舞台 「Don't freak out」 観劇レビュー 2023/03/13
公演タイトル:「Don't freak out」
劇場:ザ・スズナリ
劇団・企画:ナイロン100℃
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:松永玲子、村岡希美、みのすけ、安澤千草、新谷真弓、廣川三憲、藤田秀世、吉増裕士、小園茉奈、大石将弘、松本まりか、尾上寛之、岩谷健司、入江雅人
公演期間:2/25〜3/21(東京)、3/30〜4/2(大阪)
上演時間:約2時間20分
作品キーワード:レトロ、ホラー、舞台美術、プロジェクションマッピング
個人満足度:★★★★★★☆☆☆☆
ケラリーノ・サンドロヴィッチさん(以下KERAさん)が作・演出を務める劇団「ナイロン100℃」の結成30周年記念公演第1弾ということで観劇。
「ナイロン100℃」としては、下北沢の老舗小劇場ザ・スズナリで公演を打つこと自体、1997年の『カメラ≠万年筆』『ライフ・アフター・パンク・ロック』二本立て公演から26年振りになるのだそう。
「ナイロン100℃」の公演自体、私自身は2021年11月・12月に本多劇場で上演された『イモンドの勝負』以来2度目の観劇となる。
今回の「ナイロン100℃」の48回目の本公演は、KERAさんがホラー劇を書き下ろしして上演された。
時は大正か昭和初期の日本、雪山の中腹に建っている天房家の屋敷が舞台となっている。
天房家には二人の女中姉妹であるくも(村岡希美)とあめ(松永玲子)がいた。
あめは、以前婚約していたカガミ(入江雅人)という男性のことを今でも忘れていなかった。
一方、くもは屋敷の中にある井戸の底に暮らしている、天房家の長男の天房征太郎(みのすけ)にいつも付き添っていた。
天房家の屋敷の周囲では奇妙な事件が複数起きており、頻繁に警官のカブラギ(藤田秀世)が巡回しにやってきていた。
そして天房家ではとある出来事が発生してから、屋敷に暮らすものたちの人間関係が動き出していく。
舞台となっている天房家の屋敷というのが、今から100年くらい前が時代設定というのもあって、囲炉裏があったりと、かなり日本の昔の屋敷といった印象で、その舞台美術を観るだけでも非常に世界観に没入出来てしまう空間が広がっていた。
私も子供の頃は、戦後くらいに建てられた古い大きな住宅に住んでいたので、昔の日本の屋敷の不気味な感じを懐かしくも思いながら堪能した。
そして登場人物が皆歌舞伎の白粉(おしろい)のように顔を白く塗っていたのが不気味で、そういった点ではホラーな演劇だった。
窓の外からいきなり白粉を塗った老人が登場したり、木造の扉がいきなり「ゴンゴン」と叩かれたりと、『Don't freak out』というタイトルにもある通り、終始ぎょっとさせる演出が多くてエンターテイメントとして楽しませて頂いた。
さらに、「ナイロン100℃」には欠かせないプロジェクションマッピングも健在で、スズナリという小さな劇場での映像を使った迫力と、おどろおどろしい映像ビジュアルがふんだんに使われていて、「ナイロン100℃」でしか味わえない不気味さを小さな劇場でド迫力で食らった感じが好きだった。
脚本に関しては、登場人物が多いので序盤は相関図を頭の中で思い浮かべるのに必死な上、一体どんなストーリー展開になっていくのか想像もつかなかったので、内容を整理していくことが大変だったが、後半になるにつれて様々な伏線が回収されて物凄い速度で話が急展開するので、特に終盤に関しては物語に釘付けだった。
そして、人間の恐ろしさというものを突きつけられた脚本だった。
一見何でもないように見えても、必ず怪しいものには裏がある。そんなことを深く感じさせてくれた。
松永玲子さん、村岡希美さん、みのすけさんといった「ナイロン100℃」の常連キャストに加えて、尾上寛之さん、岩谷健司さん、入江雅人さんといった豪華キャストをこの座組で、しかもスズナリで観劇出来て大満足だった。また、今回私自身は初めて舞台で芝居を観ることになった松本まりかさんの演技も素晴らしかった。
脚本もラストで面白さの波が一気に押し寄せてくるが、なんといっても舞台美術の豪華さと「ナイロン100℃」らしい演出を小さな劇場で存分に堪能出来るので、個人的にはそこが一番今作の魅力であるように感じた。
