作っては捨てられるの繰り返しにそろそろ終止符を打とうと思っている。
そのお店は、田町駅近くにあった。
時刻は会社勤めの人々が家路につき始める18時すぎ。
かわいらしい移動販売車にこじんまりとした照明がついており
2,3人ちらほら商品をみているお客さんがいる。
お客さんの目線の先には、袋詰めされた「パン」が並んでいる。
ここは「夜のパン屋さん」。
メディアで取り上げられていることもあるので
聞いたこと、もしかして行ったことのある方もいるかもしれませんね。
「夜のパン屋さん」とは…
初めて聞くよという人に簡単に説明しますね。
いろんなパン屋さんが思い込めて作ったパンも全て売り切れるわけではないので、それを買い取り、夜に販売しようというプロジェクト。
販売する方は、路上生活者の方々。
パン屋さんの食品ロスの問題も解決し、販売員の生活費にもあてられる。
夜に手作りパン屋さんはなかなかあいてなく、そこに集まってくるお客さんにとっても、選ぶ楽しみがある。
僕は初めてみたのがテレビだったが、この取り組みに「素晴らしい!」と感動すら覚えた。
まさに「三方よし」のモデル。ここまで合点のいく三角形に興味を抱いたのだった。
「三方よし」の考えかた
自分が何故今このモデルに共感したかを考えてみた。
答えは「廃棄社会」というのがキーワードだった。
分野は違うが、僕がいるのは映像業界。
近年は特に感じるのは、1日だけでも何十万、何百万という映像動画が
世界中で作られ、配信され続けている。
もちろんデジタルなものなので、いくら作られていても
倉庫を圧迫するような物理的邪魔になるというものではない。
ただ、この売れ残ってしまい廃棄するしかないパンと同じように
誰の目にもとまらず、なきものにされていく映像がどれほど多いことか。
その映像にかける労力はピンからキリまでとしても
少なくても「誰かに届け」と思って作った映像が
毎日毎日生み出されては、一瞬で消えていく。
そういう世界でしょ。
今日が終われば、また新しいものを作り出す。
そのサイクルで頑張れていた時期は僕にもあった。
ただデジタルなものでも、この廃棄するという違和感がどうもぬぐい切れていない。
この違和感こそが、夜のパン屋さんのビジネスモデルに重なったのかもしれない。
こんな気づきに出会えたことに感謝
僕はこの日、1000円のパン3つセットを購入した。
実際僕はパンがすごい好きなわけでないのだが
ただ一度このパン屋さんを目で見ておきたかった。
帰りの電車の中では、いろいろ考えた。
きっとこういう取り組み自体に共感して僕のように
足を運ぶ人が多くいるんだろうな。
ものすごく多きな利益を生むかといえば、
それはお世辞にもそれはないと思う。
ただ今後「廃棄社会」というものは大きく見直されていくと思っている。
売り手、書い手だけでなく、社会に広がっていく考え方を
僕は大事にしていきたいなと感じた夜だった。