長編小説『because』 64
「久しぶり」
その人の声は透き通っているくらいの透明な色を持っていた。声がもし見えるものだったとしても、その人の声はきっと見える事がない気がする。透明で主張のない声なのに、どうしてか、私はその声に呑み込まれそうになってしまう。
「ああ、久しぶり」
彼はいつもの声だった。薄く、とても薄い青色をした彼の声だった。
「はじめまして」
その人が私の方を見て、そう言った時にやっと私はこの現実に戻って来た。ギンガムチェックのテーブルクロスが掛けられたテーブルに座っている私だったのだと、自分の居場所に自分が帰って来たような心持ちだ。
「はじめまして」
不思議と自信なさげな声で返してしまった。私はこの時、間違いなく何かに動揺していたのだ。その人の透明過ぎる声なのか、彼の友達という存在になのか、はたまた、ギンガムチェックのテーブルクロスになのか。先ほど飲んでいたワインのアルコールを今になってようやく感じていただけかもしれない。視界は少しばかり揺れて、しぼんでいくように曖昧になっていく。
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