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紫がたり 令和源氏物語 第三百五十八話 若菜・下(二十四)

 若菜・下(二十四)
 
柏木はまどろむ中で夢を見ました。
あの宮の姿を垣間見せてくれた唐猫はどうしたであろう?
宮へお返ししようとここへ連れてきたのであったか?
このように忍んできた処に猫を連れてくるなどとありえないことですが、柏木は不思議な感覚で己と宮の宿世を悟ったのです。
猫の夢は受胎を表す吉夢といわれておりました。
 
「これも運命とあきらめてください。私達にはこうした縁があったのですよ。それはきっと前世からの約束事に相違ありません」
柏木は宮の声を聞きたいと口説きますが、宮は思いもかけないことでただ涙に濡れるばかりです。
逢って柏木は宮を思慕する想いは増すものの、宮にしてみれば乱暴を働いた無体な男としか思われません。
 
宮は源氏を想って泣いておられました。
このような情けないことになってどういう顔で殿にお逢いすればよいのか?
これまでは何も感じずに過ごしてきたものをこうした状況になって大きく感情を揺さぶられたのでしょう。
何かが弾けたように想いが溢れてくるのです。
宮は今源氏に対するほのかな愛が自分の中にあることを知りました。
しかしそれは父への愛に近いような、そうでないような、曖昧としたものなのです。
気付いたばかりの幼い感情ゆえ、それは無理からぬことでしょう。
 
それに比べて柏木はただ夢心地で自分勝手にあれやこれやと話しております。
「いっそ今の地位も名誉も捨てて、宮と一緒に都から逃げてしまいましょうか。美しい水の流れるほとりで小さな庵を結んで暮らすのです。あなたと私、二人で四季の花々を愛でて暮らすのは幸せでしょうね」
宮にはこの男が何を言っているのか、さっぱり理解ができませんでした。
「宮は私をお厭いですか?それならば私は宮の為に死にましょう」
勝手な事ばかりをつらつらと並べて終いには死ぬのだというこの目の前の男が気味悪く、宮はただ辛くて伏しておられます。
 
夜がしらじらと明けて、はや別れの時が近づいたというのに、柏木は一言も御声を聞かせてくれない宮をつれなく感じ、宮を抱き上げて端近まで寄りました。
この上にこのままどこかに連れ去られるのかと宮は動転しましたが、外から差し込む光で初めて柏木の顔を見ました。
整った美しい顔立ちをしておりましたが、その目には哀しみが湛えられております。
 
柏木:おきて行く空も知られぬ明けぐれに
        いづくの露のかかる袖なり
(私は去りますが、どこに行ったらよいかもわからぬこの明けぐれの薄闇にどの露が私の袖を濡らすのでしょうか)
 
宮:あけぐれの空に憂き身は消えななん
      夢なりけりと見てもやむべく
(あまりにも辛くて明けぐれの空にわたくしは消えてしまいたい。昨夜のことが夢であったと思えぬならば)
 
柏木はようやく宮の声を聞くことが出来て感涙にむせび、宮は柏木が帰るのだとわかるとほっと安堵されたのです。
そこにはすでに大きなすれ違いがあるものを、舞い上がった柏木がそれと気付かぬのが何とも憐れなのでした。

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