舞台装置には様々な仕掛けがあって非常に楽しめると思うし、多少ホラー要素はあるものの、映画『呪怨』や『着信あり』のようにめちゃくちゃ怖いシーンがある訳ではないので、舞台に興味のある方であれば絶対に楽しめるエンターテイメントだと思う。
【鑑賞動機】
「ナイロン100℃」をスズナリという小劇場で観劇出来るというポイントが、今回の一番の観劇の決めてだった。小劇場であの豪華なプロジェクションマッピングにお目にかかれるのかと思うと楽しみだった。
また、キャストに尾上寛之さん、岩谷健司さん、入江雅人さんという、豪華な客演を擁している点も魅力的だった。一体彼らは「ナイロン100℃」の公演でどのような化学反応を起こすのか、非常に興味をそそられていた。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇して得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
大正か昭和初期の古風な屋敷、非常に暗い中であめ(松永玲子)はカガミ(入江雅人)を脅しつける。あめは声の調子を変えながら、時には女性らしく、時には恐ろしい様子でカガミを追い詰める。カガミはずっと黙っていて、なぜ黙っているのかとさらにあめはカガミに追い打ちをかける。
夜は明けていて、くも(村岡希美)だけがその屋敷にいた。くもは、屋敷の部屋の中央にある巨大な木造の箱の蓋を開ける。どうやらその箱は地下まで井戸のように空間が広がっているようで、そこへ向かって茶碗を投げる。すると、井戸の底から男性のわめき声が聞こえてくる。
あめがやってくる。くもとあめは姉妹であり、どうやらこの屋敷の女中をしているようである。くもは、湯呑茶碗に入っているお茶に茶柱が立っていると声を上げる。あめは湯呑茶碗の中を覗いたが、茶柱は立っていなかった。
そこへ、この屋敷の天房家の奥様である天房雅代(安澤千草)が一人の女中を連れてやってくる。その女中はてる(小園茉奈)といい、今日から天房家の女中として朝から働き始めたのだと言う。しかし、そこへ天房家の大奥様の天房せん(吉増裕士)がやってきて、今朝てるが早速天房家の茶碗を割ってしまったことを叱る。てるは度々頭を下げる。主人の天房茂次郎(岩谷健司)は、今日から女中として入ったのだし、失敗は多めに見ようと言う。
屋敷の裏口から警官のカブラギ(藤田秀世)がやってくる。カブラギは囲炉裏のそばまでやってきて、茂次郎、茂次郎の兄である天房征太郎(みのすけ)、そしてカガミと男性陣で囲炉裏を囲んで雑談をする。
カブラギは、舐めた口調で天房家の男性に話しかけるので、茂次郎に囲炉裏のやかんをかけられるなどしてからかわれる。話の流れで、カガミは数学の話をすることになる。微分というものは何回でも行う事が出来て、それは人に対しても同じように何回でも行うことが出来るのだと言う。そして微分を繰り返すことで、その人の姿が見えてくるのだと。それは、本当だと思っていても実は嘘であったり、嘘だと思っていたものが実は本当であったりするのだと言う。
カブラギは帰っていく。
夜、くもとあめの女中姉妹は布団を出して眠りにつこうとしていた。くもは、井戸の中を非常に気にしている様子である。
その時、屋敷の裏口から天房家のお嬢様の天房颯子(松本まりか)が入ってくる。颯子は、ソネ(尾上寛之)という町長の息子を連れてきていて、彼と婚約したと言うのである。ソネは、女中たちに中へ入ってよいかと尋ねて良いとの返事をもらうと、靴のまま布団を踏みつけて屋敷の中へ入っていく。女中たちはさすがにソネの行動を注意する。
天房家の他の家族がやってきて、颯子の町長の息子との婚約祝いを喜ぶ。
ここで、劇中歌が登場する。プロジェクションマッピングを使用しながら、出演者一同がわらべうたのような歌を合唱するオープニングスタイル。
また、舞台装置背後の壁面が移動して、井戸の中の構造が明らかになる。井戸の中には、天房征太郎がいた。
くもは、屋敷にある井戸の外側から井戸の底にいる天房征太郎と会話していた。
天房家のお坊ちゃまである、天房清(新谷真弓)が屋敷に帰ってくる。清は額に傷があって立石という同級生にやられたのだと言う。
