届かぬ声のなれのはて。 『赤い月の香り』
行かないで、と泣き叫ぶ。
そばにいて、と手を伸ばす。
届かぬ声のなれのはて。
傷だらけの心からこぼれた血が、月を真っ赤な怒りに染める。
感想
怒りという感情は悲しみからしか生まれないのかもしれません。
どうして理解してくれないのか。どうしてそばにいてくれないのか。
どうして。どうして。どうして。
期待が失望に変わり、失望が悲しみに変わる。
悲しみを悲しみのまま終わらせることに耐えられなくなったとき、人はそれを怒りに変えてしまうのかもしれないと、この本を読んで考えました。
私は今では自分の怒りをずいぶんコントロールできるようになりましたが、それができることが良いとか悪いとか言うつもりはありません。
怒りは攻撃的な力です。手綱を放してしまえば何かを壊してしまいます。
しかし、怒りを制御できるということは、失望を受け入れるということ、もしくは何も期待をしないということであり、いずれにせよ、悲しみを悲しみのまま終わらせることだと思います。
この物語の主人公は、怒りの感情を制御できないことに苦しみ、ある日出会った調香師がまとう「静かな香り」を求めて、彼のもとで働きはじめます。
一方で調香師は物語の終盤で、「君のその怒りが眩しかった」と、感情的な主人公に抱いていたささやかな憧れを告白しました。
おたがいがおたがいのことを、どこか羨ましく思っていたのです。
怒りは悲しみのなれのはて。
どちらが正しいという話ではありません。
ただ、そのなりたちを知っていることで、人にも自分にも少しだけ優しくなれたらいいなと思いました。
本作は千早茜さんの『透明な夜の香り』の続編です。
実はそうとは知らずにこちらを先に手に取ってしまったのですが、おかげで『透明な夜』は、小川朔と若宮一香の過去編を読むような感覚で楽しめました。
いつもはカバーの写真をサムネイルにするのですが、この二冊は表紙がとても素敵だったので、今回はこちらを採用しました。写真では伝わらないと思いますが、深い色で肌ざわりも良く、本好きにはたまらない魅力的な装丁です。
人間がもつ「怒り」という普遍的な感情を月の香りにたとえた、神秘的な物語でした。『マリエ』とあわせて、千早茜さんの香りへのこだわりがうかがえる、おすすめの一冊です。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?