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ちいさな、ちいさな、みじかいお話。

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2018年10月の記事一覧

長編小説『because』 67

長編小説『because』 67

「よくそんな昔の事を憶えてるな」
「記憶力だけはいいんだな、昔から」
「そういえばそうだったよな。昔から記憶力だけはよかった」
「そうそう。記憶力だけな」

二人の会話は心地よく流れた。既にお互いが言う言葉を、それよりも先に知っているかのように、変に考えたり、間が空いたりする事がない。でもそれはある意味隙がなく、その二人の隣にいる私は酷い孤独感さえ感じてしまうくらいだった。それでも、居心地がいいこ

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長編小説『because』 66

長編小説『because』 66

「幼なじみなんだ」
彼がやっとその言葉を口にしたのは、その人のパスタがテーブルに運ばれてきた頃で、それまでの間私たち三人はほとんど会話を交わす事なく、それぞれのグラスに注がれている水を飲んだり、空になったワイングラスを弄んだり、ガラスの向こう側で行き交う人々に視線を向けたりしていた。

 お店にはまだ私たち三人だけしかおらず、お店全体が奇妙な程の静寂に包まれているようで怖いくらいだったけど、その静

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長編小説『because』 65

長編小説『because』 65

 ただ、それくらいの会話を交わしただけの時間だからものの数秒である事に間違いはないと思う。ウェイトレスの女性がグラスに水を注ぎ、私たち三人の座るテーブルに持ってくるまでの、本当に少しだけの時間を私はとても長く感じ、女性が「どうされますか?」と彼にメニューを渡すまで、意識がずっと遠くにあったように感じた。
「じゃあ、ミートソースで」
その人がそう言うと、私たちに向けたそれと同じ笑顔を女性はその人に返

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長編小説『because』 64

長編小説『because』 64

「久しぶり」
その人の声は透き通っているくらいの透明な色を持っていた。声がもし見えるものだったとしても、その人の声はきっと見える事がない気がする。透明で主張のない声なのに、どうしてか、私はその声に呑み込まれそうになってしまう。
「ああ、久しぶり」
彼はいつもの声だった。薄く、とても薄い青色をした彼の声だった。
「はじめまして」
その人が私の方を見て、そう言った時にやっと私はこの現実に戻って来た。ギ

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長編小説『because』 63

長編小説『because』 63

「美味しい」
なんていつも発する独り言のような口調で彼が突然言った事に、もちろん私は気付いていたけど、それがいつもの独り言だと思って特に反応を示さなかった。
「ね、沙苗さん」
そう言われてやっと私に言っていたのだと気付いて、彼の方に目を向けた。そうすると、さっきまでガラス越しに視線を移していた彼がいつの間にか私の方を見ていて、そんな事でも私は随分と驚いてしまい、返す言葉に詰まってしまった。
「どう

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長編小説『because』 62

長編小説『because』 62

 ウェイトレスの女性が私たちの前に二つのペスカトーレを並べた。ごろっと大きめの魚介類が赤いトマトソースと絡まり、そこから沸き立つ香りが私の食欲を掻き立てる。その後すぐに小さな六種類のチーズが乗せられているお皿が一つ私たちの前に出された。
「サービスです」
と言ってギンガムチェックの前掛けを付けた女性が彼に一瞥をくれた。彼はきっと外でいつも見せているのだろうという笑みを女性に返し
「いつもすみません

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長編小説『because』 61

長編小説『because』 61

「会わせたい人?」
と聞き返す前には、彼が今日私をわざわざ起こして、ここまで連れて来た理由がそれだったのだと理解していた。彼のその言葉に反応する私は驚く程に早かったのではないだろうか。だって、彼と一緒に家を出てから、今日彼は私をなぜ連れ出したのだろうという疑問を、本当はずっと考えていたし、そんな事無視してやろうと思ってはいるものの結局無視なんかできていなかったのだから。
「うん。友達なんだけどさ」

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長編小説『because』 60

長編小説『because』 60

少しばかり悩んでから、私はペスカトーレを注文した。先に頼んだ私に続いて彼が「同じ物をもう一つ」と言った。偶然、彼と私は同じ物を注文した。そしてそれがまたこのお店を好きにさせる理由になり得ようとしている。

 二階の窓から外を眺めると、商店街の中をたくさんの人が流れ、さっきまであの中にいた私たちは、今はもう別の次元からそれらの人を全くの客観として見ている優越感に浸り、静かに息を吐いた。

 彼はただ

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長編小説『because』 59

長編小説『because』 59

 先に二階に上がる彼の後を追い、二階へ歩を進めた。幅が狭く、やたらと急な階段は昇るのが困難で、横に付いていた銀色の手すりを掴んだまま、なんとか二階へ私は辿り着いた。中央に小さな窓の付いた木製のドアを開けると、狭い店内が私たちの前に広がり、テーブルクロスと同じ柄の前掛けをこしらえている女性が私たちを笑顔で迎え入れてくれた。

 テーブル席が窓際にしかないため、私たちは窓際の席に案内され、先ほど外から

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長編小説『because』 58

長編小説『because』 58

「ここ」
とふいに彼が言い、彼の指差す手の先を追いかけると、一階が薬局になっている二階建ての小さな建物の二階の窓を指していた。ガラス張りの店内がうっすらと見える。窓際に並べられたテーブル席のテーブルに掛けられている、赤と白で配色されたギンガムチェックのテーブルクロスが妙に目を引いて、それ以外の情報が私の頭の中に流れてくる事がなかった。
「ここ?」
と私が聞き返しても
「そう、ここ」
としか言わなか

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長編小説『because』 57

長編小説『because』 57

「いや、なんでもない」
「うん?……変な沙苗さん」
ほんの少しだけ笑みを私にくれたその後に彼の視線が前に戻る。私はただ、日曜日に私に早く起きて欲しいかって、ただそれだけを聞きたかっただけなのに、そんな簡単な質問だってできなかった。私は彼にどんな気を遣いそれが言えないのだろうか。何を遠慮しているのだろうか。そして彼は、なぜ私がそれを聞いてはいけないという空気を醸し出し、漂わせているのだろうか。きっと

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長編小説『because』 56

長編小説『because』 56

 私たちの住んでいるマンションから十分も歩けば、賑やかな商店街へ出る事ができる。日曜日のこんな時間にここへ来た事は初めてで、平日にはない賑やかさが私を少し唖然とさせる。商店街とうたっているものの、いつも人はまばらで、商店街という名にそぐわない空気をいつだって身につけていたはずなのに、ここは私の知らない所で、商店街という空気を身につけ、それは誰が見ても、商店街と名付けるであろうという空気を持っていた

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