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ダンボールと一緒に、この気持ちも持っていってよ

転職をした。前職での最終出社日を振り返る。

その日が来る前に、お別れ会で同僚たちに何を言おうかずっと考えていた。自分の中で産み出したベストな言葉を伝え切ろうとしてた。

けれど、実際は最終日までバタバタ。気がつけば、最後の日。1から積み上げてきた社会人生活も、時計の針が0時を過ぎるように、ぬるりとすり変わっていた。

けれど、あのとき感じたことを、とっておいておきたい。



🚶‍♂️


最終出社日。会社へ向かうこの道のりも、電話やタイプ音が鳴り響くこのフロアも、この人たちと一緒に働く時間も、最後。

最後なんだけど、実感は薄くて。いつものように出社して、いつものように仕事を始める。

本当は最終日に仕事を1つも残したくなかった。けれど、取引先からバンバン問い合わせが来た。なんで今日やねーん。

なんなら、取引先のおばあちゃんが「新しくパソコンを買ったので、セットアップをしてほしい」と要望が来た。ぼくは家電メーカーの人ではない。

「どうしても、よさくさんじゃないと頼みにくい」ということで、渋々承知。訪問はできないので、会社に来てもらうことにした。

おばあちゃんが本当にパソコンを買った状態(ダンボールに入ってる)で持ってきた。孫じゃないのよ。一応、金融商品にまつわるサポートが仕事なんよ。

なんとかセットアップをこなし、ウチの会社のシステムも導入してあげた。おばあちゃんは大層喜んで、手編みの人形とケンタッキーをくれた。ハートウォーミング。

その後も取引先への挨拶や、問い合わせ対応で慌ただしい1日。余韻に浸る間もなく、いつの間にか夕方に。

夕礼を行い、社内の方々へお別れの挨拶をした。想いを伝える。今の今まで実感が湧かないこと。自分が実現したいことが明確になり、新しい場所へ飛び立つこと。この会社と、ここで働く人たちが大好きなこと。

色んな想いが心の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。無理やりセリフにのせた。上手く言葉にできたのかな。わかんないや。でも、外に出たがっていた言葉たちは、キチンと放出してあげられた気がする。

社内からは、2個下の後輩「クーくん」がお別れの言葉を伝えてくれた。

ぼくがこの部署に異動したとき、クーくんは営業デビューしたばかりだった。正直、ちょっと頼りなかった。

中性的な存在で、ひょろっとしてるクーくんは、営業先からの無茶な注文を受けて、だいぶ苦労していた。

クーくんは困ったことがあると、「よさくさ〜ん」とヘナヘナしながらぼくの席に来た。「子犬かよ」と思うくらい愛らしかった。

それでも、この1年間でクーくんはどんどんたくましくなった。自分の頭で考え、仮説を立て、それを行動に移せる営業マンに育っていた。

歳は2個しか変わらないけど、もう親心である。「アンタ、いつの間に大きくなって…!」とハンカチで片目をおさえるほどの気持ちで眺めていた。

そんなクーくんが、お別れの言葉で涙を流した。君は泣くタイプじゃないでしょ。仕事以外は結構ヘラヘラしてたでしょ。反則だよ。

気がついたら、ぼくの目からもツーンと雫が落ちていた。マスクがどんどんと湿り気を増していく。

あぁ。当たり前のことだけど、新しい場所へ飛び立つということは、今の居場所を捨てるということ。この痛みと、また向き合わなければならない。

異動は強制的に別れを生じさせるものだけど、転職は自分で創った別れなのだ。自分が産み出した痛みは、自分で向き合って、止血して、絆創膏を貼らなきゃいけない。

夕礼の最後に、寄せ書きとプレゼントをいただいた。すんませんね、辞めるやつのために。優しいね。

夕礼後も、引継書をギリギリまでアップデートし続けた。辞めるやつなのに、みんなに見送られて退社するのではなく、最後まで残っていた。計画性とは。

会社を出ると、先輩がごはんに誘ってくれた。

「北海道で最後に食べたいもの、なんでも食おうぜ」

食い気味に「お寿司!!」と回答。ネタがドデーンとデカくて、舌触りも最高なお寿司をモリモリ食べた。

この人たちと、こんなに美味しいものを、もうちょっとだけ食べていたいな。全部を叶えるって、難しいな。大人になればなるほど、何かを得るために何かを手放すことが増えた気がする。

満腹大満足で、お別れした。お腹はいっぱいなのに、何か大切なものと、心の重しがとり払われ、心はスースーしている。

ガチャン。帰りの電車に揺られながら、お別れした人たちと、まるで違う路線に変更したような音が聞こえた。


自宅に到着。本当は「明日から会社行かなくていいし、目覚ましかけずに惰眠をむさぼるぜ!!」と行きたいところだけど、明日の8時に引っ越し屋さんが来る。どんなスケジュールやねん。

荷物と一緒に、悲しみと寂しさもいったんダンボールにつめる。向こうでこの気持ちは開封するとするか。

淡々と荷造りを進めていたら、ノミコ(飲み好きな後輩)からビデオ電話がかかってきた。

ノミコは接待の飲み会帰りらしい。酔っ払っている。

「よさくさん、本当に会社辞めちゃうんですか〜?」

そうやねん。てか、もう辞めたねん。

「いっかい、考え直してみませんかぁ〜?」

涙のお別れして、どのツラ下げて戻れんねん。

正直、荷造りが終わってないのであまり長話はできない。けれども、せっかく後輩が電話をかけてくれている。無下にはできない。

考えた結果、ダンボールに詰める作業をビデオ通話で実況中継することにした。

「今、キッチン周りをまとめてま〜す」
「よさくさん、お米めっちゃありますね」

本来、しんみりイソイソと作業する荷造りも、バラエティと化した。感情をどこに置いたらいいのか、どのダンボールに詰めていいのかわからないまま、作業は進んでいく。

「よさくさん、本当に辞めるんですか?」

5分に1回くらい聞いてくる質問も、酔っ払うと饒舌になる後輩も、寂しさを忘れたくなる0時過ぎも、全部全部。詰め込んでいく。飲み込んでいく。

気がつけば、部屋はスッキリしていた。膨れ上がったダンボールたち。入ったものは全部、向こうにそのまま持っていってほしいな。

心の隙間から感情が漏れないように、ギュッとハートをしばって眠りについた。

明日。この部屋から、旅立つ。

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