「読む」だけで終わらない本をつくる
編集者として本の制作に携わっていると、本とは「読む」だけのためにあるのだろうか、と考えさせられることがあります。もちろん、本は記された文字情報を読むものであることには違いありませんし、一般的にはその役割がもっとも大きいと思います。しかし、本にはもっと多くの可能性があると信じてきました。
これは、弊社が創業した当初から唱えつづけてきた、本づくりにおけるテーマです。「心に飛び込む出版社」と銘打っている通り、情報として消費されるだけに留まらず「この本は手元に置いておきたい」と思ってもらい、自宅の書架におさめてもらう。そして、人生の中で折に触れて思い返してもらえるような、誰かにとっての大切な一冊となることを目指す。そう決めて取り組んできました。
これまで弊社が刊行してきた書籍は、いずれも一過性の情報だけではなく、「読書体験」を意識して制作しています。製本やデザインを通した視覚や触覚からのアプローチもそうですし、イラストと言葉を融合させることで、記された文字情報を超えて感覚的に訴えたり、言葉との出会いやインスピレーションをもたらしたり……。さらにその先で、本を手に取ってもらったことにより、少しでも癒しや希望を与えることができれば、これほど嬉しいことはありません。
弊社の最新刊『Letter Book 想いを繋いで贈る本』でも、新たな形でそのテーマに挑むことができました。
読む、所有する、そして「贈る」
本には贈り物としての価値があると感じています。たとえば美しい装丁で本棚に並べたくなる本は、言い換えれば「もらっただけでワクワクする美しいギフト」です。「読む」「所有する」「贈る」はいずれも延長線上にあると考えることができます。
『悪魔の辞典』『ロマンスの辞典』『26文字のラブレター』は、それぞれ身近な人にユーモアや恋心を乗せて贈ることも想定してつくった本。結果的に、例年クリスマスやバレンタインのシーズンにはプレゼント目的で手に取っていただくことも多く、弊社のロングセラーとなっています。
今回の『Letter Book』は、そこからさらに一歩踏み出した「贈ることを前提とした本」といえます。これは弊社にとって初めての試みであり、大きな挑戦でした。
本書は、一言でいえば書き込み式のメッセージブックです。一般的にメッセージブックといえば、恋愛や育児、誕生日などのテーマに沿った枠や質問があらかじめ用意されていて、そこにメッセージを書き込む構成をイメージします。そうすると書くことへのハードルは下がる反面、どうしても内容や贈る相手が制限されてしまいます。
そのため本書では、あえて一切の枠や質問を取り払い、紙面をさりげなくあしらうイラストと、文字を書いたり写真を貼ったりする際の目安となる方眼だけの、シンプルなつくりにしました。
夫婦や恋人、親子や兄弟姉妹、友人や同僚など、贈る相手は問いません。また内容も、手紙はもちろん、絵や地図を描いたり、写真や思い出のチケットを貼り付けたりと、どこまでも自由な使い方で、ご自身の手によってオリジナルのプレゼントを完成させていただくことができます。
とはいえまっさらなノートに一から手をつけるのはなかなか身構えてしまうものです。本書を贈る際には、販売時に本体に巻いてあるカバーを外して渡していただくことを想定していますが、そのカバー裏や、QRコードからアクセスできる特設ページにて、使い方の例を多数紹介しています。ぜひヒントにしていただけたらと思います。
本づくりのセオリーを無視した「特殊な製本」
本書は、表紙からどちらの向きにも開くことができる「両開き」なのも大きな特徴です。表紙から左開きが上で紹介したノート面、そして反対の右開きは、林ゆいかさんのイラストを全面に使用した、文字のない絵本となっています。
季節の移ろっていく山を舞台に、『Ever Green』が春から夏、『Midnight Blue』が秋から冬を描いています。山の登り下りや時間の経過、登場する動物や植物の生命を感じられる旅の物語に、読み手の方自身の思い出や、贈る相手への想いを重ね合わせてみてください。裏面に書いたメッセージと合わせて、世界にひとつだけのプレゼントが完成するはずです。
また、実際に手に取っていただくと分かるのですが、無視できないのが特徴的な製本です。一見、本やノートのように見える佇まいですが、全てのページが繋がっていて、広げると長い一枚の紙になる「蛇腹製本」を採用しています。
書いている間は1ページ1ページ、普通のノートと変わらない感覚かもしれませんが、たとえば我が子の成長記録なら、1ページにつき1年の思い出を書くことで、広げたときに10年分の時の流れが一目で感じられるアルバムに。
また、卒業や退職をする先輩や同僚に対して、各ページにそれぞれがメッセージを書くことで、大きな寄せ書きボードのように別れを飾ることもできます。恋人の写真とともに好きなところや感謝のエピソードを綴って、プロポーズや記念日の贈り物として使うのも粋かもしれません。
さらに、本書は開いたまま自立します。そのため好きなページを広げた状態で、フォトフレームのように飾っておくことも可能です。「贈る」そして「飾る」と、これまでの本の概念にとらわれない、新しい使い方に挑戦した一冊となりました。
残した余白の大きさは、読者を信じる勇気
書いた文章がどんな風に受け取られるかは、読み手次第です。一冊の本の文章を、一言一句、どんなに丁寧に研ぎ澄ませても、100%書き手の想像通りの伝わり方をすることは、まずありえません。ある程度伝わり方をコントロールできる文章でさえそうなのです。文字のない本、しかもターゲットや使い方すら限定していない本を作ろうとしたら、多くの出版社では企画が通らないか、営業部から猛反対を受けるかもしれません。
本書はそれくらい、弊社としても挑戦的な企画ではありましたが、同時に「どんな人に手に取ってもらえるか」「どんな風に感じてもらえるか」「どんな使い方をしてもらえるか」すら、想定しているだけでもかなりのパターンがあります。さらに、制作陣が考えたさまざまな使用例とはまったく別の、予想もしていなかった使い方で、本書が輝くことがあるかもしれません。つまり、無限の可能性が眠っているのです。それを長い歳月をかけて見守ることができるのは、作り手としてのこの上ない幸せといえるでしょう。
情報媒体である本としては、大きな余白を残した一冊となりました。しかし、その余白の大きさは、読者の方を信じる勇気に他なりません。この本が、大切な人への想いを乗せて、人と人とを繋ぐ役割を果たせる存在になることを願うばかりです。