そこへ、ヤマネ先生(大石将弘)が天房家の屋敷にやってくる。ヤマネ先生は、清の学校の担任の先生である。ヤマネ先生は、清と同じ学級の立石が3日前(たぶん)から行方不明になっていることに加え、もうひとりの友人も昨日の朝学校に登校してから家に帰ってきていないと言うのである。そのため、清に何か心当たりがないか尋ねに来ていた。清は何も知らないと言う。
天房家の人間と女中たちは大騒ぎをしている。どうやら大奥様の天房せんが、風呂の中でそのまま死んでしまったと言うのである。風呂で天房せんが湯に浸かりすぎて死んでしまい、そのまま湯に溶かされていったとか。
天房茂次郎は、せんが死んでしまった原因は、最近女中として働き始めたてるの仕業だと思い、てるをひどく怒鳴りつけながら彼女を甘房家から追放した。
あめが屋敷で一人いる時に、屋敷の裏口から一人の葬儀屋が入ってくる。あめはそこは裏口ですと言って、葬儀屋は間違えてしまったと裏口から出ていこうとするが、あめはそれを引き止める。
そこからあめはその葬儀屋と話し始め、随分と会話が弾んでいく。葬儀屋の名前はクグツ(入江雅人)と名乗っていた。あめは、自分が好きな小説である石川啄木の『一握の砂』の魅力について語る。そして、『一握の砂』の本をクグツに貸すことになる。
一方クグツは、知り合いにフランス人の画家がいて、モデルになってくれる女性を探しているから、そのモデルにあめを抜擢する。あめはモデルと聞いて喜び、そのクグツの依頼を引き受ける。クグツは去る。
クグツが去ったあとにくもがやってきて、クグツが一瞬だけ甘房家の屋敷に戻ってまた帰っていったのだが、そのクグツとあめの様子を見たくもは、あめがクグツに恋をしていると察する。そして、あめがクグツから依頼された画家のモデルになることも知る。
天房家の近所では、最近身元不詳の男が色々な女性と性行為をして子供を身ごもらせ逃走するという事件が相次いでいた。カブラギや年蒿の警官(廣川三憲)たち警官は、その犯人を探すことに必死になっていた。
出演者がろうそくに火を灯して片手に持ちながら、わらべうたのような楽曲を合唱する。舞台装置にはプロジェクションマッピングとして女性の裸体の絵画が無数に投影される。
くもは征太郎が普段いる井戸の底へと降りていく。すると、井戸の底にあった隠し扉のような蓋が空いていて、そこから征太郎は屋敷の外へ出ていたことが明らかになった。くもはその光景を見て呆然としていた。
屋敷内では、クグツがやってきてあめと口論していた。あめはフランス人の画家と出会ったが、まさかモデルというのがヌードだったとは知らず、拒否して来たのだという。しかしクグツは、慰謝料をフランス人の画家に支払えばことは丸く収まると言って、あめは怒り出していた。
そこに、颯子とソネの二人もやってくる。颯子はクグツとは以前付き合っていた過去があって、久しぶりだとお互い会話する。そこへ、窓の外に屋敷を訪れる男(廣川三憲)が急に姿を現し、屋敷内にいる4人をギョッとさせる。その際、颯子はソネではなくクグツの方へ向かって手を取り合っていた。屋敷を訪れる男は、実はもう既に亡くなっていて、以前クグツの手によって埋葬された者だと名乗る。そして消える。
夜、くもは井戸の中にいる征太郎に呼びかける。征太郎は、体中に黒い湿疹があって苦しんでいるようだった。くもは、井戸の中にある抜け穴のことについて征太郎に尋ねる。征太郎は、その井戸の中にある抜け穴から屋敷の外へ出て、近所の若い女性を襲って性行為をしていたと自白する。そして、この黒い湿疹は前に性行為をした女性から移された病であることも告げる。
クグツは、その井戸の中にいる征太郎に話しかけていたが、それをあめによってクグツは井戸の中へ落とされてしまう。
天房家の屋敷に警官たちがやってくる。天房征太郎は、近所の女性を強姦していたということで逮捕していたが、それだけではなく、この前天房家の屋敷に天房雅代が子供に黒い布を被せて屋内に連れて行った光景を目の当たりにしたので、その件に関して家宅捜索に来たというのである。年蒿の警官とカブラギと若い警官(大石将弘)は、ただちに天房家の屋敷を捜索し始める。
