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爽快な青空のもと、展覧会が開かれている画家のアトリエへむかった。

爽快な青空のもと、展覧会が開かれている画家のアトリエへむかった。

呼び鈴を押すと扉が開き、執事は大広間のさきにある螺旋階段を指さす。画とキャプションにあるとおりにすすめという。

最初の踊場には、額装のないキャンバスがあり、絵の具のシミだけがついていた。華麗なる汚点と題に記されていた。

ひとしきり感心して階段をおりると、二枚の鏡の絵があった。奥の鏡の中にはハンマーが描かれていた。

一つ目には鏡を磨けと書いてあるが、もう一つには鏡を砕けと指示がある。

あたりを見回し、服の袖で自分の顔が映る鏡を少しだけ拭き、鼓動の高鳴る胸をおさえ、絵の中のハンマーを取りだし、大きく息を吸って振りおろした。

砕けた鏡が、円筒状の階段で万華鏡となって散って輝やく。われながら、美しいと思った。

螺旋を廻りつづける。外の光もとどかなくなる。

薄暗がりのさきに、額が三枚飾られているようで、キャプションだけがなんとか読みとれる。

一つ目には、目を閉じよとあったので、残念だったが、目を閉じ手摺をさぐりながら二枚目の絵の前で目をあけた。そこには、拒絶せよと書かれていたので、何が描かれているかわからなかったが、壁から額縁をとりはずし螺旋の中心にほおりすてた。

なんだか気分が良くなって、三つ目の巨大なキャンバスの前にたつと、キャプションには三歩さがりみよと記されている。狭く暗い階段なのでどうしようかと悩んだが、試しに後ろに一歩さがると、手摺が外れており、尻から宙に舞う。

三枚の絵に何が描かれていたか気にはなったが、丸柱で頭を打ち、涙と鼻水をふり撒きながら空をおちた。回旋しながら、羽を持つ生きものがうらやましく思えた。

何とか、途中の踊場に引っかかり止まった。幸い大きな怪我もなく、画家の部屋を目指した。

その先は長かった。時計は先ほどの転落で針を失くし、どれくらいの時が過ぎたかわからない。

へとへとになりながら、階段をはい、ずり落ち、またはいながらぐるぐると下る。何と斬新なインスタレーション、とあらためて感心する。

大きな踊り場に着いたので、手摺に両手でつかまりたちあがる。そこには、ろうそくで照らされた顔の大きさほどのキャンバスがある。覗きこむと、開きかけた門が描かれている。キャプションには、壁を叩けとあった。

身体中が痛いため座ったままでいると、砕けた鏡が降ってきて次々と頭に突き刺さる。続いて、剣の描かれたキャンバスが降ってきて背を貫く。

泣き喚いて壁を叩きつづける。

しばらくして背後のドアがあき、画家があらわれた。大人の服を着ていたがだぶだぶで、背丈も幼児ほどしかない。

先生ですか?

いかにも。少年に戻るのに、人生の多くをさいてしまったよ。

長い道程だったので、何のために画家に会いに来たか忘れてしまった。

あたたかいミルクでも飲むかね。

一つだけ思いだすことができた。先生、美は世界を救いますか?

きみが救い給え。

その言葉に、自分に世界を救う力があるかのように錯覚し、背を伸ばして、ご冗談を、と笑った。

ただ、背中が異様に痒い。両手でかきむしると、爪の先に黒い毛がたくさんついていた。

そもそも偉大な作品は、決して完成などしない。

え、先生、いま何と?と、聞き返そうとすると、大きな翼の鳥がとつぜん襲いかかり、プチっと喰われた。

あんまりです、先生!

何かが目にあたり、とびおきた。昼寝をしていたようだ。爽快な青空は、なぜか半分しか見えない。こすった手には、鳥の糞がこびりついていた。

【BOAANB0】

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