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リング ワンダ リング【長編戯曲/脚本】

大学二回生の時に書きました。
当時20歳の自分が好きだった要素を詰め込んだ話でした。
同期から酷く批評されたのを覚えています。笑
「1年前に凄くいいものを書いていたから期待したのに」
同期の言葉は今でも忘れません。
好きな作品を好きなように書けなくなった時期でもありました。
でも作品たち、その中に出てくる登場人物たち、
そしてその人物たちの人生には、そんなこと関係ありません。
自分の好きなように生み出した命に、責任を持ちたいと思った時期でもあったんだなぁ、と
今、なんとなく、そんな風に感じます。


舞台作品の戯曲として書きましたが、映像作品の脚本のほうがイメージは近いかもしれません。
ちなみに、小さい頃、花屋になるのが夢でした。



✿人物
トーマス・グラハム   20代後半の男性。作家。口数は少なく、表情は無に等しいが、ナツキと話す時だけは微かにその鉄仮面を和らげているように思える。英国人。
グラム         青年というよりも少年、という表現が似合う年齢に思える。
ナツキ         少女のようなあどけない顔立ちの女性。黒髪。笑顔がどこか儚げ。
フブキ         20代後半の男性。編集者。表情は豊かだが、本心を隠すのが得意そうに見える。
エミリ         20歳後半の女性。花屋のバイト。モリノとは幼少期からの付き合い。
モリノ         20歳後半の女性。花屋。口調が男らしいが、繊細な感性の持ち主。


✿この作品を閲読および上演する場合の留意点をいくつか並べて置く。
※トーマス・グラハムとグラムは同一人物である。
※しかしそれを彼ら自身がその事実を口にするまでは、客および他の登場人物に知られてはいけない。
※舞台は主に「マンション」「教室」「花屋」に分かれるが、名称のない場面も存在する。


               *


舞台上に男(グラム)と女(ナツキ)が向かい合って立っている。
男の手には白い薔薇の花束が。それを胸に抱えなおし、照れたように笑う男。
(以下の台詞は舞台中央、彼等の後ろに吊っている黒幕に手書きの“文字”として映し出されるものである。2人は言葉を発してはいるが、それは声、音、にはなっていない。)

グラム    「これ、約束してた花。」
ナツキ    「わぁ…!凄く、綺麗ですね…」
グラム    「ナツキに、あげるよ。」
       「受け取ってくれるかい?」
文字      緊張した様子のグラムに頷いたナツキの、濡羽色の髪の毛が静かに揺れる。
彼女はその花束を受け取ろうと手を伸ばし、微笑んだ。


ナツキが手を伸ばした直後、暗転。数秒後、徐々に明かりがつく。
舞台上にはグラムと、受け取られずに、床に落ちてしまった花束のみが残される。彼は何かを呟く。


グラム    「■■■■■」


幕に映された文字は、上から黒く塗り潰されてしまっていて、読むことが出来ない。
幕が開き、出てきたのはマンションの一室。テレビ、ソファ、机、ベッドなどがある。生活感。
舞台奥には窓が一つ。桜色のカーテンがかかっている。
机には大量の原稿用紙が乱雑に置かれている。
それからクローゼットが舞台下手に、本棚が舞台中央に置いてある。
グラムは花束を拾い上げ、机にあった花瓶にそれを生けると、部屋の中でくつろぎ始める。
暫くそうしていると、舞台上手から男(トーマス)が登場。


グラム    あ、
トーマス   …。
グラム    ハロー!
トーマス   …。来てたのか。
グラム    ここ以外に行くところなんてないからね。
トーマ    …。開き直られても困るんだけどな。
グラム    開き直る?おかしなことを言うね。キミは。
       俺が最初から言ってることは変わらないよ。
トーマス   そうか。
グラム    なにその反応。うざ。
トーマス   …。
グラム    ……。
トーマス   …。
グラム    …。ねぇ、
トーマス   あ?
グラム    いい加減にしてくれないかい?
トーマス   何がだよ。
グラム    だから
トーマス   だから?
グラム    ああもう、
トーマス   何だよ。
グラム    キミにはやるべきことがあるだろう?
トーマス   なんのことだか、さっぱり。
グラム    …。
トーマス   …。

トーマスは無言のまま、机の前に座り、原稿用紙をペラペラと捲り始める。


グラム    キミの本って悪趣味だよね。
トーマス   …。
グラム    ユーモアもないし、結末も最悪だ。
トーマス   …。だったら読まなきゃいいんじゃないのか。
グラム    登場人物の性格もイマイチだと思うよ。(本棚から本を取りそれを静かに開く)
       こんな物語…誰が読むんだろうねぇ…。(本を殴り捨てる)


重い沈黙。
トーマスは何事もなかったかのように作業を続ける。
グラムはそんな彼に苛立っているようで、わざと大きな音を立てて部屋を動きまわったり、トーマスを呼んだりする。しかしトーマスがそれに反応することはない。
徐々に諦めが見えるグラム。舞台ツラで蹲る。

グラム    (蹲ったまま)ねぇ。
トーマス   ……。
グラム    ……。頼むよ。
トーマ    …。
グラム    …。キミにしか無理なんだって、言ってるだろう…。
トーマス   …。
グラム    …。返してくれよ。
トーマス   …。
グラム    返してくれ…。彼女を、俺を、俺達の、未来を。
トーマス   …。あのなぁ。
       いい加減にすんのはお前の方なんだよ。なんなんだ。毎日毎日。しつこい。意味不明。
グラム    …。じゃあさっさと俺の言うことを聞けばいいじゃないか。君こそ何なんだい。  毎日毎日。うるさい。理解不能。単純なことだろう。
トーマス   単純?どこがだよ。
グラム    すべてだよ。キミは筆をとって、ページを捲り、そして、正しい物語に書き直すんだ。
       それだけのことじゃないか。
トーマス   それだけ…?お前、頭おかしいんじゃねェか?
グラム    それはこっちの台詞だよ。キミは俺たちの未来を奪ったんだ。何の罪もない、俺達の明るい未来を、ね。
トーマス   …明るい未来、ねぇ…
グラム    ……!

突然グラムが立ち上がり、上手の方を見る。何かを感じたのか、慌てたように部屋のクローゼットの中に入る。
トーマスその行動を一切気にする様子はない。
暫くの間の後、ドアが開き、上手から男(フブキ)が入ってくる。手にはスーパーの袋。中にはお惣菜などが入っている。
フブキは慣れた様子で部屋に上がり、散らかった部屋を見て、深く溜め息をつく。

フブキ     もー…何でこんな短期間でこんなに散らかるんだこの部屋は…。
トーマス    うるせェ。文句ならあいつに言え。


テーブルの上に袋を置くフブキ。自身のであろう鞄も置き、上着を畳んで、袖をまくり、部屋を掃除し始める。

フブキ     ふぅ…。まだ6月だってのに、最近暑いよな…
リナリアの花が咲いてたけど、もうすっかり夏日和だな。
トーマス    暑苦しいツラしてんのはお前の方だろ。


トーマスとフブキの視線は一度も合されることはない。

フブキ     ご飯、ここに置いとくからね。
トーマス    いらねェって言ってんのに…。
フブキ     ご飯はちゃんと食べてるってことは、元気はあるんだね。
トーマス    …。
フブキ     …。あ、


フブキはトーマスが書いていた原稿用紙を取ると隣に座って読み始める。


フブキ     これ、もしかして、新作?
トーマス    勝手に見んじゃねェよ。
フブキ     …Ring Wandering……聞いたことあるな…。どういう意味だっけ…
トーマス    …それは、
フブキ     あとで調べればいいか…。
トーマス    …。
フブキ     ……。無理して書く必要はないからね。
トーマス    …。
フブキ     誰も喜ばないよ。
トーマス    別に…無理なんて、
フブキ     お前が無理して作り出したものなんて…もう…誰も求めてないからね。
トーマス    …。
フブキ     …なんて、言ったところで無駄か…。(立ち上がる)
        そろそろお暇するよ。邪魔して悪かったね。
トーマス    …。あ、ちょっと待っ…


トーマスの声に反応はせずに、そのままフブキは去っていく。
フブキの気配が完全になくなってからクローゼットが、ゆっくりと開き、中からグラムが出てくる。


グラム     ふぅ…危なかった…。
トーマス    …。毎度毎度隠れる必要はあるのか?
グラム     当たり前だろ!見られたら困るからね。あ、ラッキー。(お惣菜の袋を漁り始める)
トーマス    何が困るんだよ。
グラム     キミが困るだろう?俺の存在が他の人に知られたら。うげ、これメンチカツじゃん…(食べ始めていたメンチカツをパックに戻す)
トーマス    …お前さ、本気で俺がお前の存在を受け入れてるって、そう思ってんのか?
グラム     彼に、今度からメンチカツは買ってこないでって言っておいてくれよ。
トーマス    本気でお前が
グラム     メンチカツのあの肉の触感が苦手なんだよね。これ、冷蔵庫に入れておいたほうがいい?
トーマス    俺が書いた小説の中の人物だって。
グラム     (動きが止まる)
トーマス    そんな馬鹿げたことを、俺が本気で信じてると思ってるのか…?
グラム     …。
トーマス    お前がはじめて俺の前に現れた日、俺に言ったよな。自分が、(本棚まで行き、本を取りだし、それを机に叩きつける)この小説の中に出てくる、(忙しなくページを捲る)この、男だって、そう言ったよな。
グラム     …。
トーマス    で、なんだったか?ああ、そうか、それで、この、相手の、この恋人である女、この、死んだ女を、どうにかしろって、そう、言ってるんだろ?
グラム     …分かってるなら、はやくそうしてくれよ。
トーマス    だから!
        そんな話を俺が信じてるとでも思ってるのかって!そう言ってんだよ!!
グラム     実際に俺がここにいるんだ!それが証明だよ!!はやく、はやく、
トーマス    いい加減にしてくれ!!もう、もう、うんざりだ…!
グラム     どうしてそう頑ななんだい…?キミが俺を生み出したんじゃないか。キミが俺という存在を勝手に作り上げた。そして、(トーマスから本を取り上げる)キミが、俺たちを終わらない不幸せの循環に放り投げたんだ。その責任はとってもらわないと困るよ。俺は、こんな結末を望んでなんかいないからね。こんな結末…
トーマス    信じらんねぇって言ってんだろ!…こんな言い合い、もうたくさんなんだよ…。やめてくれ…。
グラム     いや。やめないよ。キミが俺たちの未来を変えない限り、俺はずっとキミを苦しめ続けることになる。そうでもしないと、俺は、俺と彼女は、ずっと、ずっと、苦しむままなんだ。
トーマス    …。お前が仮に、本当に、この物語の中の、この中から出てきたっていうのが本当だったとしても、だ。
俺がこの物語を書き換える理由にはならないんだよ。
グラム     …。
トーマス    この物語は、もう世に出回ってる。俺の名前も売れた。そんな作品を、今更書き換える?そんなことできるわけないだろう。この作品はこの結末を迎えて完成してるんだ。お前がどうなろうと、俺の知ったことじゃないんだよ…。
グラム     …許されると思ってるのかい?
トーマス    ……許してもらう気なんて、さらさらねェんだよ…。
グラム     キミは、俺の恋人を奪ったんだ。
トーマス    そういう物語なんだよ。仕方ないだろ…。
グラム     仕方ない…?
トーマス    この物語は悲恋なんだ。ヒロインが死んで話が終わる。それのどこが悪いっていうんだ。

