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紫がたり 令和源氏物語 第百五十三話 関屋(三)
関屋(三)
源氏が石山寺で参籠(さんろう=祈祷のために数日滞在すること)し、帰京する日に衛門の佐が伺候してお供をできなかった非礼を詫びました。
佐は昔も可愛く美しい様子でしたが、成長しても整った精悍な顔立ちをしております。
不遇の時に離れていったのは寂しいことですが、源氏に恨む気持ちなどはないもので、昔の通りに親しんで声をかけられるのがありがたく、佐は何故あの時権力におもねるようなことをしたのかと恥ずかしく恐縮しています。
「お前の姉に文を差し上げたいが、まだ思いきれないでいると呆れるかね?」
源氏は爽やかに笑います。
「いえ。姉は表にこそ出しませんが、きっと喜びましょう」
そうして佐は手紙を受け取りました。
わくらはに行きあふ道を頼みしも
なほかひなしや潮ならぬ海
(偶然近江路で会ったのも縁の深さと思われましたが、お目にもかかれず残念です。やはり潮ならぬ近江の海ですからね)
大人になった佐は以前の子供の遣いとは違います。
今は源氏の想いも姉がほのかに抱く恋心も慮ることができるのです。
「姉上、私を咎めないでください。源氏の君は権力に恐れをなして逃げ出した私を昔と同じように接してくださいます。どうかこの手紙を受け取ってください」
そうして受け取った手紙は海の水を掬ったような淡い高雅な紙にさらさらと懐かしい手蹟が書き捨ててありました。ふわりと薫る源氏愛用の香はあの夜と同じもの。
胸が掴まれたようにせつなくて、空蝉はそれを弟に気取られまいと目を伏せました。
「佐、源氏の君はお元気でいらっしゃいましたか?」
「はい。昔も輝くばかりに美しい君でしたが、風格が添い、さらに立派になっておられました」
「そう。復権されて本当によかったわ」
「姉上、お返事をくださいませ。源氏の君はいわば常陸の介のお義兄さまの上司であることですし、堅苦しく考えられずにご挨拶を交わすのは普通のことでございます。常陸の介の北の方の仕事とお考えあそばせ」
「そうね。つたない手蹟で恥ずかしいですが、きっと君は見逃してくださるでしょう」
逢坂の関やいかなる関なれば
しげきなげきのなかを分くらん
(逢坂の関とはどういう関のなのかと思えば、嘆きの関と申せましょう。いくら分け入ってもどうにもならないのです)
源氏はこの懐かしい手跡に詠みぶり、やはり惜しいと恋しく思われるのでした。
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