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56円の貼るホッカイロを、駅の売店のおばさまに捧ぐ朝

都内まで日帰りできる、茨城県水戸市に住んでいる。
都内に住んでたから、ちょいちょい人に会いに都内へ行く。

今日もそんな日。高速バスの移動も好きだけど、今日は電車で行こうかな。

予定の電車は7:55発。
20分前に駅につき、お土産の数がちょっと足りないのと、お水を買いたいなと売店へ。

駅の売店は少し緊張する。
「必要な◯◯を、なんとか30秒くらいで選んでお会計する」というミッションを胸に駆け込んでくる人も多い場所だから、迷惑をかけたくない。

さあ。
手動ドアにまごつきつつ出て行く女性客をゆっくり待ってから小さな店内に入り、小さなお土産コーナーの前へ。

わたしが小さい頃から好きな「吉原殿中」を選ぶ。時間もあるし他にもお客さんもいないので、お土産ラインナップをふむふむと眺める。

「寒くなった!」

左手の商品棚の前にしゃがんでいた、売店のおばさまから声がかかった。

「ほんとほんと!」

茨城人は、こうなのである。
私はこれが好きなのである。
敬語なしフレンドリーな入り口が唐突に開かれることがあり、答えは「こちらもフレンドリー」の1択。迷いなく返事をした。

去年の初冬も、池のほとりで取材までの時間をベンチでのんびりしてたら、「シルバー人材センター」と書かれた車からおじいさま2人が車から降りてきて、「こんちはー」とゆるい声を投げると、「もうお昼だよー」のゆるいアンサー。意訳するなら、「ちゃんとメシ食ったのかー」だ。

そんな茨城ムーブがここJR赤塚駅のキオスクでも発動された。茨城生まれでUターンしてなかったら、うまく言語化できなかったムーブかもしれない。

ちょうど、売店に着く直前、「売店の方は朝何時から働いてるのかなー」と考えてたとこだったから、次の一手はこれ。

「こういうとこだと、朝何時から働き始めるんですか?」

「5時!!」

ショートカットで小柄なおばさまは、すっくと立ち上がり、人懐こいまなざしで、しっかりこちらを見ている。

「わあー」

「だからこんな格好で。これ娘がプレゼントしてくれたの、寒いだろうからってあったかい靴下」

片足立ちになり、足首を出して茶色の厚手の靴下を見せてくれる。
優しい娘さんの情報も出てきて、ほっこりが止まらない。

ちなみに、大急ぎ売店駆け込みランナーが来ていないか、ドキドキ人間としては常にセンサーを働かせており、まだ店内には私とおばさまだけだとわかってるので安心している状況。おばさまもプロなので、きっとそのセンサーをオンにしてると思う。

水と、貼るホッカイロ2つと、充電器を手に取ってレジへ。

「あったかいって思ったらこれだものね!」と言いながらテキパキとお会計を進めるおばさま。

会計がおわって、ホッカイロをひとつおばさまに渡す。少し迷ったけど、あげたいなと思って2つ棚から取ったやつ。

「はい、これはおばちゃんのぶん」

レジ台の中にいるおばちゃんが、両手で小さなカイロのビニール袋を握りしめ、「えー!」と言葉を失い満面の笑顔になった。

「そんなそんな!お茶でもあげたくなっちゃう!」

茨城ムーブの再来だ。
しかし、駆け込みランナーかもしれないお客さんが入ってきたのを背中で感じたので、ここからはササっと幕を閉じよう。

「いいのいいの、あったかくしてください!」
「えーうれしくなっちゃうー」
「また!」

駆け込みランナーかもしれない人に、ほっこりの香りを残してガラス戸を閉める。
改札を通り、売店の奥でニコニコしてるおばちゃんに手を振って横切る。

ほんの56円の、ちっちゃい貼るホッカイロ。
おせっかいかもなぁと思いつつも、おそらくこれも茨城DNA。

亡き母も、こんなふうに喜んでくれたし、こんなことも誰かにきっとしてたよなぁと思いながら、おせっかいかもというドキドキをさやに納めた。

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栗林 弥生|取材とインタビュー|ドキュメンタリー系
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