グラムは立ち上がり、架空の紙を取り出す仕草をする。咳払いをして、それを読み上げる。


グラム     被告人トーマス・グラハムは2009年2月11日、被害者であるホンダ・ナツキを殺害。
トーマス    …。
グラム     被告人はその後、自分の行いを反省するどころか、開き直り、「これは仕方がないことだ」などと供述しており、自分の罪を認めるどころか、自分の罪の大きさを理解していない様子。
トーマス    …。
グラム     彼の態度は許されざるものであり、即刻、死刑を求刑します。
トーマス    …死刑になっていいのかよ。
グラム     …。…。…。
        凶器は…筆。
トーマス    筆?
グラム     筆と、それから…原稿用紙。
トーマス    ………。
グラム     だろう?
トーマス    …随分、殺傷能力が低そうな凶器だな。
グラム     でも、事実だ。
トーマス    …。
グラム     君はこの凶器を使って、彼女に致命的な傷を負わせ、そして、
トーマス    …。
グラム     殺した。
トーマス    (何か言い返そうと口を開く)
グラム     許さない。
トーマス    …おい…
グラム     絶対にッ……。

グラムの言葉の後、照明CO。すぐに照明がつくと、彼の姿は見えなくなっている。辺りは夜になっているようだった。
トーマスは暫くグラムが立っていた場所をぼんやりと見つめていたが、何かを思い出したのか、机に戻り、再び原稿用紙に筆を走らせる。
突然後ろのクローゼットが開く。中から女(ナツキ)が登場。最初に登場したときと服装は変わっている。


ナツキ     お邪魔します。
トーマス    おう。
ナツキ     あら、もう驚いたりしないんですね。残念。
トーマス    もう慣れた。あいつのせいでな。
ナツキ     (困ったように笑う)
トーマス    で、またお前もあいつと同じことを言いに来たのか?
ナツキ     ……。
        メンチカツ、ですか。
トーマス    …あいつの食べかけ。
ナツキ     貴方、メンチカツお嫌いだったでしょう。なのに買ってきたんですか?
トーマス    お前だって、嫌いだったろ。
……どこぞのおせっかい野郎が勝手に買ってきたんだよ。俺は食わない。
ナツキ     ……ふふふ、あはは…
トーマス    …。
ナツキ     勝手に、買ってきた、って、ダジャレですか?やだ、もう、相変わらず面白くない…ふふふ。
トーマス    別に…そんなつもりで言ったわけじゃ…。
ナツキ     …。ご飯、作りましょうか?
トーマス    …必要ねェよ。
ナツキ     …。…。私は、
トーマス    …。
ナツキ     あの人が笑ってくれれば、それで十分です。
トーマス    ……うん。
ナツキ     だから、…ごめんなさい。
トーマス    なんでお前が謝ってんだよ。
ナツキ     …ごめんなさい。貴方を苦しめてしまって…。
トーマス    …。別に…苦しくなんか、ない。
ナツキ     …私のことはいいんです。でも…あの人を幸せにしてあげてほしいんです。
トーマス    …難しい要望だな。
ナツキ     ごめんなさい。
トーマス    …あいつが幸せになるには…お前が、必要なんだと思う。
        でも…それは不可能だ。
ナツキ     …それでも、願うことはやめれないんです…。あの人が幸せになることが、私の幸せなんです…。
トーマス    …善処。
ナツキ     ?
トーマス    善処、する。
ナツキ     …はい。
トーマス    …お前さ。
ナツキ     はい?
トーマス    死んでるんだって。
ナツキ     …あら。
トーマス    俺がさ。
ナツキ     はい。
トーマス    殺したんだって。
ナツキ     …ふふ。
トーマス    …はは。
ナツキ     知ってました。
トーマス    だよな。
ナツキ     ふふふ。
トーマス    凶器、
ナツキ     はい?
トーマス    凶器はなんだと思う?
ナツキ     キョーキ…
トーマス    筆。
ナツキ     筆?
トーマス    筆。(持っていたペンをナツキに見せる)
ナツキ     …。
トーマス    …。
ナツキ     ふっ…はははっはははッ…!
トーマス    (つられてこらえるように笑う)
ナツキ     はっ…ははっ…ひーっ…ふふ…ふぅ、ふぅ、判決は?
トーマス    死刑を求刑、だってよ。
ナツキ     物騒ですね。
トーマス    だよな。
ナツキ     …。
トーマス    …。
ナツキ     …。
トーマス    …なんか飲むか?
ナツキ     いえ、お構いなく。


2人の会話は途絶える。原稿用紙に文字を書き続けるトーマス。
ナツキはキョロキョロと部屋を見回す。


ナツキ     あ、


立ち上がり、薔薇が生けてある花瓶に近づく。無言のまま慈しむようにそれを触る。


ナツキ     …不思議ですね。
トーマス    何がだ?
ナツキ     綺麗、
トーマス    …。
ナツキ     思うんです、綺麗だって。
トーマス    うん。
ナツキ     ちゃんと、ちゃんとわかるのに、
トーマス    うん。
ナツキ     でも、
トーマス    うん。
ナツキ     何も感じない。…わからないんです、触っても、何も感じないんです。感情を、見失ってるような…そんな気がして…。
トーマス    …。
ナツキ     ……寒い…。
トーマス    …。
ナツキ     …。眠い…。
トーマス    (立ち上がってナツキのそばに行く)
ナツキ     …寒い…。
トーマス    (ナツキを抱きしめる)
ナツキ     …寒い…。あぁ…庭園の花が、枯れてしまいます・・こんなに寒かったら、お花たちが、
トーマス    …寒くない。どこも寒くないだろ?
ナツキ     …庭園に行きましょう?ここは、寒いです…。
トーマス    寒くない。
ナツキ     でも、寒いんです…。庭園は、あたたかいですよ。ね、行きましょう、庭園はあたたかいですよ。だから、
トーマス    テーエンには、行かない。
ナツキ     …そう、…ですか…。
トーマス    うん…。花なら、ここにもあるだろ?


ナツキは静かに花瓶に目を向ける。

トーマス    …。サマースノー。
ナツキ     ?
トーマス    (ナツキから離れて、)クライミングローズの一種。サマースノー。白くて、清楚な、綺麗な薔薇だ。
ナツキ     …。
トーマス    お前に、似てる。
ナツキ     …。ロマンチックですね。さすが、作家さん。
トーマス    …。それは、どうも。
ナツキ     …昔、
トーマス    …うん。
ナツキ     ずっと、昔…同じことを、言われたことがあるような気がします。
トーマス    …。
ナツキ     私の名前、ナツキって、夏に雪とかいて、ナツキって読むんです。夏雪、で、ナツキ。この名前を付けてくれた両親に、深い意図はなかったと思うんですが、昔はこの名前が大嫌いだったんです。
トーマス    …なんで。
ナツキ     だって、変じゃないですか?夏に雪だなんて。季節感もないし、へんてこな感じがして…。ずっとこの名前が好きになれなかったんです。
トーマス    ふぅん…。
ナツキ     でも、好きになった。この花に出会えたから。
トーマス    …。なんで。
ナツキ     自分と同じ名前の花なんて、素敵ですもの。
        ふふふ、なんだか小説のネタになりそうな話ですよね、これ。それとも、ありきたりすぎますか?
トーマス    …。…。
ナツキ     …単純ですよねぇ…それだけのことなのに…。
トーマス    本当に、(呟く)
ナツキ     これ、
トーマス    本当に、それだけのこと、なのかよ。(呟く)
ナツキ     いただいても、よろしいですか?
トーマス    …。(無言で頷く)


ナツキが手を伸ばした直後、暗転。すぐにあかりがつくと、ナツキの姿は見えない。
薔薇は花瓶に生けてあるまま。
トーマスは原稿用紙を捲り、呟く。


トーマス    …ほらな。やっぱり、…お前は受け取ってくれない。

数秒後。溶暗と音楽と共に、場面が変わる。
どこからか学校の鐘の音が聞こえてくる。放課後の教室。一人席に座って本を読んでいる制服姿のグラム。
そこに制服姿のナツキが登場。

ナツキ     まだ残ってたんですか?
グラム     うん、ちょっとね…。
        ねぇ。ナツキ。
ナツキ     はい?
グラム     キミはどっちの花が好きだい?
ナツキ     (本を覗きに行く)
グラム     こっちと、こっち。
ナツキ     …うーん…
グラム     悩む?
ナツキ     はい、だってどっちも凄く綺麗ですもの。新しく植えるんですか?
グラム     うん、まぁ…ちょっと考えてるだけ。ナツキの好きな方を育てようかなって。うまく育ったら、また見においでよ、庭園。
ナツキ     本当ですか?楽しみです。最近お邪魔してないですからね。
グラム     試験とかで忙しかったもんね。花たちが寂しがってたよ、ナツキに会えないって。
ナツキ     ふふふ。じゃあ、はやく行ってあげなきゃ、ですね。
        (本の片方のページを熱心に見つめる)
グラム     こっち?白い方?
ナツキ     …強いて言うなら、ですけどね。
グラム     If I had to say,I like this one better.
ナツキ     …。私が英語苦手だって知っててわざわざそんなこと言うんですね。
グラム     エミリから聞いたよ、今回の英語の試験、ナツキが赤点ギリギリだったって。(笑う)
ナツキ     生粋のイギリス人の貴方には私の悩みなんてわかりませんよ…英語…難しい…。
グラム     日本語の方が十分難しいよ。YesかNoかはっきりしないだろう?ほら、キミもよく使ってるだろ、なんだっけ…。ゼンショ、だっけ?いつも何かお願いしたら「ゼンショ、シマス。」っていって逃げるだろう?
ナツキ     あー…あれは、一応、前向きに検討します、って意味なんですよ。ただ、逃げ口上としても使えるので…貴方のその…複雑な要望に対して使ってるだけで、本来の意味は違いますから。
グラム     違うってわかってて使ってるのかいキミは!
ナツキ     ふふふ…ごめんなさい。
グラム     …まったく…。(微笑む)今度、一緒に英語の勉強をしよう。俺が教えてあげるから。
ナツキ     (微笑みながら頷く)


