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静かな望み #9

夏の終わり、夕暮れの公園は涼しい風が心地よく、わたしたちはその中をゆっくりと歩いていた。蝉の鳴き声が遠くから聞こえ、葉が色づき始める前の静かなひとときだった。
彼とは、ビジネスのパートナーであり、長い間お互いを支え合ってきた友人でもあった。その関係性は、仕事の話だけでなく、時折プライベートな相談も交わすような、特別なものへと育っていた。

「最近、プロジェクトが順調に進んでいること、嬉しいわね。」わたしは彼に微笑みかけながら、夏の名残を感じさせる木々の間を見上げた。

彼は少し黙った後、ゆっくりと口を開いた。「確かに。でも、何かが足りないと感じるんだ。」

彼の言葉に、わたしは少し驚きながらもその意図を探ろうとした。「足りない?何が足りないのかしら?」

彼は歩みを止め、ベンチに腰を下ろしてから、足元の小石を手に取りいじり始めた。わたしは彼の前に立ったまま、その言葉を待った。

「これまで、クライアントが言うままに求められていることをいかに提供するかに集中してきた。でも、それだけでは本当に彼らを満足させられないことがあるんじゃないかと思うんだ。」

彼の言葉がわたしの心に響いた。クライアントが言葉にして求めるものを提供するのは当然のことだが、それだけでは足りない。まだ表に出ていない望みや期待を見つけ出し、それに応えることが、本当に満足してもらえる鍵だと感じた。

「つまり、彼らがまだ気づいていない望みを見つけ出す力が必要ってことね。」わたしは彼の考えを受け入れ、同意を示した。

彼はわたしの目を見つめながら、微笑んだ。「そうだ。彼らが自分でも気づいていない望み、それを察して差し出すことが、僕たちに求められているんじゃないかと思う。」

しばらくの沈黙の後、彼は立ち上がり、二人で再び歩き始めた。わたしたちの間には、言葉にしなくても伝わる信頼があった。その信頼があったからこそ、彼の考えがすんなりとわたしの心に響いた。ビジネスの関係も、恋愛と同じように相手の心を理解し、まだ言葉にされていない本当の望みに応えることで、深い絆を築くことができるのだ。

「次のミーティングでは、その視点で挑んでみるわ。」わたしは新たな決意を固め、彼に微笑み返した。「クライアントがまだ気づいていない望みを、わたしたちが見つけ出して提案するの。」

彼は満足げに頷き、夕日に染まる空を見上げた。「それができたら、もっと強い信頼関係が築けるはずだよ。」

夏の終わりを感じさせる涼風が、わたしたちの周りを通り抜けていった。わたしたちはしばらくの間、無言で歩き続けたが、その静寂の中で、お互いが次に進むべき方向を確信していた。

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