
【ショートショート】箱根山こえ
毎年1月2日、3日に開催される箱根駅伝。
わたしはどうしてもその箱根駅伝に出場したかった。
とくに往路の「5区」。
毎年「山の神」と騒がれてヒーロー扱いされるあの5区だ。
わたしはどうしても箱根山を越えたかった。
大学は毎年箱根駅伝本選に出場するもシード権が取れず、毎年予選会から出場している「九頭大学」に入学した。
大学は一般入試から入学し、入学とともに真っ先に駅伝部に入部届を出した。
駅伝監督からは、
「君、大学から陸上を始めるようだけど、止めた方がいいと思うが・・・」
とたしなめられたが、わたしは頑なに拒んだため、監督もあきらめて入部を許可してくれた。
入部後の練習姿を見て、監督も陸上未経験者がよく練習についていけるなと驚いた表情を見せるが、未経験で1年生ということもあり陸上の試合には出してもらえず、先輩たちの世話役にさせられた。
秋の予選会。
先輩たちの力走で10年連続本選出場が決まり、部員たちが歓喜に沸いたが、わたしは予選会メンバーにも選ばれずこのときも世話役に徹していた。
本選まであと1ヶ月にせまった12月のある日。
主力メンバーを含めた複数の部員たちが次々と高熱にかかり、入院する者が続出した。
原因不明で1ヶ月は絶対安静を言い渡された。出場は絶望的となった。
この緊急事態に頭を抱えていた監督に対してわたしが、
「親の実家が箱根にありまして、箱根の山は知り尽くしているので、5区を走らせてくれませんか?」
と頼んでみたところ、監督はもうあきらめたのか、生返事で「5区」を言い渡してくれた。
「第〇✕△回東京箱根間往復大学駅伝競走、間もなく往路スタートです!」
「おい、神山。さっきから瞑想ばかりやっているけど大丈夫なの?」
一つ上の学年の先輩が付き添いでいてくれているが、わたしが会話もせずひたすら瞑想にふけっている姿になんだか落ち着かないようだ。
「まだウォーミングアップには早いかもしれないけど、ほら、緊張をほぐすならちょっとは体動かした方がいいんじゃね?」
それでもわたしが反応しないので、あきらめたのかその付き添いはどこか走りに行ってしまった。
「さあ、優勝候補の筆頭の赤竜学院大学!ついに4区でトップに立ちましたー!!」
実況アナウンサーの興奮がわたしの耳にも届いてきた。同じ5区の選手たちからはどよめきが起こった。トップ争いはかなり激しいことがわかる。
一方で、九頭大学は1区からつまづき、4区にタスキをつないだ時点で20校中18位に沈んでいた。シード権も絶望的な状況だ。
「小田原中継所をトップでタスキを渡したのは・・・赤竜学院大学!!」
ついに5区の選手が走り出した。
ここでわたしは瞑想を止め、スタートライン近くで待機していた。
「神山!お前、ウォーミングアップしたのか!?」
付き添いがなにやら騒いでいるが、わたしの耳には入ってこない。
とにかくわたしは5区を走れればいいのだから。
トップから約15分ほど経過後、わたしは4区の走者から19位でタスキを受け取った。
4区の走者が倒れこんでいたが、わたしは声もかけず前を向いて走り出した。
「トップは赤竜学院大学。現在、宮ノ下駅前付近を通過しました!」
テレビの実況アナウンサーを含め、誰もがトップの赤竜学院大学に注目している中、後続では異変が起きていた。
5区の山登りに四苦八苦している選手には目もくれず、ある選手が異次元の速さで山を登っていた。
いや、登っているというよりも「何かが高速で動いている」ようであった。
あまりの速さに沿道で応援している人々も「えっ?」という顔でその何かを見ようとしたときにはすでに姿がなかった。
「先頭を走っています赤竜学院大学、小涌園前を通過しました!」
だれもが赤竜学院大学の往路優勝を確信したとき、実況アナウンサーの声が急に歯切れが悪くなった。
「え、あ、えーと、赤竜学院大学並ばれました、え?」
赤竜学院大学の選手の隣には、これまで全く注目されていなかったユニフォーム姿の選手がいた。
並んだと思ったのもつかの間。
その選手はあっという間に抜き去り、そして先導していた白バイ2台までも抜き去っていた。
人間どもが度肝を抜かれている間に、わたしの気持ちがどんどんと高揚してきた。
「ニャハハハハハーーーーーーーーーー!!」
うれしさのあまり、柄にもなく異様な絶叫を発していた。
もはや人間の足ではない。レレレのおじさんのような超高速回転で足が見えない。
白バイでも追いつけない速さで芦ノ湖のゴールを突き抜け、付近にいた人々をまとめて吹っ飛ばしたまま、勢いよく芦ノ湖まで突っ切った。
「箱根山よ、わたしは帰ってきた!!」
そう叫びながら、そのまま芦ノ湖へ勢いよくダイブ。
大きな水しぶきを上げたと同時に箱根山全体が揺れた。
「ホンモノの山の神は実在した!!」
「箱根山の神の声を聴いた者はご利益がある!!」
その日から、日本中、いや世界中から巡礼者が急増したのはいうまでもない。
(2,000文字)
今回のショートショートは以下のマガジンに収めています
この作品は、ことばと広告さん主催「モノカキングダム2024👑」応募作品です。テーマは「こえ」でした。
ステキな企画ありがとうございます🍀
明日投稿しようとしていましたが、今日12/12は「山の神の日」とのことでしたので、1日前倒しで投稿しました😌
他のクリエイターさんたちの応募作品をゆっくり読ませていただきます🤗