そこに女子生徒(エミリ)がはいってくる。エミリは二人の姿を見つけると、顔がだらしなくゆるみはじめる。


エミリ     おーおー、今日もラブラブだねぇ。アタシ、お邪魔だったかな?
グラム     うん。邪魔。
ナツキ     エミリさん、補習、もう終わったんですか?おつかれさまです。
エミリ     ごめんね待たせて。あのハゲチョロビン、プリント10枚くらい一気にやらせやがって…ほんと意味わかんない。一日で見ていい数式の限界を突破した気がするわ…。
グラム     ハゲチョロビン……
ナツキ     スガ先生の補習は厳しいってよく聞きます。次は数学頑張りましょう、エミリさん。
グラム     ナツキは英語頑張らないと…。(笑う)
ナツキ     も、もう…。
エミリ     で、(二人の間に割り込む)二人は何してたの?(本を見つけ、)またマニアックな花の話?飽きないねぇ~。
グラム     別にマニアックな話じゃないよ。今度植える品種をナツキに聞いてただけ。
エミリ     なんの花?
ナツキ     薔薇ですよ。
エミリ     またァ?
ナツキ     凄く綺麗なんです。
エミリ     バラ好きすぎでしょ。どんだけ育ててんのよアンタ。やっぱりイギリス人だから?
グラム     どんなイメージだい、それ。俺が単純に薔薇を好きなだけなんだけど。
ナツキ     小さい頃から育ててたって言ってましたもんね。
エミリ     え、イギリス人といえばバラじゃないの?
グラム     まぁ、国花は薔薇だけど…イングランドはね。ウェールズや北アイルランドはまた他にあるんだよ。北アイルランドはシャムロック、スコットランドはアザミ…だったかな。
ナツキ     へぇ…それは私も初めて知りました。
エミリ     ん?うぇーるず…?なにそれ。どこの国?何の話?
グラム・ナツキ  ………。
エミリ     な、なに??
グラム     …キミは、世界史も補習してもらった方がいいと思うよ。
エミリ     はァ!?なんで!?ナツキ!ちょっとナツキまでなんでそんな哀れみの表情してるのよ!!
ナツキ     さ、もう、ほら、帰りましょ、ね?(笑う)


ナツキの言葉で、グラムは帰りの支度を始める。
エミリはまだ納得いかない、といった表情でむくれているが、本のとあるページをみて、表情を変える。


エミリ     みて!ナツキ!
グラム     ?
ナツキ     なんですか?…あら、この花は。さっき見せてもらってた…
エミリ     名前!みて!“エミリー”だって!アタシの名前!
グラム     エミリ、だろ。キミの名前は。
エミリ     似たようなもんでしょ!ねぇ、これってどんな花なの?
グラム     エミリ―か。イングリッシュローズの一種で、ピンク色の花をつけるんだ。徐々に花弁が開いて最後はロゼット咲きになる。香りは強いけど、綺麗な花だよ。
エミリ     へぇ…
グラム     香りが強い…自己主張が強いところなんて、エミリそっくりじゃないか。
エミリ     なッ!失礼なこと言って!!
ナツキ     でも、可愛らしいところも似てますよ。エミリさんにぴったりです。
エミリ     …そ、そう…?(にやける)
グラム     日本人お得意のオセジ?タテマエ?ってやつかい?(笑う)
エミリ     (無言で拳を握り、グラムの方にむける)
グラム     冗談だよ。
ナツキ     もう、二人とも…。先に行ってますからね。(ナツキ、去る)
エミリ     アンタ、ほんとに腹立つ…!
        アンタは腹立つけど、この花は可愛い。アタシも育てたい。
グラム     エミリには無理無理。
エミリ     なんでよ!
グラム     薔薇を育てるには忍耐と努力と我慢と愛情が必要なんだよ。植えたらすぐ綺麗に花が咲くわけじゃないんだ。丁寧に丁寧に、毎日手入れをして、辛抱して、ようやくはじめてその努力が報われるんだ。
        飽き性で面倒くさがり屋のエミリには到底無理な話だよ。挑戦するだけ、時間が勿体ない。
エミリ     ……。ちょっと納得しちゃった自分が悔しい。
        …この付箋が付いてるのは何?これもバラ?
グラム     あぁ、それは次に植えようと思ってるやつ。綺麗だろう?
エミリ     サマースノー?
グラム     白くて清楚な綺麗な薔薇なんだ。香りは控えめ。トゲも少ない。いいとこだらけだ。
エミリ     夏の雪…。ナツキの名前と一緒だね。
グラム     エミリ―より、こっちのが俺は好きだな。
エミリ     …。
グラム     薔薇の話。
エミリ     ……知ってる。
グラム     はやく行こう。ナツキが待ってる。その本、気になるなら貸してあげるよ。


グラム、退場。その姿をぼんやりと見つめるエミリ。


エミリ    ■■■■■

エミリが何かを呟く。
幕に映された文字は、上から黒く塗り潰されてしまっていて、読むことが出来ない。
溶暗。再び出てきたのはマンションの一室。相変わらず原稿を書き続けているトーマス。
そこに、植木鉢を持ったグラムが登場。植木鉢を机の上に置くと、彼も腰を下ろす。


トーマス    クロッカスか。
グラム     嫌がらせのように届くね。キミ、何したの?
トーマス    さぁな。
グラム     人から恨み買いまくりだね、キミは。
トーマス    人に恨まれるようなことなんてしたことないけどな。
グラム     知らないうちにやってるんじゃないの?ていうか、俺がその被害者の一人なんだけど。忘れないでくれるかい?
トーマス    お前のは被害妄想だろ。…いや、この場合、俺が妄想してるのか…?
グラム     はぁ?
トーマス    ……まぁいいか。
グラム     よくないよ。
トーマス    俺は恨みなんて買ったことない。人になにか危害を加えたことだってないしな。
グラム     無意識に人のこと傷つけてるんじゃないの。俺にしたみたいに。あぁ、俺にしてることは意識的か。
トーマス    誰かを傷つけてまで幸せになろうとしたことなんてねェよ。そんなことするくらいなら幸せにならない方がマシだ。
グラム     …よく言うよ。
トーマス    ?
グラム     ……人の気持ちって、分からないものだね。
トーマス    …。
グラム     知らず知らずのうちに、誰かを傷つけたり……
トーマス    は?
グラム     いや。なんでもないよ。
        さ、いい加減キミは早く物語を書き直して、俺のことを幸せにしてくれないかい。
トーマス    …アネモネ。
グラム     は?
トーマス    そうえいばこの前アネモネが届いたよな、紫の。
グラム     何だい突然。
トーマス    いや、なんかふと思い出した。
グラム     ラッパスイセンの花束と一緒に届いてたよ。昨日か一昨日くらいじゃないのかい?
トーマス    ……花屋が開けそうな勢いで届いてるな。
グラム     笑いごとじゃないよね。
        ……寒。…寒くないかい…?
トーマス    ……。
グラム     寒い…この部屋寒すぎるよ。…あったかい場所に行きたい。
トーマス    …寒くなんかない。
グラム     ……庭園…
トーマス    ……。
グラム     …行かなきゃ。
トーマス    (歩き出すグラムの腕を無意識につかむ)
グラム     ……なに、
トーマス    …行くな。
グラム     ……?
トーマス    ……行くな。もう、行く必要なんてないだろ。
グラム     ……。離してくれよ…。わかったから…。
        …ちょっと、眠くなってきた…。俺が寝ている間に、ちゃんと書き直しておいてくれよ?…ハッピーエンド、に…
トーマス    ……。


トーマス、寝てしまったグラムを一瞥し、立ち上がる。部屋を歩き回り、床にあった花束と植木鉢を見つける。どちらも枯れてしまっている。


トーマス    ……。

遠くに学校の鐘の音。加えて小さな雨音。薄暗い、雨が小降り。放課後。
花壇を見ているモリノ。そこへ傘を差したエミリが登場。  


エミリ     モリちゃん!
モリノ     ああ、エミリか。どうした。
エミリ     どうした、って、アメ!アメ降ってるでしょ!なんで傘さしてないの!
モリノ     あぁ、もう梅雨入りの季節か。
エミリ     そうじゃなくて……。もう…


エミリ、傘を差しだす。二人で傘にはいり、そのまま花壇を眺める。


エミリ     この花、咲いたんだね。可愛い。何ていうの?
モリノ     リナリア。
エミリ     りなりあ?名前も可愛い。
モリノ     姫キンギョソウともいってな、ほらここ。茎のところ、金魚のしっぽのような形をした小さな花がたくさんついてる。色とりどりで綺麗だろう。初夏に開花する、夏らしくて私の好きな花なんだ。
エミリ     モリちゃんって意外に可愛いものとか好きだよね。
モリノ     ………………そんなことはない。
エミリ     あはは。モリちゃん可愛い~。
モリノ     からかうな、エミリ。
エミリ     だってほんとのことだもん。……あ、(鞄から携帯を取り出して、何やら打つ)
モリノ     ?
エミリ     リナリアの花言葉、っと…。
        あ、出た。「私の恋を知ってください」。
モリノ     ……そんな意味もあったな。
エミリ     ………。
モリノ     ………。
エミリ     え、
モリノ     え。
エミリ     え、え、モリちゃん、恋してるの!?
モリノ     ぇ、ぇえ…?
エミリ     えー!!そうなの!?
モリノ     い、いや、え、と
エミリ     そんな話今まで一回も聞いたことないよ!モリちゃんが恋とか!なにそれ気になる!!
モリノ     お、落ち着け、エミリ、
エミリ     落ち着けるわけないじゃん!幼稚園の頃から一緒だけど、恋愛の話とかしたことなかったじゃん!モリちゃんが恋とか、やだ、意外すぎてアタシびっくりだわ!
モリノ     ……。私だって、恋愛くらい、する…。
エミリ     えー!!やっだァ!誰!?ねェ、アタシの知ってる人!?
モリノ     ……さあな。もういいだろうこんな話。
エミリ     ふふへへへ、照れちゃってー、モリちゃんったら、乙女―!
モリノ     ……怒るぞ、エミリ。
エミリ     ごめんごめん、だってほんとに、新鮮なんだもん、モリちゃんが恋だなんて…。
        でも、ちょっとショックかも。
モリノ     何がだ。
エミリ     幼馴染の恋に気づけないとか、親友失格?みたいな?
モリノ     ……。そんなことはない。
エミリ     ねぇ、どんなヒトなの?
モリノ     え?
エミリ     モリちゃんの好きなヒト。
モリノ     ………一生懸命な、やつ。
エミリ     お、おう…思った以上にざっくりとした回答だったわ…。
モリノ     …まぁ、いいだろう、こんな話。
エミリ     だって気になるんだもの。いいじゃない、たまにはさ!
モリノ     ………。何事にも、一生懸命で、とても、一途なんだ。…私にはない、芯の強さがあって…
なんというか、その…
エミリ     ……。
モリノ     …ッ、にやにやするな!
エミリ     へへへ…モリちゃんがそんな風に思えるヒトって、すごいわね。どんなヒトなんだろ……。
        でも、モリちゃんにカレシ出来たらショックだわ。アタシよりカレシ優先したらアタシ寂しくて死んじゃう。(笑う)
モリノ     有りえないことを考えても時間が無駄だぞ、エミリ。(笑う)
(エミリから傘の持ち手を奪って)酷くなる前に帰ろう。
エミリ     モリちゃん、アタシのこと見捨てないでね?カレシ出来てもアタシ一番にしてよね?
モリノ     はいはい、わかったわかった。
エミリ     アタシも、ずっとモリちゃんが一番だから!
モリノ     ……はいはい、

