赦し、誓うこと
和樹は上手にナイフとフォークを使って
パンケーキを食べる。
夜も遅い時間にこのボリューム。
最近では夜からオープンするスイーツの専門店が人気らしい。
私はナイフとフォークを上手く使えない。
カチャカチャ音を立ててしまう。
「しかし何なんだ、あの映画は。酷いにも程があるぞ」
「だから前持って云っておいたでしょ」
「それはそうだけど、あれ程とは思わなかったよ。だからこうして甘い物を食べないと自分をリセット出来ない」
私には和樹の言い訳にしか訊こえないもんね。
「映画のタイトルを訊いた段階で断わるべきだったんだ。“死霊の盆踊り”って訳がわからん。アメリカ映画だろ?」
「よく云うわね、大笑いしてウケてたくせに」
無言でパンケーキを口に運んでる。
「翔子の趣味に俺は付いていけないと思う」
「別にいいよ、一人で楽しむから。私だってインド映画マニアの和樹には付き合えないし」
和樹はナイフを持つ手を止めて私を見た。
「インド映画は最高の娯楽映画だぞ。
“死霊のフラダンス”と比べて欲しくないな」
フラダンスじゃなくて盆踊りなんだけど
もうどうだっていい。
私もリセットしたくなったから、すっごく甘いのを食べよう!
メニューを眺める。
どれもかなり甘そうだ。
私はウエイターさんを呼び、注文した。
「翔子は何を頼んだの」
「メニューの中でも美味しそうで甘そうなのを頼んだ、リセットしなきゃ」
「お待たせ致しました」
「タルトを2つも食べられるの?無理そうなら僕が」
「食べられます、ご心配なく」
私は内心、しまったと思っていた。
ナイフ、フォークの扱いが下手だというのにタルトを頼んでしまった。
和樹みたいに柔らかいパンケーキにしておくべきだった。
それにメチャクチャ甘そうでもない。
クリームが少なくてフルーツがメインなのだから。
とにかく食べなきゃ、リセットする為に。
カチャカチャ カン!
「相変わらず食べるのがヘタだなぁ。タルトがボロボロになってる」
フン!ほっといてよフラダンス。
「フルーツが食べたいな」
「……」
「キーウィとグレープフルーツを一個ずつだけ」
まったくもう!
フルーツタルトを半分にカットして和樹のお皿に乗せる。
「やった!いいの?こんなにたくさん」
ムスっとしつつ頷く。
「やっぱり翔子ちゃんは優しいなぁ、いただきます!」
男という生き物は何故こんなに子供なのだろうか。
私より3歳も歳上だというのに。
「キーウィが美味いぞ、何か云ったか?」
「夏が行くんだなって」
和樹はナイフとフォークを置いた。
「……翔子、何年経つ?いや何十年だな」
「判らない、数えてないから」
私はフォークで苺をつつく。
行儀の悪い子だから、私は。
それから店内を見回してみた。
いつの間にか満席になっていた。
「翔子、あのさ」
「あ、雨が降ってるよ和樹。音まで聴こえるから本降りだ」
和樹も窓の方に視線を移す、黙ったまま。
「帰りはタクシー呼ぶか、仕方ない」
「呼ばなくていいよ、深夜料金もかかるし高くなるから」
和樹は真っ直ぐに私を見ている。
私は苦しくて目を逸らした。
「このタルト、甘くなかった。別のを頼もうかな、とんでもなく甘いもの」
「これからも夏は訪れる、毎年必ず。翔子は今のままでいいのか」
「そうよ、私は一人しかいないでしょう?」
「そうじゃなくて」
私は椅子から立ち上がった。
「先に帰ってる。和樹は好きな方へ帰るといい。実家でも私のところでも、どっちでも」
そう云って私は土砂降りの中、外に出た。
走ったのは最初だけで、どっちみち、びしょ濡れなんだからと歩くことにした。
びしょ濡れ
あの日もそう
「冷たーい!」
「そうだよ、川の水は冷たいんだ」
「パパ、翔子泳いでもいい?」
「一昨日の雨でまだ水嵩がある。
泳ぐのはやめておきなさい」
「つまんないの」
「お、父兄の皆さんがBBQの支度を
始めたようだ、パパも行かないと、
さっきも云ったが流れも早いから
泳ぐのは禁止だからね
川から出て、友達と遊びなさい」
「は〜い」
パパは皆んなのママやパパ達の方へ走って行った。
私は仕方なく川から上がって大きな石に
座り、足で川の水をピチャビチャ蹴っていた。
「ねえ翔子ちゃん」
友達の茜ちゃんが話しかけてきた。
「なぁに、茜ちゃん」
「あそこ」
茜ちゃんはそう云って指を差した。
そこには川の中で遊んでいるヒロアキ君がいた。
川に頭まで潜ったり、出たりしている。
私と茜ちゃんはヒロアキ君に手を振った。
ヒロアキ君も両手を大きく振っている。
ただ、なんだか変に見えた。
ヒロアキ君は笑っていない。
お水も飲んでいるように見える。
「翔子ちゃん、パパ達のところへ行こう」
茜ちゃんが私の腕を引っ張る。
「うん、でもね」
「早く〜BBQをやるんだから」
私は茜ちゃんと走って行った。
私は何回か振り返りヒロアキ君を見たりした。
やっぱり両手を大きく振っていた。
その日、ヒロアキ君は居なくなってしまった。
見つかったのは翌日の朝だった。
手を振ってた……大きく
「冷たい……」
「翔子ーー!」
和樹が走って来る。
びしょ濡れになりながら。
「何で一人で行ってしまうんだよ、俺を置いてくな、この先ずっとだ」
そう云って私を抱きしめる和樹の腕は、
痛いくらい力強かった。
私は声を上げて泣いた、小さい子のように、泣いた。
「翔子がいつまで責めるのなら、責めなくなるまで俺が傍にいるから。
そのあとも一緒に居るから、大丈夫だよ」
「まさかの大雨の中ですが決めていたので」
そう云うと和樹は私の手を取った。
薬指にはめる為に。
「翔子は俺が一生守ります。守らせてください」
ザーザーザー ザーザーザー
ザーザー
ポツッ ポツッ ボツ……ン ポツ……
ヒック ヒック 涙が止まらないままだ
「和樹……さん、ありがとう、そして
どうぞ宜しくお願いしま……」
了
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