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短篇

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noteの企画に参加した作品をあつめました。 #シロクマ文芸部  さんは毎週お題が出るのがとっても楽しい。 ピリカさんの企画はnoterの憧れ。
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#短編

金木犀 #シロクマ文芸部

 秋が好きな人は心深き人。  そういう歌があったんだ、昔。『四季の歌』だったかな。そう言って先生は目尻の小皺を深くした。珈琲と眼鏡の向こう側で澄ましたように笑っている瞳を見つめる。  先生は珈琲が好きで、研究室にはコーヒーメーカーがある。先生が飲み物を持ち込むので、学生も好きな飲み物を持ってきていいと言われていた。  淹れたての珈琲の香りと眼鏡。  今、私と先生の間を阻むもの。  作詞は誰だったかな、ああそうだ、荒木とよひさだね。それに「好きな人」じゃなくて「愛する人」だった

縁は異なもの味なもの #シロクマ文芸部

これまでのおはなし  愛は犬棒かるたで深まっていく――。  S校文芸部部長大牧は、新学期の図書準備室で机の上に「いろはかるた」を並べていた。  「犬も歩けば棒にあたる。論より証拠。花より団子・・・」  そのとき、急に扉があいた。ちなみに準備室の扉は片側開き戸タイプのドアである。他の教室の窓つきの引き戸タイプと違うので、文芸部法度には「入室の際はノックをすること」とある。  「ああっと部長。失礼しました」  中学3年の八代大和だ。身長が伸び始めたところで制服が追い付いていな

得手に帆を揚げる #シロクマ文芸部

 文化祭のポスターを作っていたS校文芸部、鬼の副(部)長は物憂く顔をあげた。窓の外では酷暑と呼ばれた夏が未だ猛威を振るっているが、図書室と部室である図書準備室の中は快適だ。  貴重な夏休みの最後の一日を惜しみまくったのか、暑すぎて外に出る気がしなかったのか、呼びかけても部員は誰も登校せず、部長は受験前最後のデートだからとさも当然のようにディズニーシーに出かけて行った。  シーかよ――。  まあいい。自分は夏休み最後の一日まで宿題の終わらない彼女から愚痴を聞かされただけだが

ヒマワリ畑 #シロクマ文芸部

 ヒマワリへイトクラブに所属している。  その名の通り、ヒマワリを嫌いだという人の集まりだ。  まさかそんな人がいるはずがないと思っている人が多いが、本当にある。  どんな活動をするか、といえば、ヒマワリをヘイトするだけだ。  ヒマワリが嫌いだと公言するだけでよい。  しかし残念なことだが、ヒマワリを嫌う人は少ない。そして嫌いだという人を嫌う人も多い。ヒマワリは夏の風物詩だし、今は特に平和の象徴としての役割も担っている。ヒマワリを擁護する声の高らかな中で、嫌悪しているなどと

歩く教室 #シロクマ文芸部

 『TADA 歩く教室』という看板が見えた。  ネットで検索して探し当てた「歩く教室」。講師は有名なモデル、惟文華。ふーみんという愛称で知られ、YouTubeやInstagram、TikTokなどで驚くべきフォロワー数を誇っている。  モデルとしても現役で、かつてはパリコレでランウェイを歩いたこともある。女優としても活躍中だ。当然、「歩く教室」は人気が沸騰、おいそれとはレッスンを受けられない。  モデルを目指している紗綾は、抽選に何度もチャレンジしてようやくレッスンチケット

書く時間 #シロクマ文芸部

 書く時間を捻出するために生きていた。  地方の、さらに県庁所在地外の田舎の高校生には時間がない。まず通学に時間がかかる。田舎は小学校でさえ通学エリアが広い。中学校はさらにエリアが広い。高校は隣の市のはずれにあり、朝、1時間に1本のディーゼル機関車に乗り、そこから徒歩で通う。毎日、往復にかなりの時間を奪われていると感じていた。    当時は活字に夢中だった。漫画から教科書まで文字が書いてあればなんでも読んだ。当時のライトノベル界では自分と同年代の女性が活躍を極めていて、アニ

貪り尽くせよ #シロクマ文芸部

 食べる夜というより食べられる夜だ。捕食されている気分だが、実際には食べられているのか食べているのかわからない。  今頃、白血球や好酸球、マクロファージが大乱闘を繰り広げている私の肉体は脆くて強靭だ。なんなんだ人間て。目に見えないものにこんなに脅かされる存在だと、襲われるまで気付けない。  それはなんだか普通のいかにもすぐ立ち去りますみたいな顔でやってきた。なんかすみませんちょっとエアコン効きすぎてたんじゃないですかねみたいな風情で、ちょっと喉に違和感ありますかねみたいな感

Son alibi

 小学校のころ、僕たちの教室には机がひとつ多かった。  学年のどの教室にもその机があった。その机があることで、グループ分けをすると2人のグループが18、3人のグループが12、4人のグループが9、6人のグループが6個できた。  僕たちはそのころ、約数とか素因数分解なんて全く知らなかったけれど、その机があると便利だなと思っていた。実際の人数は、ひとり余ったり足りなかったりでどこかの班に合流するのだけれど、僕たちはいつもその机に座るはずだった子は普段はいなくても仲間だと思っていた

必殺技 #シロクマ文芸部

 「海砂糖——ッ!」  その日、教室は修羅と化した――。  この世に必殺技は数あれど、果たしてどれが最強なのか、ということは古今東西話題にならないことがない。  暇を持て余す男子中学生にとっては、格好の暇つぶしだ。  カブトムシ対クワガタから始まって、ワニ対カバ、クマ対ゴリラ、シャチ対サメ、サソリ対毒グモという小学生ラインナップにアニメや漫画の必殺技が加わってきて、異種格闘技戦というか異種必殺技戦の話で盛り上がったりする。  おじいちゃんが懐かしいM87光線やスペシウム