立ち止まるモリノ。エミリはそのまま退場。その姿をぼんやりと見つめるモリノ。


モリノ    ■■■■■


モリノが何かを呟く。
幕に映された文字は、上から黒く塗り潰されてしまっていて、読むことが出来ない。
溶暗。
再びトーマスの部屋。家具などは変わっていない。
変わったのは、部屋の至る所に色とりどりの花が詰まった小箱が飾ってあることだ。
机に向かっているトーマス。原稿用紙に筆を走らせる音だけが聞こえる。


トーマス    うーん…


ドアが開く音。グラムが荷物(小箱)を抱えて登場。

グラム     ねぇ、また置いてあったけど。
トーマス    …勝手に外に出るなよ。
グラム     玄関までしか出てないよ。それに、別に見られても困らないんだろ?
トーマス    …。今日は…
グラム     (箱の包装を解き、開ける)…黄色、だね。
トーマス    (箱を覗く)イエロードットか。なかなか綺麗な花房だ。それも飾っておくか。
グラム     …毎日毎日おご苦労なことだよ本当…。
…送り主はこの部屋が花まみれになることを望んでいるのかい?それとも単なる嫌がらせ?
トーマス    (箱を飾って)こんな嫌がらせなら大歓迎だけどな。
グラム     …キミってやっぱりおかしいよ。
トーマス    そりゃどうも。
グラム     で、今日こそ本を書き換える気になったかい?
トーマス    しつこいな、お前も。
グラム     キミこそ、強情すぎるよ。
トーマス    …なぁ。お前さ、(箱を示して)この薔薇を見て何か思うか?
グラム     ?さぁ。なにも。どうしてだい?
トーマス    ………。いや、だったらいい。聞いてみただけだ。
グラム     …。なんだそれ…。変なの…。

箱から離れ、座ろうとした瞬間に、グラムの身体がフラつく。倒れるように座り込む。
こめかみを抑えるグラムを静かにみつめるトーマス。
しばしの間。ドアが開く音。グラムは慌ててクローゼットに向かう。
上手からフブキが登場。部屋に入ると一瞬戸惑った表情をみせる、が、すぐにまた、
持ってきたスーパーの袋テーブルの上に置く。
いつものように、自身のであろう鞄も置き、上着を畳んで、袖をまくり、部屋を掃除し始める。
トーマスとフブキの視線は一度も合されることはない。


フブキ     はい。ご飯。メンチカツ。ここに置いとくね。
トーマス    コロッケにしろって言ったのに…。
フブキ     それにしてもまぁ、すごい花の数だね。なに、また庭いじりはじめたの?…って、この部屋に庭園なんかないか。……ほとんどが薔薇。やっぱりお前らしいな。
トーマス    俺がまた文句言われんだぞ。あいつメンチカツ食えねえんだから。
フブキ     これってなんていうんだっけか。プリ…ブリ、ブリザード?ブリザードフラワー、だっけ?
トーマス    プリザーブドフラワー。
フブキ     花を長持ちさせれるやつだよね。なんだっけ…なんか、液体につけて乾燥させるんだっけか。うん。綺麗。この色、いいね。薄紫、いや薄茶?薄ピンク?不思議な色だな。
        でもお前こうゆうの嫌いじゃなかった?
トーマス    ……。
フブキ     花は枯れて、散るからこそ綺麗なんだーとか、よく言ってたよな。
トーマス    …。
フブキ     はは、今思うとすげぇ臭いセリフだよな…ふはは。恥ずかしいやつ。
トーマス    …そんなこと、言った覚えねェよ。ばぁか。
フブキ     覚えてる?
トーマス    何を。
フブキ     いつだったか、お前がナツキちゃんに白い薔薇あげたことがあっただろう。
トーマス    ……。
フブキ     その花が枯れてるって、ナツキちゃんが大泣きしたこと。覚えてるか?
トーマス    ……。
フブキ     お前は意図があってその薔薇を贈ったのに、ナツキちゃんに伝わってなくて、誤解させて、お前が必死に謝りに行ったときのこと。(笑う)
トーマス    ……。
フブキ     お前も大泣きしてさ。俺たちみんな笑い転げてたよな。あまりにもお前が泣き止まないから。…本当、あの頃から手のかかるやつだった。
トーマス    …あの頃…
フブキ     白い枯れた薔薇…どういう意味だったけ…。
トーマス    ………一生涯を…誓う…。
フブキ     まぁ、どんな意味であれ、枯れてる花を恋人に贈るなんてお前ぐらいしかやらないと思うけどね。
トーマス    ……。
フブキ     あぁ、そうだ。今日は大事な話をしに来たんだ。…勝手に話してるだけだから、別に聞かなくていいけどね。
トーマス    (少しずつ、いつもの落ち着きがなくなる)
フブキ     俺ね、お前の作品のおかげで仕事を認められて、2月からうちの出版社の編集長に任命されたんだ。いきなりのことだったけど、俺は素直に嬉しかった。だから、そのお礼を言おうと思って。
トーマス    ……2月…。
フブキ     仕事が増えるだろうから、前みたいに頻繁にここに来れなくなると思う。でも、ここに来なくなるわけじゃないから、安心して。
トーマス    ………2月…………。
フブキ     …俺もさ、頑張るから。だからお前も、頑張って、外に出てこいよ。…みんな、待ってるからさ…。
トーマス    …………………。
フブキ     お前は、ひとりじゃないんだから…。
トーマス    …ひとり…
フブキ     もう、大丈夫だから。
トーマス    ………………。
フブキ     本当はわかってるんだろ。
トーマス    何を。
フブキ     誰が、こんなにお前に花を届けてるのか。
トーマス    …。


原稿用紙を捲る指が止まるトーマス。


フブキ     ……戻ってこいよ。
トーマス    ………。


フブキ退場。静寂。
すこしして、クローゼットが開き、そこからナツキが現れる。
トーマスが振り返らないのを不思議がりながらも、ナツキは彼の近くに歩み寄る。


ナツキ     今日もメンチカツですか?
トーマス    ……。
ナツキ     食べれないならそう伝えないと、いつまでもわかってもらえませんよ。
トーマス    ……。
ナツキ     言葉にだして伝えないと、
トーマス    ……。
お前は何を望んでいるんだ。
ナツキ     ……。
トーマス    …どうしてあいつをテーエンに呼ぶんだ。
ナツキ     …だって…寒いじゃないですか…。ここは、寒い、悲しい、つらい、でも、庭園は…あたたかいです。
トーマス    …お前は、あいつの幸せを望んでいるって、そう言ってたよな。
ナツキ     ……えぇ。
トーマス    あいつがテーエンに行くことが、本当にあいつの幸せだと、そう思ってるんだな?
ナツキ     ……大切な、
トーマス    …うん。
ナツキ     庭園なんです。
トーマス    …うん。
ナツキ     彼がいないと、お花たちが、枯れてしまうんです、それは、とても、悲しい、です。
トーマス    ………。
ナツキ     ……ひとりぼっちは、寂しいでしょう…?
トーマス    ……。
ナツキ     貴方も、
        寂しいでしょう。
トーマス    ……お前は、本当にそれを、望んでいるんだな?
ナツキ     …寂しいのは、もう、たくさんなんです。
トーマス    ……。


二人は無言で指切りげんまんをする。というよりは、静かにお互いの小指同士を触れ合わせているようにみえる。
溶暗。遠くに学校の鐘の音。
花壇の前でナツキがモリノと話している。


モリノ    これはアムネシア。
ナツキ    あむねしあ?
モリノ    あぁ。今はこんな風に茶色がかったピンク色をしているだろう。
でも月日が経つと、だんだんと薄紫色になる、不思議なバラなんだ。
ナツキ    へぇ…。モリノさんはやっぱり物知りですね。
あむねしあ、あむねしあ…どっかできいたことあります…えっと…。
       …あ!健忘!
モリノ    …ケンボー。とは、なんだ。
ナツキ    あ、すみません、あむねしあって、「健忘」とか「忘れる」って意味だったなって思って。
モリノ    …あぁ、amnesiaか。記憶喪失とか、そういう意味もあったな。
珍しいな。ナツキ、英語は苦手じゃなかったか?
ナツキ    う、モリノさんもやっぱりそう思ってたんですね…。
       最近、教えてもらってるんです。英語。
モリノ    あいつか。
ナツキ    はい。せっかく教えてくださってるので、私も頑張らないと、です。
モリ     …そうか。努力することはいいことだと思うぞ。私も見習わないと、だな。
ナキ     ありがとうございます。でもモリノさんはこれ以上賢くなる必要はないんじゃないですか?
いつも成績トップですし。本当に、憧れますよ…。
モリノ    …ナツキは英語をもう少し頑張れば、大丈夫だろう。ほかの成績はいいんだから。
ナツキ    …今度モリノさんにも勉強教わりに行きますかね…(笑う)
モリノ    (つられて笑う)
       アムネシアには確かに記憶を忘れるっていう意味もある。
それが由来で花言葉も「記憶喪失」という説もあるんだ。でも私はそうは思わない。
父が教えてくれたんだ。薔薇は色で花言葉を決めることが一般的なんだって。
       薄紫色の薔薇の花言葉は、誇り、尊厳、気品、それから魅力、なんていうのもあるんだ。
いい言葉ばかりだろう?
ナツキ    確かにそうですね。
モリノ    私はそちらのほうをアムネシアの花言葉だと思っているんだ。店で売るときもそう説明してる。そのほうがイメージもいいからな。
ナツキ     花って、奥が深いんですね…改めて感動します。モリノさん、さすがです。
モリノ     ナツキも大変だな。周りに花マニアが二人もいて。つまらないだろう、こんな話。
ナツキ     ふふふ。そんなことありませんよ。お二人のおかげで花のことがたくさん知れて嬉しいです。
モリノ     ……。アムネシアにはこんな花言葉もあるんだ。


