見出し画像

素直な心と開かれた扉 #7

午後の陽射しが少しずつ柔らかくなってきたころ、わたしは彼と久しぶりに会うためにカフェへと向かった。ここはわたしたちの隠れ家のような場所で、何か大切な話をするときはいつもこのカフェに集まることが多かった。

カフェに入ると、彼はすでに窓際の席に座っていた。まっすぐに私を見つめるその瞳に、わたしは少し戸惑いを覚えた。何かを見透かされているような、そんな気がしたからだ。

「遅くなってごめんね。」そう言って席に着くと、彼はただ静かに頷いた。彼の視線が少しだけ柔らかくなったのを感じたが、それでもその目の奥には何かを探るような色が見えた。

「最近、どうもいろいろうまくいかなくて…」彼は少し声を落として話し始めた。「周りの人たちがいろんなアドバイスをくれるんだけど、どうも素直に受け取れないことが多くて。」

「素直に受け取れないの?」わたしは彼の言葉を繰り返しながら、彼の瞳を覗き込んだ。

「そうなんだ。アドバイスをもらうと、どうしても反発してしまうんだよ。」彼は少し困ったように笑った。「君にもよく言われるけど、素直に受け入れたほうがいいってわかっていても、なかなかできなくて。」

わたしはその言葉を聞いて、彼の苦悩がどれほど深いものかを感じた。彼が言う「素直さ」とは、自分の感情を押し殺すことではなく、他者の意見を真正面から受け止めることの難しさを表していた。

「ねえ、それってすごくよくあることだと思うわ。」わたしは静かに言った。「誰かに何かを言われると、自分が否定されたような気持ちになることって、わたしにもある。でも、本当に大切なのは、その言葉をいかに素直に受け取るかじゃないかしら。」

彼は少し黙り込んだ後、ゆっくりと頷いた。「君が言うと、何だか納得できる気がする。」

「それは、わたしがあなたを想っているからよ。」と言って彼の手にそっと触れた。その瞬間、彼の目に一瞬、驚きと何かしらの感情が交差したのを感じた。

「そうか…僕は君に本当に感謝してるよ。君がいつも素直に僕のことを思ってくれているのはわかってる。でも、僕はそれをちゃんと受け取れてなかったのかもしれない。」

その言葉に、胸が少し締め付けられるような気持ちになった。彼の心の中で、わたしへの感謝や想いがあることは分かっていたが、それがどこか遠い存在のようにも感じていたからだ。

「でもね、わたしはあなたがどう感じていても、あなたを信じているわ。」私は彼の手を握りながら言った。

彼はその言葉に答えるように、手を握り返した。「ありがとう。君の言葉が僕にとってどれほど大切か、今日改めて気付いたよ。」

わたしたちはしばらく無言でカフェの静かな時間を過ごした。窓の外では、風がさらに強くなり、木々がざわめき始めた。まるで何かを告げるかのように、そのざわめきの中で、ふたりともに新しい一歩を踏み出す決意を固めた。

「これからは、もっと素直にお互いの気持ちを伝え合おう。」彼はわたしの目を見つめながら言った。

「うん、そうしよう。」微笑んで頷いた。その瞬間、胸の中で固く閉じていた何かが、ふわりと解けた気がした。

外を見ると、夕陽が沈みかけていた。テーブルに差し込む光は、次第に薄れていくが、心の中には新しい光が差し込み始めていた。

彼はわたしの手を離さず、そのままカフェを後にした。ふたりの歩みが、少しずつでも前に進んでいることを感じながら。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?