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線香花火に潜む最先端の科学
このnote記事は2019年5月17日に開催された第66回目「サイエンスカフェ@ふくおか」に参加したときの感想だ。
あとに残されるものは淡くはかない夏の宵闇(よいやみ)である
随筆家でもあった物理学者、寺田寅彦博士(1878~1935)は、線香花火を描いた文章でそう語っている。確かに、夏の夜にする花火の中でも、それが持つ独特の存在感は味わい深い。その会に終わりを告げるような存在でもあり、儚い光で夏の終わりを感じさせたりもする。
第66回目「サイエンスカフェ@ふくおか」では「線香花火の不思議に迫る!」というタイトルの下、ロケットエンジンの専門家である井上智博さん(九州大学 工学研究院・准教授)の“夏休みの自由研究”について聞いた。
線香花火の歴史は江戸時代まで遡れる。鉄砲があまり使われなくなった江戸時代、鉄砲と共に黒色火薬が花火としても活用され始めたそうな。そして、線香花火は、その黒色火薬と和紙で作られた。
しかしながら、時が経た現代で“国産の”線香花火を手に入れることは簡単ではない。国産線香花火の製造は、実のところ、現在は三社でしか行われていない。その一つが福岡県にあることも、今回のサイエンスカフェで知った。
福岡県みやま市にある筒井時正玩具花火製造所では、線香花火が“人の手でひとつひとつ丁寧に”作られている。「スボ手」という上に向けて楽しむ線香花火も製造されている。
さて、井上さんの“夏休みの自由研究”の話に移ろう。ことの発端は、2012年8月13日。彼はその日、思い付きで高速度カメラを使って線香花火を撮影してみた。そこで捕らえた画像から頭に浮かんだ疑問を彼は見逃さなかった。
なんで火花の様子が変わるのか?なんで火花が枝分かれするのか?色味の仕組みは何だろうか?
そして、すぐに過去の研究状況を調べて、それらが未だに解明されていない「謎」であることも確認した。
「だったらば、自分が解明してみよう」。エンジンに関わる液滴の研究もされている井上さんは、その「謎」に挑むのに適任だったのかもしれない。
彼は“夏休みの自由研究”として、仕事の合間に線香花火の研究に取り組み始め、おおよそ5年を掛けて、「謎」の解明を果たした。彼の研究では、高速度可視化、理論解析、温度解析などが行われ、線香花火の温度変化が黒体輻射であること(線香花火は炎色反応ではない)、その温度はカリウム化合物の融点に依存していること、火花の大きさ(広がり)・枝分かれの回数・枝分かれする時間(火球の寿命)を数式で記述した。
その成果は物理学界の一流誌であるPhysical Review Lettersにも発表された。
日常生活の中でずっと置き去りにされていた線香花火の謎は、こうして解決された。線香花火について、寺田寅彦はこうも語っている。
もし西洋の物理学者の間にわれわれの線香花火というものが普通に知られていたら、おそらくとうの昔にだれか一人や二人はこれを研究したものがあったろうと想像される。そしてその結果がもし何かおもしろいものを生み出していたら、わが国でも今ごろ線香花火に関する学位論文の一つや二つはできたであろう。
天国の寅彦も井上さんらの研究成果を知ったら、秀逸なエッセイを書いてくれることだろう。
今回のサイエンスカフェを通して、線香花火の見え方が変わった。
「線香花火で呑みたい」。サイエンスカフェの終了時に、ある参加者がつぶやいた言葉だ。科学を学ぶことは、対象と僕たちの関係性を変えてくれる。そのことを再認識した会であった。
P.S.
インターネット検索で以下のサイトを見つけた。新潟にいたとき、「菊水」はしばしば呑んでいたなあ。