モリノは腰につけていたポーチから剪定ばさみを取出し、一輪、花を切る。
トゲを切り落とし、それをナツキにむける。


モリノ     「一目惚れ」。
ナツキ     …。
モリノ     ナツキにやる。受け取れ。
ナツキ     ……モリノさんのイケメン度が日に日に増していて、私は生きるのが辛いです。
モリノ     ?
ナツキ     その辺の男性よりもよっぽどかっこいいですよモリノさん!今の台詞、女子が聞いたらコロッといっちゃいますよ!いや男子でもいっちゃうかも!!きゃー、録音しておけばよかったです!
モリノ     …時々お前が物凄く遠くに感じるんだが…。
        それ、あいつにやるといい。
ナツキ     へ?
モリノ     いつも花をもらってばかりで申し訳ないって言っていただろう。たまにはナツキからあいつにプレゼントしてみたらいいんじゃないか?
        大した花じゃないが、お前からもらえるなら馬鹿みたいに喜ぶだろう、あいつなら。
ナツキ     モリノ…しゃん…
モリノ     な、泣くなナツキ、お前の泣き顔は昨日十分見せてもらった、だから、はやく仲直りしろよ。…あいつの泣き顔を見てると苛々が止まらないんだ…(小声)
ナツキ     ぇぐ…も、もりの、しゃ…いけめぇぇえんん!だ、抱いてぇぇええッ!(モリノの腰に抱きつく)
モリノ     あー……はいはい…。(背中をさすってやる)
ナツキ     私、ちゃんと、仲直り、してきますッ…。
モリノ     うん。いってらっしゃい。


ナツキ、笑顔を見せてから去る。それをぼんやりと見つめるモリノ。


モリノ     …白の枯れた薔薇、か…。悪趣味なことをするな、あいつも。(呟く)
エミリ     モーリーちゃんッ!
モリノ     エミリ、遅かったな。また補習か。
エミリ     今日は早く終わらせたほうだよ!パパーッと、片づけてきた。
モリノ     ……。
エミリ     ほんとあのセンセイ、厳しすぎて嫌になっちゃうよ。意味わかんない公式ばっかり説明してきてさー。わかんないって言ってんのに次進めるんだから。全然理解できないっつうの!
モリノ     …エミリ。
エミリ     もう本当、数学はこりごりだよ。アタシ絶対数学とは無縁の職についてやる!うん!決めた!!数学が必要になったら、モリちゃんに全部任せちゃおうかな!!なんて!
モリノ     エミリ。
エミリ     てかさ、さっきさ、あのバカップルに会っちゃってさ~、あいつまた泣いてたよ、まじ笑える。フーちゃんも大笑いしてた!ナツキもさぁ~あんなやつのどこがいいんだろうね、全然理解できないっつうの、
モリノ     エミリ!
エミリ     …。
モリノ     …もう、いいから…。
エミリ     …。…。
モリノ     話したくないんだろう?
エミリ     ……。
モリノ     話さなくて、いい。
エミリ     ……。モリちゃんは、やさしいなー…。
モリノ     …そんなことはない。
エミリ     えー?
モリノ     ………大切な幼馴染が泣いているのに、気の利いた言葉一つ、かけてやれない。
エミリ     …いーの。モリちゃんがいてくれるだけで、アタシ十分だから。
モリノ     …私には、
エミリ     うん。
モリノ     わからない。
エミリ     うん…。
モリノ     あいつの良さが。ナツキもエミリも、あいつのどこに惹かれてるのか、わからないんだ。
エミリ     …うん。
モリノ     でも、
エミリ     うん、
モリノ     いいやつ、なんだろう、きっと。
エミリ     …。
モリノ     お前が、好きになったやつ、だから。
エミリ     …えへへ。やっぱり、モリちゃんは優しいな。
モリノ     ……。
エミリ     ……ナツキみたいに可愛い女の子になりたかったなぁ。
モリノ     …、
エミリ     …なんてね。
モリノ     …。…。あいつの、
エミリ     ん?
モリノ     どこが、好きなんだ?
エミリ     ………。へへへ、
モリノ     なんだその笑いは。
エミリ     モリちゃんはさ、あいつの文章、読んだことある?
モリノ     文章?
エミリ     そ。文章。アタシね、ナツキに見せてもらったことあるんだ。
モリノ     ……。
エミリ     あいつ、作家になりたいらしくて自分で小説を書いてるらしいのよ。最初は笑っちゃったわ。そーゆうの、ちょっとバカにしてたから。それにアタシ、本とか全然読まないから、キョーミもなかった。
        でもね、ナツキが見せてくれたあいつが書いたっていう小説の一節が、すごく、綺麗だったの。
モリノ     …綺麗?
エミリ     うん(笑う)
        なんかよくわかんないんだけど、すごい感動して、アタシ、ビックリして…。あぁ、こーゆうヒトを才能があるっていうのかなって、思って、
モリノ     …そうか。
エミリ     アタシにはないものだらけなの、あいつは。…それが、羨ましくて、尊敬できて、…あ、なんかわかんないけど、これがスキ、なのかなって。
モリノ     …。…そんなに凄い小説だったんだな。エミリにここまで言わせるとは。
エミリ     よくわかんないんだってばぁ!でも、でも、
モリノ     良かったんだろ?
エミリ     ……うん。
モリノ     いいじゃないか、それで。
エミリ     モリちゃん。
モリノ     曖昧なものだろ、こういう事は。
エミリ     …へへへ、そうだね。…はぁあぁああぁ~…、なんか、ちょっとスッキリした。アリガト、モリちゃん。
モリノ     私は別に、なにもしてない。
エミリ     モリちゃんのそーゆうとこ、ほんとに大好き。
モリノ     ………。(笑う)
エミリ     そうだ、アタシ、モリちゃんに教えてあげようと思って。(鞄から本を取り出す)
モリノ     …薔薇の図鑑?エミリも花に興味が沸いたのか?
エミリ     んー、ちょっとね!
        で、このページ!みて!
モリノ     …あぁ。
エミリ     “モリノー”!モリちゃんと同じ名前!!
モリノ     私の名前はモリノ、だが。
エミリ     似たようなもんじゃない!それに、アタシと同じ名前のバラも“エミリー”って、伸ばして言うのよ。おそろいね!
モリノ     … 。
        モリノーはモリニュークス、ともいうんだ。鮮やかな黄色い花をつける。香りも強い。
エミリ     黄色かァ、モリちゃんっぽい。
モリノ     どういう意味だそれは…。
エミリ     だって黄色ってさ、あったかいじゃん!お日様?みたいな!モリちゃんはアタシにとってお日様みたいな存在だもん!ぴったりだよ!
モリノ     …。それについてはよくわからないが、まぁ、黄色い薔薇には、「友情」、それから「献身」って花言葉があるんだ。…エミリの面倒をみてる、という点ではあたってるかもしれないな。(笑う)
エミリ     ええ、なにそれ!


モリノ、庭園の黄色い薔薇を切り始める。七本。トゲを切り落として、ポケットにいれていたハンカチーフで根元をくるむと、それをエミリに渡す。


エミリ     ?くれるの?こんなに切っちゃっていいの?
モリノ     …そろそろ剪定しようと思ってたからな。いいんだ。
エミリ     そっか。ありがとうモリちゃん!
モリノ     ん、
エミリ     これ、プロポーズってことでいいのかな?(笑う)
モリノ     …馬鹿なこと言ってないで、はやく帰るぞ。
エミリ     あはは、冗談冗談!!


エミリ、退場。残されたモリノが小さく呟く。


モリノ     知ってるか、エミリ。
        黄色い薔薇には
        “嫉妬”という意味もあるんだ。

モリノが去っていく様子をみつめるトーマス。暗くなっていた部屋の明かりはいつの間にかついている。
トーマス、原稿用紙に向かうが、いつものように筆が進むことはない。
クローゼットがゆっくり開き、中からグラムが現れる。


トーマス    抜けられない…。
グラム     ねぇ。はやく、物語を書き直してくれないかい?いい加減毎日毎日キミのとこに来るのがめんどくさくなってきたんだぞ。
トーマス    俺だけ…ずっと…。
グラム     彼女を殺すなんて絶対許さないよ。ほら、(原稿用紙を奪い取って、)幸せな物語を途中までちゃんと紡いでたじゃないか。このままでいい。ここまま、この二人は幸せになるんだ、そうだろう?それをどうして無理やり変える必要があるんだい?キミだって、
トーマス    …俺、
グラム     キミだって、そんなこと、望んでないんじゃないのかい?
トーマス    ………。
グラム     キミも、後悔してるんだろう。この人たちの未来を、ハッピーエンドにしてあげられなかったことを。
トーマス    …。…。
グラム     …この人たち…?
トーマス    ………。
グラム     あれ…?俺、何言って…
トーマス    イエロードットの花言葉は、
グラム     …違う…彼等は…
トーマス    「キミを忘れない。」
グラム     ………?
トーマス    お前は、誰を、忘れてるんだ?(グラムから原稿用紙を奪い取る)

遠くに学校の鐘の音。放課後の教室。モリノが席で本を読んでいる傍ら、フブキが何かを懸命に書いている。
二人の間には会話はない。その静寂はフブキの欠伸によって破られた。

モリノ     ……。
フブキ     ふわぁああぁ…。全然終わる気しない…。
モリノ     人のノート借りている身で、そんな態度がとれるとは。驚きだな。
フブキ     ごめんごめん。すぐ終わらせるよ。もう少し待って。
モリノ     …その台詞、一時間前も聞いたのだが…。
フブキ     あれ、そうだっけ?(笑う)
モリノ     ……お前は、不思議なやつだな。
フブキ     そう?モリノの方がよっぽど不思議だと思うけどなぁ。
モリノ     私は普通だ。…多分。
フブキ     気難しいエミリの面倒は見れるわ、天然なナツキちゃんに冷静にツッコめるわ、
あいつと同等にマニアックな花の話が出来るわ…すごいすごい。俺にとってはとっても不思議だよ。モリノは。
モリノ     …それは、褒められてるのか?
フブキ     もちろん。(間)でも、一番は、
モリノ     (フブキから目を逸らす)
フブキ     俺の告白を受け入れてくれないことかな。
モリノ     ……。
フブキ     ……なんちゃって。
モリノ     笑えない冗談だな。
フブキ     本当のことだからねぇ。
        ね、どうしても駄目?
モリノ     ……。
フブキ     聞こえないフリは良くないと思うけど。
モリノ     …終わったのなら帰る支度をしろ。
フブキ     ねぇ、モリノ
モリノ     ……。
フブキ     叶わない恋っていうやつは、厄介なもんだね。
モリノ     ……珍しいこともあるもんだ。お前と同意見だなんて。(笑う)
フブキ     …やになちゃうよねぇ。(笑う)


