歌舞伎『鳴神』「高僧と美女が織りなす男女の駆け引きの美しさ」【感想文】
歌舞伎十八番集から選択した作品『鳴神』の感想文。
せっかくなので置いておこう。
私が選択した歌舞伎は、歌舞伎十八番集から『鳴神』だ。何故この歌舞伎を選んだかというと、最初に歌舞伎十八番を選ぶと決めてから、歌舞伎十八番集とあらすじ本を一通り目を通した時に、一番魅力を感じたのがこの作品だったからだ。その魅力はいくつか存在したが、一つはやはり鳴神上人と雲の絶間姫が交わす男女の駆け引きの場面だ。
「歌舞伎十八番」と謳っているのだから、格式高いイメージを勝手に抱いていたのが、この作品は良い意味でその期待を裏切られた作品であった。色気があるのだがどこかあっけらかんとした鳴神上人と雲の絶間姫のやり取りが非常に面白い。天皇の命により、天皇を恨み北山の岩屋に閉じこもり行法によって三千世界の竜神を滝つぼに閉じ込めてしまった上人のもとに送り込まれた絶世の美女、雲の絶間姫は、女色で上人を堕落させ行法を破り雨を降らそうとする。雲の絶間姫は亡き夫との恋物語を披露し、その話にのめりこむ上人は思わず戒壇から落ち、気を失ってしまう。この場面は非常に印象的だった。
絶間「嬉しいまくらをかわしましたわいナア」
話しにときめく上人は、檀上より真逆しま、まろび落れば、これはとばかり驚く人々。
(本文より抜粋)
雲の絶間姫が仕方話をする場面。派手な動きで鳴神上人を次第に誘い込む雲の絶間姫の真似をするうちに戒壇から落ちてしまう上人の滑稽さが堪らない。その後も雲の絶間姫からの媚態はどんどんと濃いものになっていき、姫は胸の痛みで苦しみだす。上人は絶間姫を介抱するのだが、その場面も非常に奥行きのある面白さがある。介抱をしてやろうと雲の絶間姫の懐に手を入れた鳴神上人の場面だが、
鳴神「ム、ここか/\」 (ト 押ながら、鳴神、一寸飛びのく)
絶間「何とぞなされましたかへ」
鳴神「アゝ、あなじものが手にさはつた」
絶間「何がお手にさはりましたへ」
鳴神「生れてはじめて、女子の懐へ手を入れてみれば○アノ、きやうかくの間に、何やらコウやわらかく、くゝり枕の様なものが、こりや何じや」
絶間「お師匠さまとした事が、それは乳でござりますわいナア」
(本文より抜粋)
自ら絶間姫の懐に手を差し入れたくせに、すぐに手を引き離れ、「妙なものが手にさわった。あれは何だ。」と聞く上人と、「お師匠様としたことが、ありゃ乳でござんすわいなぁ」と返す絶間姫の駆け引きが妙で面白い。際どいやり取りが繰り広げられるが、そのやり取りは相思相愛の男女の濡れ場とは違い、姫が仕掛けた、いわば人工的に計算した誘惑としての魅力がある。そしてついに上人は女色に溺れて堕落してしまう。そして上人が酔って眠っているうちに、雲の絶間姫は竜神を閉じ込めている注連縄を切断する。その途端、雷鳴が轟き、勢いよく雨が降ってくる。やがて姫の計略の陥ったことを知った上人は、荒れに荒れるのだが、そこが上人の一番の見せ場である。「荒事」。本文にもある通り、上人はつぎつぎと勇壮な見得を切る。荒れ狂う感情の高ぶりを表現する迫力のある見得、そして飛び六法は、前半にあった色気のある雲の絶間姫と厳格な鳴神上人との大らかな会話部分と対照的に表現されている。その点も魅力的であった。
また、その「荒事」の場面での上人は、鬘が変わり、顔に隈をとっている形相になっている。そして、これまでの白無垢の衣装を引き抜く演出がある。引き抜きとは、舞台上で、衣裳を一瞬にして変える演出の一つで、衣裳をあらかじめ重ねて着込み、仕付け糸で留めておき、直前に後見が、留めてある仕付け糸を抜き取り、俳優とタイミングを合わせて上に着込んだ衣裳を取り去るのだ。その引き抜きの中には、この「鳴神」で使われている「ぶっ返り」とよばれる手法がある。衣裳の上半身の部分を糸で留め、この糸を抜くことで衣裳がパラリとめくれ、腰から下に垂れる仕掛けになっているのだが、この演出は、登場人物が本性を現したり、性格が変わったりすることを視覚的に表現しているのだ。白無垢の衣装から火炎の衣装となる上人の衣装の早替わりは、性格が一変したことを表している。視覚的にも楽しめる後半もこの歌舞伎の魅力であると思う。
前半と後半の魅せ方の違い、対照的な物語の進め方は飽きずにこの作品を読み進められ、そして楽しめる理由の一つであろう。これまで自分で調べるために課題にした歌舞伎とは全く違う味わいで、こういった男女を取り巻く物語も面白いなと知ることが出来たので良かった。
更に、この作品(本文、現代語訳、解釈)を読んで、「鳴神」は、元々は同じく「歌舞伎十八番」に数えられている「毛抜」・「不動」と共に「雷神不動北山桜」という長い作品の一部であったこと、そして幕末から上演が途絶えていたが、一九一〇年に二代目市川左團次が復活させてから、しばしば上演されるようになったことを知った。「毛抜」は同じように『日本古典文学大系 歌舞伎十八番集』に収録されていたので目を通したが、「不動」は未読なので、こちらも読んでみたいと思う。次の課題に繋がる作品に出会えたので、今後も歌舞伎をはじめ、日本の伝統演劇の作品に触れることを止めずに、根気よく作品に向かい合うことを続けたいと思った。
参考文献・資料
『日本古典文学大系』歌舞伎十八番集 (岩波書店)
『あらすじで読む 名作 歌舞伎 50』利根川裕(世界文化社)
『歌舞伎の事典 演目ガイド 181選』藤田洋(新星出版社)
『図解雑学 よくわかる歌舞伎』石橋健一郎(ナツメ社)
歌舞伎への誘い 歌舞伎の表現(引抜)(http://www2.ntj.jac.go.jp/unesco/kabuki/jp/4/4_04_01.html#4_04_01-02)
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素敵なサムネイル画像、お借りしました。
https://www.pixiv.net/artworks/53381436
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