お正月の香り
西 由良(94年生まれ 那覇市首里出身)
ふわりとした湯気に、黒豆の甘い香り。私のお正月のイメージだ。台所から「おせち」に欠かせない黒豆を炊く香りが漂ってくると、一気に年末っぽくなる。沖縄ではあまり食べられることのない「おせち」には、馴染みのないウチナーンチュも多いかもしれない。私は、母が佐賀県出身なので、小さい頃からお正月の料理といえば「おせち」だった。小学生の頃は、冬休みになると佐賀へ遊びにいった。祖母が作る「おせち」と、お正月にだけ飲むことが許されるお屠蘇というお酒を楽しみにしていた。大人になってからは、年末年始を沖縄で過ごすことも増え、「ラフテー」がお正月の定番になった。ラフテーを煮込むときの泡盛の香り。黒豆の甘い香り。どちらも私にとってお正月の香りだ。
2022年12月。沖縄へ帰るか佐賀に帰るかギリギリまで迷ったが、今年のお正月は佐賀で過ごすことにした。旧盆も沖縄で過ごしたし、友人の結婚式や「あなたの沖縄」のコラムの用事があり、なんだかんだ沖縄に帰ることが多かった。お正月ぐらいは佐賀の祖母に会いたいと思ったのだ。それに、お正月といえばなんてったって「おせち」である。今年は「黒豆」のお正月だなあ。ぼんやりそう考えながら佐賀で年末を過ごしていると、祖母が本格的に「おせち」を仕込み始める12月30日を迎えた。
「おせち」料理の全てを、手作りする祖母の体力はすごい。もうすぐ80代に突入するというのに、1日中休むことなく動き回っている。20代の私が、少しの手伝いだけでへろへろになるのはなんとも情けないが、日頃の運動不足が祟った。ついていくのがやっとの作業量だった。なますの大根、煮しめの根菜、栗きんとんの安納芋。祖母の指示に従って食材をどんどん切る。やっと切り終わった、と思ったら祖母が冷蔵庫から何かを取り出してきた。どん。今やっと空いたばかりのまな板にのせられたのは、皮付きの豚バラ肉だった。沖縄料理ではお馴染みの三枚肉に驚いていると、「今年はラフテーだよ」と祖母が言った。佐賀の祖母が沖縄の「ラフテー」を作るなんて思ってもみなかった。気になって理由を聞くと、「テレビでやっていて美味しそうだったから。よく作っているよ」。えっ、これはもしかして『ちむどんどん』の影響? なんて思いながら今年は「おせち」も「ラフテー」もどっちも食べられることになったので心が躍った。
「おせち」と「ラフテー」の仕込みを終えると、もう22時を回っていた。途中、ふたりとも疲れてしまって泡盛を2倍の量入れてしまうハプニングがあり、部屋には泡盛の香りが立ち込めている。よっこいしょと腰を下ろし、ようやく休む祖母。肩を触る。固いなあ、おつかれさま。肩から腕、手の順にさすりながら揉んでみると、手のひらの感触が、私の母や私とそっくりなことに気がついた。全体的に厚い手のひらに、ふっくらした親指の付け根。大切なことを思い出したようで、はっと息をのんだ。
私のぱっちりした目と濃い眉毛は、父や慶留間島出身の祖父とそっくりで、沖縄の親戚と会うとよく「慶留間の目だね」と言われる。すぐに沖縄の人だと判断されやすい見た目なので、忘れかけていた。私の身体は、沖縄と佐賀の両方が混ざってできている。佐賀と沖縄。当たり前だが、沖縄で生まれ育った人の中には、私のように沖縄以外にもルーツを持つ人がたくさんいるだろう。コラムの企画で何度か話題に出てきたこともあったが、身体で思い出すことができた2022年の年の瀬だった。
「あなたの沖縄」で沖縄の多様な姿を表現し続けていたのに、忘れちゃってたなぁ。ふぅっとため息を吐き、深呼吸をすると「ラフテー」の泡盛と「おせち」の黒豆の甘い香りが、鼻を抜け身体の中いっぱいに広がった。
ラフテーのレシピ(佐賀のおばあちゃん ver.)
せっかくなので、佐賀の祖母と作ったラフテーのレシピを紹介します。
つくり方
①フライパンに豚肉を塊のまま入れ、中火で全面に軽く焼き色をつける。
②①の豚肉としょうが、ねぎを鍋に入れ、水をかぶる程度注いで強火にかける。沸騰したら火を弱め、1時間30分煮る。途中で水が少なくなったら、豚肉が浸るように水を注ぐ。豚肉に火が通って、柔らかくなったら取り出し、好みの大きさに切る。ゆで汁はとっておく。
③鍋に②の豚肉を入れ、【煮込み用】の材料を全て鍋に入れ強火にかける。沸騰したら、弱火で落としぶたをして1時間30分煮る。途中で煮汁が少なくなったら、②のゆで汁を足す。
④仕上げにしょうゆ大さじ2を加えて、火を止め、そのまま粗熱を取る。