居心地のいいような、悪いような。
どこか憂いのある沈黙が、しばしの間二人の間に流れる。


モリノ     ……私は、
フブキ     うん、
モリノ     この恋が辛いだなんて思ったことはない。
フブキ     …うん。
モリノ     ……幼馴染を好きになっちゃいけない法律があるわけでもないしな。(笑う)
フブキ     そうだね。
モリノ     ……日が暮れる。帰ろう、フブキ。
フブキ     ………うん、


モリノ、静かに去る。
その姿をぼんやりと見つめるフブキ


フブキ     …本当に、やになっちゃうなぁ。


フブキ、退場。溶暗。場面は再びトーマスの部屋。
玄関からチャイムの音。一回、二回。反応がないことがわかったのか、連続でチャイムの音が続く。
揉めているような声が聞こえる。少しして、ドアが開く音。
制服姿ではなく、普通の服を着ているエミリ、モリノ、フブキの順で、部屋に入ってくる。


フブキ     (声のみ)ちょと、さすがにお前らが勝手に押しかけるのはまずいって!!
エミリ     (声のみ)はァ!?フーちゃんがよくてアタシらが悪い意味がわかんないっつうの!!(言いながら登場)
モリノ     …意外と片付いているんだな。
トーマス    …お前らは…
エミリ     …花受け取ってんじゃないのよ…。だったら返事ぐらい返しなさいよ!!
モリノ     …何年も前のものもあるな。枯れているのもあるが……大事にしているみたいだ。
エミリ     …だったら尚更じゃないのよ…。
        ちょっと!!どこ隠れてんのよ!!お茶くらい出したらどうなの!!
フブキ     エミリ、やめろ。あいつを刺激するようなことするな。
トーマス    ……フブキ、(フブキの目の前にゆっくりと立つ)
フブキ     (トーマスの前を通過する)あいつも、あいつで、あいつなりに、必死に前に進もうとしているんだぞ。
トーマス    ……………。
フブキ     それがわからないのか?
エミリ     わかるわけないでしょう!?
トーマス    エミリ、(モリノの言葉と重なるように)
モリノ     エミリ。落ち着け。
エミリ     フーちゃんがそうやって甘やかすから、…いつまでも優しくしてるから、あいつが、
トーマス    ……………。(蹲る)
エミリ     現実から逃げて、何度も、何度も、勝手に、死のうとしてるんでしょ
フブキ     ……。
エミリ     もう、十年だよ…?その間、あいつはずっとこの部屋で、一人で、閉じこもって…逃げてるだけじゃない……
フブキ     エミリ…
エミリ     …外にも出ないで…ロクにご飯も食べないで…誰とも会わないで……馬鹿じゃないの…
死んじゃう…そんなことしてたら…あいつが、死んじゃう……


クローゼットがゆっくりと開く。


グラム     ねぇ、これ、コロッケじゃないんだけど。
三人      ………………。
グラム     メンチカツじゃん、これ
トーマス    ………。
エミリ     …………………。
モリノ     …………………。
フブキ     ………メンチカツ………。
グラム     ………。わぁ。勢ぞろいじゃないか。
トーマス    ………。
グラム     この人たちもキミに不満があって来たんじゃないのかい?ほらね、やっぱりこの結末に納得いってないみたいだね。キミが紡いだ物語のせいで不幸になった、…被害者ってわけだ。(笑う)
トーマス    ………。
グラム     ねぇ、これが答えだよ。俺の…俺たちの未来を、返してくれるかい?
エミリ     ……誰と、
トーマス    被害者は、
エミリ     喋ってるの……?
トーマス    どっちだよ。
グラム     ………?
エミリ     あんた、誰と喋ってるのよ、いい加減にしてよ!アタシらのこと無視してんじゃないわよ!!
グラム     ………。
モリノ     ……グラハム。
グラム     …は…?
フブキ     あ、メンチカツ…今日も持ってきたんだけど…(スーパーの袋を見せる)
エミリ     今そんなことどうでもいいでしょ!?
モリノ     グラハム、お前、一体誰と話してるんだ。
グラム     ………?
フブキ     ていうか俺の作戦成功してるじゃん!!
エミリ     フーちゃん黙って!!
モリノ     私のことが分かってるのか、分かってないのか、はっきり答えろ、グラハム。
フブキ     いや、だって、グラハム出てきたじゃん!
エミリ     はァ!?
フブキ     グラハムはメンチカツ嫌いだから、それを知ってるのに持っていったら文句言いに出てくると思って…そして出てきた!俺策士すぎる!凄い!
エミリ     フーちゃん…。本当に、いい加減にして。今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?わかってんの?
フブキ     ……エミリこそ、何も分かってないくせにでしゃばんなよ。
エミリ     は?
フブキ     思い出したようにグラハムに会いたいだなんて押しかけに来て、お前今までこいつのこと思い出さないようにしてたんじゃないのかよ。それなのに今更友人ぶって、いい人ぶって…。
俺は違う。俺はあの日からずっと、こいつの元に来て、世話して、こいつが外に出れるように応援して、そうやってこの十年をささげてきたんだ。こいつのこと忘れようとしてたエミリに何がわかるっていうんだよ。
エミリ     ………。
フブキ     コソコソ花を贈ることしか出来ない臆病者に、俺のしてることを文句言われる筋合いなんてないから。
エミリ     アタシはアタシなりに、グラハムに元気になって欲しくて、
フブキ     その結果がこれか?
エミリ     アタシだって必死に考えたわよ!!
フブキ     エミリは昔からそうだ。相手の気持ちなんてお構いなし、自分が思ったことだけで、相手のことなんか考えずに、……無神経なんだよ!
エミリ     フーちゃんに何がわかるっていうの!?フーちゃんだって、いつもいつも自分が正しいと思って、勝手に一人で行動して、アタシたちのことなんて考えずに…
モリノ     今日が何の日か、分かってるだろう。
グラム     ………、
エミリ     ……。
フブキ     ……。
トーマス    ……。
モリノ     …こんな日に、喧嘩なんてするものじゃない。いい加減にしろ。
トーマス    ……今日……
エミリ     ……ごめん…。
フブキ     ……。
トーマス    …あ、
モリノ     グラハム、突然押しかけて悪いとは思ったが、いい加減に私たちも、待つばかりは耐えられなくなってな。お前が出てこないなら力づくでもお前を引きずり出す覚悟で来た。
グラム     …なんの、話…
トーマス    そうか、
モリノ     もう、十年だ。
トーマス    そんなに、経ったんだな。
モリノ     そろそろ、
トーマス    …気づかなかった。
モリノ     いいんじゃないか?
グラム     ………。
トーマス    …そうだな。もう、十分だ。
グラム     ……ァ
トーマス    もう、十分、
モリノ     苦しんだだろう。
トーマス    思い出せ。
モリノ     逃げるな。
トーマス    彼女のことを。
モリノ     現実から。
トーマス    逃げるな。
モリノ     思い出してくれ。
トーマス    自分の罪から。
モリノ     私たちのことを。


フブキ、鞄から写真を取り出し、グラムに渡そうとする。
グラム、恐る恐るそれを受け取る。


フブキ     庭園部の写真だよ。……みんなで育てた花壇の、…覚えてるだろ?
グラム     …なんで…だって、キミたちは…物語の中の…、
フブキ     俺達は、ずっとお前を待ってたんだ。
グラム     キミたちも…物語をハッピーエンドにしてもらうために、彼のところに、来たんだろ……?
フブキ     …グラハムが、現実を受け入れてくれるのを、待ってたんだ。
グラム     ……ナツキ……。
フブキ     ……もう、自分を責めないでくれ、グラハム。  


グラムとトーマス以外の動きが止まり、照明が変わる。
トーマスはゆっくりと机に向かい、原稿用紙を破り始める。
グラムは部屋を歩き、花を触り、呼吸し、立ち止まる。


トーマス    今日で、十年目、らしいな。
グラム     ……十年、
トーマス    随分、経ったな。
グラム     ……あぁ。
トーマス    あの日、…覚えてるか?
グラム     あの日、…あぁ、あぁ、そうだ、あいつの、ナツキの誕生日の、…2月11日、19時半。俺は、ナツキを呼び出した。庭園で花を選んでたら思いの外待ち合わせ時間を過ぎてしまっていて、慌てて、
11本の白い薔薇、サマースノーの花束を持って、ナツキのもとに行こうと駅前に急いだ。
ナツキは、……そこにいなかった。
電話が鳴って、ナツキからの電話で、でも、俺の声に応えたのは、俺の知らない人間の声で、
淡々と、読み上げられる言葉を、断片的にしか、理解できなくて、頭が真っ白になって、


