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小説、詩、ことば

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よるが描いた世界
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2023年5月の記事一覧

四畳半のアパート

四畳半のアパート

 たぶん彼は、傷ついてくれない。サキホが彼と一緒にならない事実に直面しても、1ミリたりとも傷ついてくれないと思う。彼はそういう人間だから。はじめから世界を諦めていて、だから他人をコントロールできないことに対して怒りも悲しみも感じない。それは彼が片親で育ったことや鬱を患っていることに起因するのだろうが、そうでなかったとしても自分を大切に扱ってくれるかどうか、サキホには確信が持てない。彼の性質を理解し

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わたしのために怒って欲しい、わたしのために泣き喚いてほしい、どれだけわたしがあなたなのか、むね引き裂いて感情ぜんぶ見せてほしい、怒鳴って、殴って、悲しんで、ちゃんと、縛って、掴んで、握っててちゃんと、俺のために生きてってゆって、さみしいんだ僕ってゆって、ちゃんと、愛してあげるから

葬る

葬る

 たぶん、わたしは、何かの機能が欠如している、と、碧は思う。
 男が素直に自分の意に従っている姿を見ると、なぜだか涙が出そうでしかたなくなるのだ。それは、碧が頭をあずけると賢輔がこちらに肩を差し出すように、碧が「さむい」と言うと正平が後ろから毛布ごとつつんでくれように、そして今、碧が「抱きしめてもらっていいですか?」と言うと、目の前で悠人が手を広げて待っているように。
 中央線のオレンジのラインが

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あの時こうしておけばよかった。

あの時こうしておけばよかった。

 向かいに座る依澄と茉希は、早々に食事を終わらせてネットサーフィンをしている。二人ともカナヅチのくせに、多大なる情報の波には呑みこまれないらしい。水泳の授業終わり、肌に密着したスイムウェアが腹までずり下げられ、こぼれ落ちるいくつもの乳房を芳佳は想起した。女子高の着替えは警戒心がなく大胆だ。依澄は特に恥ずかしがらないたちで、その日新しくつけ始めたブラジャーのデザインの、どこがどういいというのを、実物

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