宇治の恋華 Ver.浮舟『二つ心』【シロクマ文芸部】
みなさん、こんにちは。
シロクマ文芸部「霧の朝」から始まる創作第二弾。
浮舟の心情を綴った創作です。
『二つ心』
霧の朝を迎えたのは初めてだった。
一人だったら心細かったに違いない。
薫君に優しく包みこむように抱きしめられて、いっさいの不安を感じないのが不思議に思える。
匂宮が間近に迫ったあの日、初めて男性に近くまで寄られ、恐ろしくてどうなってしまうのかと不安でならなかった。
それが薫君の声は静かで心地よく、胸の内が凪いでゆくように穏やかな気持ちになる。
その手も優しく、大切に扱われているのが嬉しかった。
何よりこの天からの賜物といわれる馥郁とした香りは頭の芯を酔わせるほどに魅惑的なのだ。
「私の顔に何かついているかい?」
思わず見とれていたのが恥ずかしく、目を背けたけれど、この方が夫となったというのが信じられない。
大きな胸の鼓動が君に聞こえてしまうのではないかと恥ずかしい。
「このように幸せでよいのかと、夢ではないのかと、疑っておりました」
「あなたが幸せだと感じてくれるならばこの上ない。それこそ私の幸せだよ」
まっすぐ注ぐ瞳。
飾らぬ言葉ほど心に沁み入るものはない。
じんわりと胸が温もり、この君を信じて生きてゆこうと心に決めた朝だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あなたを愛している。今は私のことだけを考えておくれ」
宮の愛は激しくて、いつでもすべてを奪ってゆく。
心さえも欲しがるその貪欲な愛し方を真実の愛なのだと感じる私はどうかしている。
「愛している」「あなただけだ」
そう、何度も囁きながら宮は私を抱く。
これは薫君への背信以外の何ものでもない。
それでも体は宮の愛撫にうち震え、快楽を味わう度に思考も奪われてゆく。
愛し愛されることに罪があるはずもない・・・。
私は次第に自ら宮の体を何度も求めるようになっていた。
どちらの愛が正しいのかという答えは存在しない。
どちらの愛も知った私は幸せであり、不幸であるともいえるのか。
<了>
当代一といわれる二人の男性に愛され、浮舟はどちらかを選ぶことをできずに己を亡くしてしまいたいと願いました。
浮舟を羨む女人は多くあったでしょう。
しかしてそれが女として幸せであったのかどうかはまた別のお話ですね。