文字が幕に浮かび上がる。


「交通事故で…」
「お気の毒ですが」
「手は尽くしましたが」
「吉川夏雪さんは…」
「■■■■■■■■■■■」


グラム     呼吸するのも、忘れて、走って、走って、訳も分からず、走って、涙が、次から次へと、止まらなくて、
………俺を待っていたのは白いベッドで、白い布で覆われてて、そこから、黒髪が少しだけ見えてて、
トーマス    「…ナツキ、ごめん。俺、遅くなっちゃって…」
グラム     馬鹿みたいに明るい声で、俺はそう言って、布を剥がしたんだ、
そこにいたのは、俺の知らない人間の遺体で、
雪のように柔らかで白かった肌は、血が通ってない、不気味な白さになっていて、ところどころ変色していて、綺麗な顔立ちは、いびつに歪んで、変形してた、
よかった。(次のトーマスの「よかった」と重なるように)
トーマス    「よかった」
        「これは、俺のナツキじゃない。」
        「俺のナツキが、こんなに、醜いわけがない」
グラム     安堵した俺は、ベッドサイドに目を向けた。
文字      「それは、事故現場に落ちていたものです」
グラム     俺がナツキに渡していた、庭園の、鍵で、
その身体と同じように、同じように、歪んで、変形していた。
トーマス    「なんだ」
        「やっぱりナツキじゃないか。」
グラム     それから、…それから…、?
トーマス    それから、俺は、待っていてくれたこいつらに、何も言わずに、……この部屋に閉じこもった。
グラム     ………。
トーマス    もう、分かってんだろ、お前も。
グラム     ………。
トーマス    俺が、お前を生み出したんじゃない。
お前が、俺を生み出したんだ。
グラム     ………。
トーマス    ナツキを亡くしたショックから、お前は全てから逃げ出して、そして、全てを、なかったことにした。
グラム     ……。
トーマス    高校時代の大切な友人たちの記憶もなかったことにして、すべてを忘れた、フリをした。そう、最初は、フリ、だったんだ。あいつらのことも、全部、なかったことにした。でもだんだん、本当に忘れていった。ナツキに関わる全ての物語を、全ての人間を、お前は現実として、受け入れることが出来なくなった。
グラム     ………ぅ、
トーマス    全て、物語の中の話だと、そう言い聞かせて、執筆を開始した。何年にも渡って、お前は書き続けた、忘れないために、せめて、物語の中では、ナツキを幸せにするために、でも、お前は、俺は、物語でも、ナツキを幸せにすることは出来なかった、周りの声も聞かずに、ただただ書き続けた。
グラム     ぅ、あ、あぁあ、
トーマス    世の中には評価されたお前の小説だったが、お前は最後まで認めることができなかった。一時の安定しか得られなかった。ナツキが帰ってくるわけでもない。幸せにはなれない。受け入れることが出来なかった。あいつの死も、孤独になった自分も、進み続ける、残酷な世界も。受け入れられなかった。
グラム     あ、あぁああ、ぁあああぁぁ
トーマス    どこに向かっていいのか、生きる目標も、生きる意味も、すべてを見失って、俺は、お前は、彷徨い続けた。同じ場所を何度も何度も。無意識のうちに、何度も何度も繰り返した。あの日を。あの日々を。幸せだった、あの頃を。
グラム     …………ぁ

溶暗。
遠くに学校の鐘の音。放課後の教室。

エミリ     フーちゃんだけ仲間外れだね。
フブキ     は?モリノ以外に友達いないエミリにそんなこと言われる筋合いないんですけどー?
エミリ     (無言で拳を握り、フブキの方にむける)
ナツキ     仲間外れ、ですか?
モリノ     あぁ、人外的な意味でか?
フブキ     モリノ、それは酷い。
エミリ     だって仲間外れじゃん?フーちゃん以外みんな、自分と同じ名前の花あるじゃん?
ナツキ     そう…です…ね…?
モリノ     無理に同意するな。
エミリ     アタシもナツキもモリちゃんもあいつも、花の名前じゃん。フブキだけ違う。残念でしたー!
フブキ     や、別に悔しくも羨ましくもなんともないからね、うん。
ナツキ     私も花の名前というわけでは…。漢字変換したらサマースノーってだけなので…
エミリ     細かいことは!気にしない!!
フブキ     うわぁ…
モリノ     …エミリ、話の腰を折るようで悪いが、フブキの名前も花につけられてるぞ。
エミリ     え?
ナツキ     そうなんですか?
モリノ     あぁ。まぁ、ダリアの品種の一種に、“吹雪”というのがある、っていうだけだがな。
エミリ     だりあ…
ナツキ     ダリア、というと、薔薇とは違いますよね。
モリノ     そうだな。ダリアはキク科の植物だからな。そう考えると、ある意味、仲間外れというのは当たってるのかもしれないな。
フブキ     ちょっと、モリノまで…
エミリ     フーちゃんざまぁみろ!
フブキ     チクショウ腹立つ…。花なんて嫌いだ…。
ナツキ     フブキくん、庭園部の部長なのにそんなこと言ったら駄目ですよ。
エミリ     ?テーエン部?
ナツキ     はい、庭園部。
モリノ     なんだそれは。
フブキ     あぁ、ほら、校舎の外れに花壇があるじゃない?割と立派なの。
エミリ     モリちゃんがよく行ってるトコロ?
フブキ     そうなの?
ナツキ     はい。北校舎の裏側の。
モリノ     私が入学してきた時、酷く荒れていたからな。その当時の担任に言って、そこの整備をさせてもらったんだ。先生も花が好きだったみたいで、よく手伝ってくれて、喜んでくれたよ。今はもう定年退職されて学校にはいないんだがな、とてもいい先生だった。その先生がいなくなってしまったから、今では私が勝手に色々と植えているんだ。
フブキ     そうなの?
ナツキ     はい。モリノさんの花壇、といっても過言ではないですね。
モリノ     で、その庭園部というのは?
フブキ     いやね、なんか、あいつが学校でも花育てたいって言って、勝手に部活として活動するとか言い出してさ。
エミリ     そうなの?
ナツキ     はい。お家の庭園みたいに、学校にも庭園を作りたいって。それで学校に唯一ある、校舎裏の花壇に何か植えようって、そういう話をフブキくんといるときに話してまして。じゃあいっそのこと部活として活動しちゃおうかっていう感じで。
エミリ     そうなの?
モリノ     初耳だ。
フブキ     うん、だって、さっき決めたから。
エミリ     うお…
ナツキ     すみません、モリノさん。貴女がお世話してきたものなのに。勝手に決めてしまって。
エミリ     そうだよー。モリちゃんが毎日毎日朝早くガッコ行って、水やったりとか、雑草抜いたりとか、花に話しかけたりとかしてるんだよ?
モリノ     !
フブキ     え、花に話しかけてるの?モリノ…(にやける)
エミリ     「今日も頑張ってるな」とか、「寒くないか」とか「綺麗に咲いてくれてありが…もごッ!(モリノに口を抑えられる)
モリノ     ……。
ナツキ     (ずっと肩が震えている)……っ…ふふ、
モリノ     (少し傷ついた表情をする)
フブキ     こら、ナツキちゃん、笑ったら駄目でしょ!
ナツキ     っ…あははッ、だって、花にっ…話しかけ…はなに、はなす、って…ふふふ、ダジャレですか?ふふふ、面白くないっ…ひひ、
フブキ     そこか。
モリノ     ……ナツキのツボは相変わらず複雑怪奇だな。
エミリ     (モリノの手を引っ剥がす)っぷはぁっ!!!ちょ、モリちゃ、しぬ、さすがに死ぬからっ…っ、ぜーはー、
モリノ     あ、あぁ、すまん。
ナツキ     (笑い続けている。頑張ってこらえている)
フブキ     それで、モリノ的にはどうなの?
モリノ     ?私はあまり面白いと思わなかったが、それにツボっているナツキは面白いと思った。
フブキ     そっちか。
モリノ     言葉を瞬時にダジャレだと解釈できるのはある意味凄いとは思う。頭の回転がはやいってことだろう?
エミリ     真面目か。
モリノ     ?
フブキ     そうじゃなくて!庭園部の話!
モリノ     あぁ。そっちか。
エミリ     本題だよ、モリちゃん。
モリノ     私は別に構わないが。
ナツキ     本当ですか?
モリノ     元々私のものではないからな。あくまで学校の敷地を私が勝手に使わせてもらっているだけだ。何の問題もないだろう。
エミリ     えー。でも今までお世話してきたのはさァ、モリちゃんじゃん。
フブキ     じゃあモリノも入ったらいいよ。庭園部。
ナツキ     そうですね!花に詳しいモリノさんがいてくれたら心強いです!
モリノ     入部届けはいるのか?
ナツキ     なんですかそれ。
フブキ     非公式部活なのでそんなものはいりません。
モリノ     そんなゆるゆるでいいのか。
フブキ     花への愛情があればいいのさ。
モリノ     お前にないものじゃないか。
フブキ     ……。
ナツキ     エミリさんも、どうですか?
エミリ     エェ。んー…アタシは…
ナツキ     きっと楽しいですよ。みなさんで花を育てて、庭園の近くでお喋りして…エミリさんも最近花に興味があるって仰ってたじゃないですか。
フブキ     へー。そうなん。(興味なさそうに。棒読み。)
エミリ     (フブキをど突いてから)モリちゃんのお家でさ、バイトとして雇ってもらうことにしたの。前のバイト辞めちゃったから。花に詳しくない花屋なんてダメじゃん?だからちょっと勉強してるだけ。
ナツキ     凄いじゃないですか!
エミリ     ん、アリガト。
ナツキ     エミリさんも、入りましょ。庭園部。
エミリ     …。
ナツキ     彼もきっと喜びます。
エミリ     …。
ナツキ     人数が多い方が楽しいって。(笑う)
エミリ     …(笑う)
        ナツキがそこまで言うなら、入ってあげてもいいわ!もちろんモリちゃんもね!
モリノ     …はいはい。
        (時計を見て)ナツキ、そろそろ時間じゃないのか。
ナツキ     あ!本当ですね、そろそろ行かないと…。お先に失礼します。
フブキ     外もうだいぶ暗いし、気を付けて帰ってね。
ナツキ     はい、ありがとうございます。彼が一緒なので大丈夫ですよ。
モリノ     あいつが一番危ない気がする。
フブキ     同感。ナツキちゃん、気を付けてね。


ナツキ、微笑み、一同に頭を下げてから、退場。


フブキ     ……相変わらずって感じだねぇ。
モリノ     何がだ。
フブキ     あの二人。ラブラブ~って感じ。
エミリ     フーちゃんキモい。
モリノ     喧嘩したと思ったらすぐに仲直りしているからな。結局お互いしか見えてないんだろうあいつらは。
フブキ     ふぅん。
モリノ     こっちが気を遣ってるのもわからないんだろうな。
フブキ     モリノにしてはキツイ言い方。
モリノ     そうか?
フブキ     なに。そんな風にあの子らのこと見てたの?意外。
モリノ     私は…凄いなと思ってるだけだ。
あいつらは他人が入れない自分たちの世界をいとも簡単に創れる。私にはとてもじゃないが出来ない。私たちの言葉に聞く耳を持たないときだって一度や二度じゃないしな。
フブキ     あー、そうゆうところはあるかもね。
        でもカップルなんてそんなもんじゃないの?
モリノ     そうゆうものなのか?
フブキ     たぶんね。まぁ、あの二人は友情より愛情、なんじゃない?
モリノ     依存関係が強すぎて少し心配になるだけだがな。
エミリ     モリちゃんもそんな風に考えたりするんだね。
モリノ     ……意外か?
エミリ     べっつに~?モリちゃんの考えてることは難しいことばっかだから、アタシにはよくわかんないや。(笑う)
モリノ     お前はそれでいい。
エミリ     うん。
フブキ     そこも十分二人だけの世界な気がするけど。
エミリ     やっぱりフーちゃんだけ仲間外れだね。
フブキ     はいはい。それでいいですよ。
モリノ     さ、私たちもそろそろ帰ろう。
エミリ     (教室の窓から外を眺めて)うわぁ…外めっちゃ寒そう。
フブキ     そりゃあね。もう二月だもん。
        …あ、ナツキちゃん、そろそろ誕生日だったよね。
モリノ     来週末だったな、確か。
エミリ     ほんとだ!みんなでお祝いしなきゃじゃん。
フブキ     じゃあメンチカツパーティしようよ。
モリノ     なんだその微妙な祝賀会は。
エミリ     メンチカツ嫌いでしょ。ナツキもあいつも。………。
フブキ     (笑う)
モリノ     ……本当にお前らは性格が悪いな……(笑う)
フブキ     リア充たちにささやかな復讐といきましょうかー。
エミリ     いえーい!
モリノ     さ、いい加減帰るぞ。