天房雅代は警官に取り押さえられる。子供を誘拐した犯罪で逮捕するのだと。そして警官たちは、雅代に清が殺されたことを伝える。清は、立石の母にロープで縛られて、冬の冷たい川に橋の上から吊り下げられて殺されたという。そして他の警官は、この前誘拐された子供は無事で発見されたと言う。カブラギは雅代の身柄を拘束して外に出る。
そこへ茂次郎がやってきて、妻を返せとばかりに雅代を追いかけてくる。しかし、年蒿の警官によって茂次郎は銃で撃たれて死んでしまう。
雪はずっと降りしきっている最中の出来事であった。
一方、颯子はソネからいきなり囲炉裏のやかんのお湯をかけられ、悲鳴を上げながら去っていく。
あめとくもはトランプを引いて、そのマークと数字から占いをしていた。くもが引いたトランプからは書かれていもしないことをあめは語ってふざけあっている。
颯子は頭にグルグルと包帯を巻いたまま登場する。女中姉妹たちが何か話しかけても、颯子は何も話すことが出来ない。そんな颯子を女中姉妹たちは笑っていた。
あめとくもは、先ほどのトランプによる恋愛占いから愛すべきは意外と身近にいるのかもしれないと言う話をする。ここで上演は終了する。
前半は、カガミの微分の話による伏線や、清の学校の友達が行方不明になっているという伏線、くもは井戸の中にいる征太郎の世話をしているという伏線など、伏線が盛り沢山で、ここからどんな物語に発展していくのかが全く分からなかった。
しかし、あめがクグツの知り合いであるフランス人の画家に脱がされそうになったというあたりのシーンから、徐々に伏線が回収され始めて終盤にかけての物語の収束の仕方が非常に素晴らしかった。まさに、天房家を微分すればするほど、そこにはとてつもない闇が存在していて、そこにたどり着くようなラストとなっていた。
また、女中姉妹であるくもとあめの二人を中心に描くことによって、その女性たちが次第に周囲の男性たちを奈落の底へ落とし込んでいる感じが、非常に不気味で好きだった。
ケラさんの脚本は、前回の『しびれ雲』に続いて、何か観客に強いメッセージ性を残すようなものはないのだけれど、そんな社会的意義のようなものがなくても素直に観劇出来て良かったと思える芝居を作ってらっしゃるから凄いと感じる。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
ザ・スズナリという200席前後しかない小劇場で、あそこまで劇場全体に密度の濃い形で「ナイロン100℃」色満載の舞台美術が仕込まれていたら、誰だって客入れ段階から心躍らせてしまう。超贅沢といっても過言ではないくらい、コンパクトサイズのケラさんの作品を堪能出来て本当に素晴らしかった。
舞台装置、映像、衣装、照明、音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置から。
スズナリのステージ上いっぱいに、天房家の屋敷が仕込まれている。下手側には、風呂場など屋敷の奥へと通じる木造の引き戸が存在してデハケとなっている。
下手奥には、窓ガラスがあって開閉出来るようになっている。そこから、廣川三憲さんが演じる屋敷を訪れる男が出現したり、茂次郎が警官に銃で撃たれる光景がガラス窓越しで見られたりする。
下手側手前には囲炉裏が置かれていて、リアルに下の灰の部分から赤く明るくなっていて、囲炉裏に火が着いているように見える。そこにはやかんが吊り下げられていて、終盤で颯子がソネに引っ掛けられる。
ステージ中央には奥から手前にかけて大きな段差のようなものがあって、上手側奥には井戸の入り口となっている巨大な木造の箱が置かれている。そしてその箱は大きな木造の蓋が備わっている。くもはいつもここから征太郎の様子を窺っていた。
上手側には、屋敷の裏口の引き戸があり、ここから警官であったりクグツが姿を現していた。というか、天房家の玄関として使われている印象だった。
客入れ段階で見える舞台装置は以上なのだが、これがさらに凄いことに、背後の屋敷の壁が上手側に移動することによって、舞台空間はそのさらに奥まで広がっていた。井戸の中の舞台セットである。一番上手側には天井から縄はしごが降りていて、そこに灰色の壁面の一室が仕込まれていた。そこには、巨大な何か箱のようなものが置かれているが、それが開閉する仕組みになっていて、そこが外への抜け穴になっていた。
