【映画鑑賞】松山善三監督『名もなく貧しく美しく』【悪いのは加山雄三!】
松山善三・第一回監督作品。松山善三の奥さんであります、高峰秀子さんと名優・小林桂樹さんが、聾唖の夫婦として、「こんな私たちだとひとりでは行きていけません。でもふたりなら、行きていけます」(映画内のセリフより)という信念で、貧しいながらも一生懸命に生きていく姿を描きます。
撮影や美術のスタッフは「成瀬組」が総結集して、デコちゃんの旦那のデビュー作を応援しています。当時の東宝の技術力はスゴイ。実は、第一作目の「ゴジラ」もこの「成瀬組」のスタッフがドラマ部分のセットの建込みや撮影、証明を担当しています。だから、出来が良いのです。
冒頭の空襲のシーンは凄まじい出来栄えです。そうです、この映画は「太平洋戦争」の真っ只中から始まります。
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❑あらすじ❑
竜光寺真悦の嫁・秋子はろう女性である。昭和二十年六月、空襲の中で拾った孤児アキラを家に連れて帰るが、留守中、アキラは収容所に入れられ、その後真悦が発疹チフスで死ぬやあっさり秋子は離縁された。秋子は実家に帰ったが、母たまは労わってくれても姉の信子も弟の弘一も戦後の苦しい生活だからいい顔をしない。ある日、ろう学校の同窓会に出た秋子は受付係をしていた片山道夫に声をかけられたのをきっかけに交際が進み、結婚を申込まれた。道夫の熱心さと同じろう者同士ならと秋子は道夫と結婚生活に入ったが・・・。
妻の秋子は、幼少期、腐った豆を食べすぎて光熱を出して(腸チフス?)、その影響で「耳が聞こえない」状態になります。しかし、後天的なので、喋ることは、すこし出来ます。
夫の道夫は、生まれつき「耳も聞こえない」「喋ることが出来ない」完全な聾唖者です。
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で、夫婦なので「子どもはどうしようか?」という話になります。「私たちのような聾唖の子どもが生まれたら・・・」と秋子は心配しますが、道夫は「大丈夫!」と手話で励まし、無事に、耳も聞こえ、大声で泣く、元気な赤ん坊が生まれます。やれ、うれしや。
し〜か〜し〜、秋子たちの耳が聞こえないのを知ってか知らずか、夜中にドロボウが入ります。赤ちゃんは知らないオッサンがやってくるので大泣きしますが、耳の聞こえない高峰秀子と小林桂樹はグウグウとイビキをかいて寝たまま。で、寝室の戸を開けっ放しにして帰ってしまうため、赤ちゃんは玄関まではいずっていき、玄関に落ちて死にます。わたし、泣きました。
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赤ちゃんを亡くして泣きくれる秋子。困る道夫。
しかし、まあ、やることはやっていらっしゃったようで、秋子のお腹には「二人目」の赤ちゃんがやってきました。よかった。しかも、またもや、耳も聞こえるし、喋ることもできる、遺伝的に何の問題もない男の子でした。
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が。
この二人目の男の子が、小学校に入学すると、「お母さんは学校に来ないで。他のお母さんと違うから恥ずかしいよ」などと、親不孝なことをぬかします。おばあちゃんの原泉も、お父さんの小林桂樹も、優しいので一向に叱ろうとしません。
子どもが、耳の聞こえない母親をバカにする日々が続きます。
しかし、「時間」がすべてを解決にしてくれます。小学六年生に成長した息子は、すっかり改心し、両親の障碍を誇りに思い、両親のために献身的に生活します。
「小学校一年のときはあんなに聾唖の親を嫌っていたのに。どうした?童貞でもなくしたのか?」と驚いたほどです。
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で、親孝行な息子の小学校の卒業式の日がやってきます。
総代になりたかった向上心のある息子ですが。残念ながら、総代にはなれませんでした。少し、残念な表情で卒業式を見学している秋子。
そのころ、家で留守番をしていたおばあちゃんの原泉のところへ、自衛隊(?)の制服を着た「加山雄三」が、「こんちは〜」とお気楽にやってきます。
「おたくは、どなたですか?」
「はい。戦時中に、秋子さんにお世話になったアキラです」
「え!あのアキラちゃん!ちょっとまってね!」
原泉は、秋子のいつ小学校まで走っていきます。
「おまえ、アキラちゃんだよ。アキラちゃんが来てんだよ」
「アキラちゃんが!いつ?」
「今、家にいるよ!」
喜び勇んで、走って家に向かう秋子。
が、そこへ、トラックが!クラクションを鳴らしても、耳が聞こえないので、そのまま轢かれて、秋子は死にます。
そうです。
「加山雄三」さえ、来なければ、秋子は死なずにすんだのです! 諸悪の根源は「加山雄三」なのです。
このあと、のこされた父と息子が、ふたりで元気に生きていくだろうと暗示して、映画は終わります。
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私はサイコパスなので、「しょせん、お涙ちょうだいの映画だろう。ケケケ」と油断してみたのですが、いやあ、所々で泣かされました。それにしても・・・