三人、退場しようとして、モリノが立ち止まる。


フブキ     どうした、モリノ。
モリノ     いや、花壇を見てから帰ろうと思ってな。
エミリ     花壇?
モリノ     この間植えたスイセンがそろそろ咲く頃なんだ。少し、様子を見てきたいんだ。
エミリ     ええ、絶対寒いよ!モリちゃん風邪ひいちゃうって。
モリノ     ほんの数分だから平気だ。先に帰ってて構わない。
フブキ     …そう。じゃ、帰るかエミリ。
エミリ     ……うん。駅で待ってるから。はやく来てね、モリちゃん。


モリノ、頷いてから退場。見送る二人。


エミリ     なーんか。思いつめてるんだよなぁ。
フブキ     ん?
エミリ     モリちゃん。
フブキ     …あぁ、ね。
エミリ     …なんかあったのかなぁ。
フブキ     …さぁ。
エミリ     アタシ、いつも一緒にいるのになぁ。モリちゃん、時々凄く遠くにいる感じするんだよね。
フブキ     そうゆうもんじゃないの?…友達っていうのは。
エミリ     そうかなぁ。
フブキ     ……恋でもしてるんじゃない?
エミリ     え!
フブキ     え?
エミリ     モリちゃんが恋とか…全然想像できないわ…あの堅物ちゃんが恋愛とか…今までそんな話聞いたことないし…。って、あ、待って、ずっと前にそんな話したような……えーどうしよう、やっぱりあの話本当だったんだ…モリちゃんが恋とか考えられない…(笑う)
フブキ     ………。さ、はやく帰るぞ。
エミリ     うん。
        ……スイセン…。(鞄から携帯を取り出して何やら打つ)
フブキ     ん?
エミリ     ……自己中心…。うぬぼれ。
フブキ     エミリ?
エミリ     ……報われない、恋……。
フブキ     エミリ??行くぞ?
エミリ     あ、ごめんごめん!


二人、退場。静かに溶暗。

フブキ     グラハム、もう、お前が苦しむことじゃないんだ、だから、もう、苦しむ必要なんてないんだ。
前みたいに昔みたいにまた、花を育てたり、みんなで遊びに行こう、な?
エミリ     そうだよ…アンタがここまで思い悩むことじゃないんだよ…?ナツキのことを忘れろなんて言わない。でも、ナツキだって、あの子だってアンタの幸せ願ってるはずだよ?ちゃんと、これからの人生を生きていかないと、ナツキだって、報われないよ…
グラハム    ………。
モリノ     誰もお前を責めてなんていない。お前が幸せになることを、みんな望んでいるんだ。……昔みたいに暑苦しいくらい幸せになって欲しいって。ナツキの分まで、お前が幸せにならなくてどうする。
私たちは…しっかりと乗り越えてきた。自分の気持ちも、ナツキの死も、…
いまはちゃんと生活してる。お前にだって、できる筈だろう?
グラム     ………。あぁ……
フブキ     ……わかってくれる?
グラム     ……あぁ、ごめん、全部、思い出したよ……大丈夫、ごめん、心配かけて、ごめん。
エミリ     …よかった…。
グラム     ……そうだ、そうだった、全部…思い出した…。そうだった…そう、
モリノ     …。
グラム     …もう、大丈夫だから。
エミリ     …うん…。もう、心配させないでよ?
グラム     (無言で頷き、微笑む)


少しの間。グラム、ゆっくりと本棚の本を何冊か手に取り、そのままそれを投げ捨てる。
残ったものを破き始める。
その勢いに任せて部屋のあちこちをひっかきまわし始める。
驚く一同にむかって、手あたり次第ものを投げつけ始める。
それをみつめるトーマス。


グラム     なにもッ、わかってないッ、お前らにはッ、なにもッ、なにもッ、
フブキ     やめろ、グラハム!
エミリ     ………ッ!
グラム     出てけッ、お前らなんてッ、いらねぇんだよッ、知らねェッ、やめろッ、わかってないッ、わかってないッ、
モリノ     落ち着け!
エミリ     なにしてんのよ!アンタの大事な作品でしょう!?
グラム     出てけッ、そんなの、いらないッ、消えろッ、お前らなんてッ、知らないッ、いらないッ、消えてくれッ、
エミリ     …………。
グラム     そんなものッ、大事じゃないッ、誰にもッ、おれのことなんてッ、わからないッ、つたわってないッ、いらないッ、そんなのッ、いらねぇッ、きえろッ、ぜんぶッ、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶなくなればいいんだなくなればいいんだなくなればいいんだなくなればいいんだなくなればいいんだなくなればいいんだなくなればいいんだなくなればいいんだ


エミリ、グラハムが破いた本を抱え、破られた数ページの紙切れを大事そうに集める。
フブキ、茫然としてるモリノの腕をつかんで部屋を出ていこうとする。
モリノはそれに逆らわず、グラムを一瞥してから部屋をあとにする。
動かないエミリを無理やり引き起こし、部屋に留まろうとする彼女を強い力で引きそのままフブキとエミリ退場。
(退場の際、きっとエミリは叫ぶであろう。グラムの心に響くと信じて言い放った言葉を。)

声が交錯する中、幕に「うそつき。」と文字が浮かび上がる。それは徐々に滲み始める。
まるで涙か、もしくは血液のような液体が上からかけられたかのように、酷く汚く、それは歪んでいく。


グラム     ればいいんだ…なく…いいんだ…なくなればいいんだなくなればいいんだなくなればいいんだなくなればいいんだなくなればいいんだなくなればいいんだなくなればいいんだなくなればいいんだなくなればいんだなくなればいいんだなくなればいいんだ……ばいいんだ……だ…


大きかった声は徐々に力をなくし、グラムはぶつぶつと何かを呟く。
そんな彼の姿をぼんやりと見つめるトーマス。


トーマス    ………約束、だもんな。
グラム     ナツキがいない世界なんて…いらない…いらない…いらない…いらない…(呟く)
トーマス    ………お前の言うとおりだ…。
グラム     ぜんぶ  なくなれば  いいんだ
トーマス    なぁ。ナツキ。
グラム     …(ふと、意識が戻ったように、顔を上げる)
トーマス    ひとりぼっちは、寂しいな。
グラム     ………。


グラムはトーマスの首にゆっくりと手をかける。緩やかに形だけの抵抗を見せるトーマス。
グラムのほうの顔が歪み、トーマスの顔は穏やかなものになる。
トーマスの身体から力が抜ける。床に落ちる鈍い音。
グラムの呼吸音が響く。


グラム     ……先に、逝っててくれ。

いつの間にか、ナツキが部屋に登場。
二人は無言のままお互いを抱き締める。
(ねぇ、二人はちゃんと、あたたかいですか?)


ナツキ     …あたたかい…。
グラム     うん…。
やっと、会えた…。
ナツキ     庭園に、行きませんか?
グラム     ………。
ナツキ     スノードロップの花が、咲いています。貴方に、贈りたいんです。
グラム     ……。(笑う)
ナツキ     …約束、
グラム     これが
ナツキ     …ごめんなさい。
グラム     ハッピーエンド、だ。


ナツキ、手を差し伸べ、それを静かに取るグラム。
幸せそうに二人は窓に行き、窓を開ける。雪が舞っている。暗い外が見える。
身を乗り出す二人。身体が傾いた瞬間、暗転。
ドサッと、何かが落ちる、大きな音。暫くして溶明。


エミリ     いたぁあっ…!やっちゃた…。
モリノ     大丈夫かエミリ。…派手に転がしたな。
エミリ     ごめんごめん、手ェ滑っちゃった。


モリノが経営する花屋の店先。肥料の入った麻袋を持ち抱えていたであろうエミリが、落としてしまった麻袋の中身を掃除し始める。
それを横目に、店先の花を丁寧に見ていくモリノ。


エミリ     あ、なんか咲いてる。
モリノ     ん?
エミリ     そこ。白いの。
モリノ     あぁ、もうそんな季節か。
エミリ     え、なに?
モリノ     春を告げる花として有名なんだ。スノードロップ。
エミリ     へぇ。
モリノ     育てやすい品種でもあるし、見た目も可憐だし、人気がある花の一つなんだ。
エミリ     ふぅん…確かに名前も可愛い。………これ、贈ったら喜ぶかな?
モリノ     それは止めたほうがいい。
エミリ     なんで?
モリノ     スノードロップは人に贈るとき、「貴方の死を望む」という意味になるんだ。
贈り物にはふさわしくないだろう。
エミリ     げぇ。なにそれ怖い。
モリノ     死の象徴でもあるからな。
エミリ     ふぅん。こんなに綺麗で可愛いのにね。
モリノ     綺麗で可愛らしくても、色んな闇が潜んでいるのだろうな。
エミリ     …。 
モリノ     …エミリ、もう、忘れよう。
エミリ     …………。
モリノ     私たちが、どうこうできる問題じゃなかったんだよ…最初から。
エミリ     …モリちゃんは、そんな簡単に割り切れるの?
モリノ     …いつまでも、昔のままではいられないからな。
私は今を生きて、そしてこれからを生きていきたいんだ。
…あいつのように過去に縛られたままだなんて、…耐えられない。
エミリ     ……。…うん。そうだね。それが、いいんだよね。
モリノ     …さ、仕事に戻ろう。今日も赤字じゃ困るからな。
エミリ     はーい。


エミリ、ふと何かを感じたように空を見上げる。
気のせいか、と呟いたエミリはモリノの後を追って退場。

数秒後、溶暗。
長い間の後、溶明。マンションの一室。
グラムが机の上に突っ伏している。身体が震え、上体を起こす。
辺りを見回す。

グラム     ……また、駄目だったか……。


手には枯れた白い花が。
そして、机の上にある本を見つける。
その本を手に取って、中身を読み始める。


グラム     ……。ハッピーエンドはどこにあるんだろうな、ナツキ………――――――

音楽が流れる。溶暗。


                               ―幕―









素敵なサムネイル画像、お借りしました。
https://www.pixiv.net/artworks/34921609

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