古書店破り。
人通りが少ない道路に面した古書店。
入口にある小さな看板に書かれた店名は読めない。
覗き込むと店内の両脇には天井まで積み上がっている本棚が並び、その奥に店主の姿が見える。
いわば今日の対戦相手だ。
年齢は40代、お洒落なあご髭、
丸ぶち眼鏡、見たこともない新聞を読みながら入口から覗き込む私を一瞥した。
「たのもー!!」
心のうちで僕は叫ぶ。
「ほう。うちに古書店破りとは大した度胸だ。お前に俺のセレクションを受け止めるだけの度量はあるのか?見せてもらおうか」
口元こそ見えないが店主はそう言ってたに違いない。
まず入口の両脇からお手並み拝見といきましょうか、と余裕あるフリをする僕だったがすぐに感じる。
「この店、できるな」
左手には見たこともない哲学書が並んでいる。労働者文学の本も見える。作者名はほとんど聞いたこともない。
たじろぐ僕。
右手はどうだ。
エロ本が大量に並んでいる。
怯む僕。
薄笑いの店主。
「おいおいおい。まさか哲学は高尚なものでエロは低俗なものだという、その考え自体が低俗の極みというレベルの客じゃないだろうな?」
店主は僕をじっと見つめている。
「俺をがっかりさせるなよ」
その目は確かに僕にそのことを伝えていた。
前に進む歩幅が小さくなる。
この先どれだけ手強い奴等がいるのか。
目線が合わないことが不自然なのに、目線を合わせられない。自然を装えば装うほど不自然になる。余裕がない証拠だ。店主の前を通り、さらに奥へ進む。
まずい。
ここは相当の猛者共の巣窟だ。
右翼、左翼、死刑制度、宗教、アイヌ、天皇、沖縄、ヒロシマ、新聞では読んだことがあるが、テーマが重すぎる。本に囲まれているからなのか、高く積み上がったせいなのか、僕の足下に向かって、どんどんとあたりの空気が圧縮され沈みこんでいっている気がする。息苦しくなってあたりを見回すことしか出来ない。
しかも背後にはデモなどに使用されるカセットテープやCDが待ち構える。
「逃げ出すのなら今のうちだぞ。無理をすることはない。ここまで歩を進めただけでも大したもんだ。さあ、店を出ていくがいい。恥ずかしいことじゃない。興味もないのに知ったかぶりで立ち読みする方がよっぽど恥知らずというもんだ」
背後から店主の目が鋭く光っている。
「だめだ。僕が甘かった。この店、相当にできる。ここの本屋を他の本屋と比べたら、今までの本屋は道場ですらなく、いわば幼稚園のようなものだ。微笑ましい本と手取り足取り教えてくれる先生に囲まれていただけだったか」
敗北感。
猛者共の冷ややかな視線を浴びながら後ずさる。足取りはさらに重い。店主の前をまた通る。恥ずかしさに思わず顔が赤らんだ。
ふっと見ると店主の左右に配置されてるのは地方新聞と漫画だ。
漫画の本棚で足を止める。よく知った作者名が目に入る。そこで僕は急に落ち着きを取り戻した。
「ほう。こういう感じでしたか。お前達の動きが少し見えてきたぞ」
と僕。
「ふん。少しはできるみたいだな」
ニヤリと笑ったように見える店主。
落ち着いた僕は本棚から漫画を取り出し、
したり顔で頷く。緊張が解けて視界が広がり本棚から本棚へ軽やかに身を翻す。映画書の本棚の一番の重鎮も顔馴染みだ。
ここで大技を発動する。店内にいる人に対して無差別に影響を及ぼす「僕はこの本のことを知ってますよ」「一度読んだことがあるけど、もう一度読み直しているだけなんです」という意味を含めた頷き。まさにクリティカルヒット。
すっかり落ち着いた僕は猛者共のいる本棚に戻る。様々な本を手にとっては軽く目を通す。新しい知識が僕に流れ込む。幸せだ。
そしてたっぷり1時間が過ぎていった。
僕は出口に立つ。顔はすっかり夕暮れとなった街並みを向いていたが意識は明らかに後方の店主を捉えていた。
「手強かったよ。これまでの中でも屈指の相手だった。また来させてもらうぞ」
それは店主にも通じた。「しゃらくさい」という感じで皮肉そうな笑顔を見せていた。奥の暗闇から「新入荷情報」の立て看板が、瞬く電灯の明かりで見え隠れしていた。
夢は詩のコンテストを主催することです。サポート頂けましたら運営資金に使用させて頂きます。優勝者の詩は例えば新聞広告の全面で発表する、などを夢見てます。ですが当面はインタビュー時のコーヒー代。謝礼等に使用させて頂きます。