舞台装置の装飾の感じが、古い日本の屋敷といった感じ(といっても武士の時代まで遡るのではなく、築50年以上経っている障子、襖、畳、左官といったものが残っている日本家屋)が非常に素敵だった。考えてみれば、他の劇団や団体の舞台美術は、凄く新しくインスタ映えしそうなものが増えてきている印象があるが、ケラさんが創る舞台作品の装置は、日本人であればどこか懐かしさを感じさせてくれる感触のある舞台セットで、個人的には凄く好みだった。レトロ感が非常に素敵だった。
次に映像について。
スズナリという小劇場なのに、「ナイロン100℃」流のプロジェクションマッピングが健在だった。ステージ三方位がパネルなので、そこに映像を投影するような形でプロジェクションマッピングを展開していた。
プロジェクションマッピングが登場するのは、劇中で2箇所。1つ目は颯子とソネが登場した直後くらいの、出演者が皆で合唱するシーンがあるが、そこでオープニング的な立ち位置でプロジェクションマッピングが投影されていた記憶。観劇した人なら分かるかもしれないが、舞台『世界は笑う』の後半のヒロポンのシーンで投影されていたプロジェクションマッピングに近い、幾何学模様のプロジェクションマッピングが印象的だった。
もう一つは、出演者が手に火を灯したろうそくを持って合唱するシーン。おそらくあめがモデルになることになった、フランス人画家のヌードの絵画が所狭しと背後の舞台パネルに映像として投影されるのが、何とも気味が悪く、そしてビジュアル的に強く印象に残った。
次に衣装について。
ほぼ全員が着物を着て顔に白粉を塗った状態で出演している。白粉をして、そして劇中も非常に暗いので、誰が誰なのか最初は分からなくなってしまうが、途中から「尾上寛之さんだ!」とか「入江雅人さんだ!」と気がつく感じが、個人的には上手く集中力を高めてくれる要因になったので良かった。
松本まりかさん演じる天房颯子の衣装がとてもセクシーで良かったのと、個人的には警官のあの黒々とした厳しい感じの衣装が好きだった。あんな昔の警官の衣装は一度着てみたいと思った。
次に舞台照明について。
全体的にホラーなので、白や青といった冷たい照明が多く、さらに季節が冬というのもあって、そんな照明の色彩がより一層強い印象があった。また、結構薄暗いシーンも多いので、全体的に明るい感じのない照明だったかなと思う。
そのため、逆に赤系の照明が入るシーンは印象に残りやすかった。例えば、夕方のシーン(茂次郎、征太郎、カガミ、警官が囲炉裏でくつろぐシーン)は温かみがあって良かった記憶。
また、ろうそくの火を使った演出も好きだった。あれだけ沢山のキャストが一度にろうそくを片手に踊りだしたら、なぜか凄くワクワクする。「火の用心」と書かれた標識が壁面に貼ってあることも頷ける。
次に舞台音響について。
基本的に音楽が流れていたのは、劇中歌の時のみ。大正時代、もしくは昭和初期の時代設定に相応しいわらべうたのようなメロディで好きだった。舞台装置もそうだが、この音楽が相まってより一層レトロ感が増す辺りが好き。
あとは、茂次郎が撃たれるシーンだけ発砲音を生音で出している点がまさに「Don't freak out」。私はびっくりしてしまった。でも、雪が降りしきる中、警官が銃を撃って血が流れるって凄く絵になる光景。
最後にその他演出について。
窓ガラスから紙吹雪を降らせて雪を表現している辺りが手作り感あって好きだった。少なくとも、このレトロな世界観にはぴったしだった。また雪の降らせ方もパラパラと少しずつ降らせる感じがこの上なく好きだった。
物語終盤にクグツが井戸に落ちるシーンの演出で、本物のクグツは手前側のステージの井戸から身を投げるのだが、後方の井戸の中では人形が落ちてくるのは、どういった演出意図があるのだろうか。あきらかに人形だと分かるものが落とされるので、観客は絶対に人形だと思って拍子抜けするのだが、何か解釈の仕方があるのだろうか。あめを騙してクグツは井戸に落とされて、男性としての価値を失ったことを表すのだろうか。
あとは、征太郎が終盤に病にかかって全身に黒い湿疹が出来てしまった、あの感じもおどろおどろしくて、個人的にはゾッとした。
