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紫がたり 令和源氏物語 第五十四話 花宴(二)
花宴(二)
陽が暮れて詩文を披露する段になりました。
このような催しの一番の華となるのはやはり源氏の君で、帝の思し召し通りこの探韻でも先頭を務めることとなりました。
源氏は“春”を彷彿とさせるような伸びやかな詩を作り上げました。
“春”はすべての始まりであり、生命がその喜びを迸らせる季節。
草木が芽吹き、生き物が春を謳歌する様子を詠み込んだ詩は見事なもので、一節を詠みあげるごとに感嘆の声が上がり、文章博士もその出来栄えに落涙するほどです。
藤壷の中宮は御心裡を春の風に掻き乱されたように、せつなくその詩文に感じ入っておられました。
源氏の君の御姿を正視できないのは、中宮の御心にこの君への愛があればこそ。
おほかたに花のすがたを見ましかば
露も心のおかれましやは
(この方を愛しているというやましい気持ちが私になければ、このように立派なお姿を他の人たちと同じように、気兼ねなくただ素晴らしいと思えるのに)
大層夜が更けてから、春の宴は終わりました。
上達部が退出していき、春宮と中宮もそれぞれの御殿に下がられました。
源氏は桐壷を宿直(とのい)所としているので、御所を退出する必要はありません。
そうかといって早々に床に就くにはもったいないような春の宵でした。
普段は物思いで鬱屈していても、今日のような宴に出席すると気分が高揚してくるものです。
時期は春。
この頃は夜にも息吹が感じられるようで、そこかしこに生命が満ち満ちています。
有明の月が明るく夜を照らし、桜が趣深く浮かびあがる様は美しく、このような宵こそ宮と愛でたいものだ、と源氏は藤壷の方へ足を向けました。
しかし頼みの王命婦の局も固く閉じられていて、やるせない思いがこみ上げてきます。
ふと見ると、向いの弘徽殿に開いている戸口を見つけました。
弘徽殿女御は清涼殿の局に下がられたはずなので、弘徽殿は今人が少なくなっているはずです。
「迂闊なことよ」
源氏が忍び笑いをもらして近づいていくと、
「朧月夜に似るものぞなき・・・」
そう吟じてこちらに歩いてくる女がありました。
その声は若々しくも、気高く、どこか熱を帯びたように艶(つや)やかで、同じようにこの宵の火照りを冷ましに出てきた女人がいるかと思うと胸が躍ります。
源氏は女の袖をとらえて、
深き世のあはれを知るも入る月の
おぼろげならぬ 契りとぞ思ふ
(あなたがこの趣あるおぼろ月を愛でようと出てきて、私と出会ったこの縁は、前世からの浅からぬ縁というものに違いありません)
「まぁ、どうしましょう」
その艶やかな詠みぶりに、人がいたことを知った女は動揺しております。
なんと可愛らしい女人か。
こんな出会いも悪くない。
狼狽する女を抱き上げて、源氏は開いていた戸口に身をすべり込ませて鍵を下してしまいました。
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