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長編小説『because』 60
少しばかり悩んでから、私はペスカトーレを注文した。先に頼んだ私に続いて彼が「同じ物をもう一つ」と言った。偶然、彼と私は同じ物を注文した。そしてそれがまたこのお店を好きにさせる理由になり得ようとしている。
二階の窓から外を眺めると、商店街の中をたくさんの人が流れ、さっきまであの中にいた私たちは、今はもう別の次元からそれらの人を全くの客観として見ている優越感に浸り、静かに息を吐いた。
彼はただ、私をこのお店に連れてきたかったのだろうか。流れる人を眺めているとそんな事を考えてしまう。ただそれだけのために、私をわざわざ起こしたのだろうか。もちろん不服なんて一切なかったし、彼がよく訪れている店に私を連れ出してくれる事はとても嬉しい事だった。でも、なんだか今更なような気もしていて、なんで今までこういう事がなかったのだろうと不思議に思ったりもする。ここのパスタはそれほどまでに美味しいのだろうか。
「沙苗さんに会わせた人がいるんだ」
目の前に広がるギンガムチェックの鮮やかさも、見慣れてくると段々と色褪せていって、そんな褪せた色を感じた頃に彼がそう言った。
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