全体を通じて、今作の舞台美術は普段の舞台観劇では刺激されないようななんとも言語化しにくい感情が色々刺激された感じだった。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
「ナイロン100℃」の劇団員に加えて、豪華な客演者たちも沢山いらっしゃって、本当に満足度の高いお芝居が拝見出来た。
特に印象に残った役者について記載する。
まずは、女中姉妹役を演じたあめ役の松永玲子さんと、くも役の村岡希美さん。松永さんは2021年11月の『イモンドの勝負』で、村岡希美さんは2021年6月のNODA・MAPの『フェイクスピア』、2021年11月の阿佐ヶ谷スパイダースの『老いと建築』で演技を拝見している。
あめは、ずっとカガミのことが好きだったがカガミと決別してからも彼のことを忘れられずにいた。そこへ、カガミに似たクグツという男が現れて好意を抱く。そして石川啄木の『一握の砂』を貸す。私自身が『一握の砂』を読んだことがないので、あめが『一握の砂』のどんな部分に惹かれて好きなのかは覚えていないが、文学にも精通している非常に芸術好きな女性の印象であった。だからこそ、私的にも非常に好感の持てる女性だった。しかし、クグツに裏切られたが最後。ヌードにさせられる所だったことに憤りを感じて、クグツを井戸に落としてしまうという、優しさの奥に潜む残酷性を垣間見た。そんな繊細な女性の役を演じた松永さんは素晴らしかった。序盤の女性らしくカガミに話しかける演技と、怒った感じで恐ろしく話しかける二面性が非常に印象的で、その使い分けがうまかった。
また、くもに関しては、あめよりはどちらかというと現実的な女性なのかなと思って観劇していた。ずっと井戸の中にいる征太郎の世話を見ていた。それは、征太郎はずっと井戸の中に閉じ込めておけば征太郎を独り占め出来る上に、征太郎が浮気をすることはないと思っていたから。しかし、征太郎、実は井戸の中にある抜け道から外へ出て他の女性と性行為していた。その事実にくもはショックを受ける。人間、分からないものであるということを突きつけられる。
また、あめとくもの二人の掛け合いが非常に観ていて滑稽で素敵だった。終盤のお互い高笑いする感じのあの仲の良さが本当に素敵だった。
次に、天房颯子役を演じた松本まりかさん。松本さんの演技を観るのは初めて。
終始セクシーなオーラを放っていて魅力的だったが、同時に非常にあざとくて裏がありそうな信用ならない女性だった。きっとソネと婚約したのは、ソネが町長の息子だったから。でも本当はクグツのことが好きで、以前も付き合っていた。だから、屋敷を訪れる男性が急に現れてびっくりした時、颯子はクグツの方に言って、彼に触れる。関係があった証拠である。
そんな魅力的な女性を演じた松本まりかさんの芝居は本当に素晴らしかった。今作で一番惹きつけられたキャラクターだった。
次に、ソネ役を演じた尾上寛之さん。尾上さんは直近だと世田谷パブリックシアターの「夏の砂の上』(2022年11月)で演技を拝見している。
尾上さんは声ですぐに「尾上寛之さんだ!」と分かるから、今回も声で判別がついた。他の人間が皆着物などの和装だが、ソネだけはスーツを着た洋装で、それだけでも目立つし颯子が憧れるのも分かる。
尾上さんは大好きな役者の一人なので、ついつい演技を見入ってしまう。今回も素晴らしかった。
カガミ、クグツ役を演じた入江雅人さんも素晴らしかった。入江さんの演技は、2021年9月のワタナベエンターテイメント×オフィスコットーネの『物理学者たち』以来の観劇。
最初、カガミが登場した時は入江さんだと気が付かなかったが、途中でその話し方と演技の仕方で気がついた。
ちょっと知的で、でもしっかり者というよりはちょっとおっとりしている感じのキャラクター設定が良い。入江さんの話し方は落ち着いていて温かみを感じるので、非常に安心して観ていられて素敵だった。
天房茂次郎役を演じた岩谷健司さんも素晴らしかった。岩谷さんは、城山羊の会の『温暖化の秋 -hot autumn-』(2022年11月)で演技を拝見している。
