高く朝廷においても重要な人物なので、数多くの客人が入れ替わり立ち代わり邸を訪れ、挨拶に来るので相変わらず忙しい日々を送っておられるようです。
賀茂祭りの当日ともなると、それはもう若い公達なども源氏のご機嫌を伺いに大勢押しかけてくるわけで、邸中が慌ただしくなっておりました。
それでも源氏のやることにはさすが抜け目がなく、朝顔の姫宮には立派な装束一式とお手紙を遣わし、女五の宮にもお見舞いの消息を差し上げているのでした。
朝顔の姫宮は賀茂祭りの当日、庭の桂の木をぼんやりと眺めながら父宮と語らったことを思い出していました。
優しかった父宮はことさらにこの桂の木を気に入っており、その静かに生命力を湛える様子を愛でていたのでした。
賀茂の祭りには桂を挿頭(かざし=冠に挿すこと)とすることがありましたので、この頃になるとその思い出が懐かしく脳裏に甦るのです。
そこへ源氏からの手紙と装束が届けられ、姫宮はまたもや困惑してしまいました。
 
かけきやは河瀬の波もたちかへり
     君が御禊の藤のやつれを
(賀茂祭での御禊であるこの日に斎院としての禊ではなく、亡き父宮の禊をなさろうとは思いもよらないことでしたね)
 
喪服を脱いだ後の装束を贈られるなど、まるで世話をしてもらっている愛人のようで、姫宮はなんとかこの装束を返してしまいたいと思召されましたが、手紙は藤衣(喪服)にかけて薄い紫の料紙にしたためられ、真面目に立て文で送ってこられたものなので、突き返すわけにもいきません。
姫宮は礼を欠かないよう返事をしたためました。
 
藤衣着しは昨日と思うまに
   今日は御禊の瀬にかはる世を
(喪服を着たのはつい先日のような気がいたしますのに、もう除服とは飛鳥川の流れのように移り変わりの早い世でございます)
 
薄い色の紙にしたためられた手跡が上品で、やはり尊き方だと源氏はその手紙を打ち捨てることもできません。
姫宮の御心が変わればこれほどうれしいことはないのに、と密かに願う源氏ですが、以前ほど思い詰めた境地からは脱したようです。
女五の宮は源氏からの消息がうれしくて、いまだになんとか朝顔の姫宮と源氏の縁組をまとめたいと願っておられます。
今一度はっきりと結婚をお薦めしようと朝顔の姫宮の御座所にお渡りになりました。
「今日は賀茂祭で世間も浮かれているようでございますね。先程源氏の君からお手紙をいただきました。あの方はほんに気の利く殿方になられました」
朝顔の姫宮は叔母の言いたいことを察知して、慎み深く控えておられます。
「源氏の君とのことをちゃんと考えてくださいませ。昔からの御執心ですし、亡き兄上もあなたと君の縁組を望まれていたではありませんか。今はこれといった正妻もおいでにならないのですから、これは二人に御縁があるというものですよ。それに私が亡くなればさらに心細い身の上となられましょう。あなたは神にお仕えして浮世の事には疎くていらっしゃいますが、後ろ盾無き女の頼りなさは身に沁みますよ」
姫宮はこの老女の説得を不快に思われました。
この邸の女たちは目の前の叔母から女房に至るまですべて源氏の味方なのです。
「父宮がよく仰せであったように、わたくしの頑固は改まることもありませんので、ご容赦くださいませ」
このようにきっぱりと断られては女五の宮も無理にお薦めすることもできなくなり、とうとう諦めざるを得ません。
思惑通りにならず、深く重い溜息をおつきになりました。

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