岩谷さんは体格も良くて、声も非常に低くて通るので、天房家の主人というのはまさに適役だった。大奥様が亡くなって、てるを追放する時の激怒するシーン。雅代が逮捕されてそれを追いかけるときに叫ぶシーン。どれも声に迫力があるからこそ非常にびっくりしてしまうが、小劇場でこれくらい声を響かせてくれるのは、個人的には凄く贅沢に感じた。あの小劇場での声の音量のデカさがむしろ良かった。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
2022年11月に上演されたKERA・MAPの『しびれ雲』もそうであったが、KERAさんの脚本というのは、何か社会的意義のあるメッセージ性を投げかけたりすることはなく、脚本に込められているメッセージそのものに新たな気づきを与えてくれるとかそういうものではないのだけれど、なぜかその脚本に没頭してその世界に没入してしまう魔法があるような気がする。
今作の『Don't freak out』も、特に脚本のメッセージ性に意外性や新規性はないのだが、伏線回収の見事さだったり、何よりも魅力的な登場人物を描くのが上手いので、ずっと上演中はこの世界観に浸りっぱなしで大満足だった。
そんな『Don't freak out』の内容について、自分の言葉で考察してみようと思う。
今作で最も伝えたいメッセージ性というのは、人間というものの恐ろしさだと思う。どんな人間にも表と裏がある。どんなに表面的には誠実そうな人でもそこを深堀りしていけば、きっとダークな側面があるかもしれない。そして、逆もしかりでずっとダークに思っていたものは実は誠実だった面もあるのかもしれない。
物語序盤で、カガミが人は何回でも微分出来る、微分し続けることで真実の中の嘘が見いだせたり、嘘の中に真実を見いだせるのようなことを語っていた気がする。ここのカガミの独白には少し音楽も流れていたので、かなり物語中で重要になる台詞だと考えられる。
これを何かのメタファーだと捉えるのならば、人をとことん疑って深堀りすることで何か、今その人から見えていない別の側面があるということである。
こちらをベースに様々な登場人物について考察してみる。
まずは、そもそも天房家というのがずっと犯罪をバレずに犯し続けてきた一族だった。清の通う学校の生徒を次々に家に閉じ込めてきた。立石などがそうである。天房雅代は、実は誘拐犯であり殺し屋であったということだ。
天房征太郎もそうである。ずっと井戸の中の抜け穴から脱出して近所の女性と性行為をしていたということを誰も知らなかった。これも後半になってようやく気がついたことである。
天房颯子も、ソネと婚約はしていたものの、クグツと仲が良かったりと、本当にソネのことが好きなのかは疑われることである。だからこそ、最後はソネにやかんをかけられてしまう。
このように、天房家の人間は何かしら隠すべきことを隠して生きてきて、それが終盤に全部明らかになって身を滅ぼしていくことになる。
あめに近づいてきた、カガミに似たクグツという葬儀屋もそうである。あめにとって優しい人かと思ったら、ヌードの絵画を描くフランス人のモデルに紹介されてしまう所だった。
人をむやみに信頼してはいけない、そう教えられた作品のような気がした。
ここで面白いのが、警官側もしっかりと表と裏の側面を持っていたということ。
カブラギは、非常に馴れ馴れしい態度で天房家に序盤はやってくる。まるで警官という仕事を放棄してしまったかのようにふざける。しかし、後半の警官たちの厳しい態度は序盤のそれとは180度違う。きっと序盤に天房家にやってきた時から天房家のことを警官は疑っていたのだろう。そしてはっきりした所で、一気に天房家を家宅捜索した。
『Don't freak out』、このタイトルの意味は「驚くな」であれが、もちろん劇中に観客を驚かせる、ぎょっとさせるシーンがいくつかあって、そういった演出に驚くなという意味も込められているだろう。しかし、人間には二面性があって、誠実に見える人が実はそうでなかったりすることがある。だから、そんな二面性に驚かされないために、常に他人には用心しろよ、というそんなメッセージのようにも感じられて素敵だった。
『しびれ雲』では、人間の温かさみたいな作品を扱って、今作では人間の残酷さという対称的なものを扱うKERAさんの脚本は本当に面白い。
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