Photo by cdefgah_310 赦し、誓うこと 26 紗希 2022年8月10日 17:53 和樹は上手にナイフとフォークを使ってパンケーキを食べる。夜も遅い時間にこのボリューム。最近では夜からオープンするスイーツの専門店が人気らしい。私はナイフとフォークを上手く使えない。カチャカチャ音を立ててしまう。「しかし何なんだ、あの映画は。酷いにも程があるぞ」「だから前持って云っておいたでしょ」「それはそうだけど、あれ程とは思わなかったよ。だからこうして甘い物を食べないと自分をリセット出来ない」私には和樹の言い訳にしか訊こえないもんね。「映画のタイトルを訊いた段階で断わるべきだったんだ。“死霊の盆踊り”って訳がわからん。アメリカ映画だろ?」「よく云うわね、大笑いしてウケてたくせに」無言でパンケーキを口に運んでる。「翔子の趣味に俺は付いていけないと思う」「別にいいよ、一人で楽しむから。私だってインド映画マニアの和樹には付き合えないし」和樹はナイフを持つ手を止めて私を見た。「インド映画は最高の娯楽映画だぞ。“死霊のフラダンス”と比べて欲しくないな」フラダンスじゃなくて盆踊りなんだけどもうどうだっていい。私もリセットしたくなったから、すっごく甘いのを食べよう!メニューを眺める。どれもかなり甘そうだ。私はウエイターさんを呼び、注文した。「翔子は何を頼んだの」「メニューの中でも美味しそうで甘そうなのを頼んだ、リセットしなきゃ」「お待たせ致しました」「タルトを2つも食べられるの?無理そうなら僕が」「食べられます、ご心配なく」私は内心、しまったと思っていた。ナイフ、フォークの扱いが下手だというのにタルトを頼んでしまった。和樹みたいに柔らかいパンケーキにしておくべきだった。それにメチャクチャ甘そうでもない。クリームが少なくてフルーツがメインなのだから。とにかく食べなきゃ、リセットする為に。カチャカチャ カン!「相変わらず食べるのがヘタだなぁ。タルトがボロボロになってる」フン!ほっといてよフラダンス。「フルーツが食べたいな」「……」「キーウィとグレープフルーツを一個ずつだけ」まったくもう!フルーツタルトを半分にカットして和樹のお皿に乗せる。「やった!いいの?こんなにたくさん」ムスっとしつつ頷く。「やっぱり翔子ちゃんは優しいなぁ、いただきます!」男という生き物は何故こんなに子供なのだろうか。私より3歳も歳上だというのに。「キーウィが美味いぞ、何か云ったか?」「夏が行くんだなって」和樹はナイフとフォークを置いた。「……翔子、何年経つ?いや何十年だな」「判らない、数えてないから」私はフォークで苺をつつく。行儀の悪い子だから、私は。それから店内を見回してみた。いつの間にか満席になっていた。「翔子、あのさ」「あ、雨が降ってるよ和樹。音まで聴こえるから本降りだ」和樹も窓の方に視線を移す、黙ったまま。「帰りはタクシー呼ぶか、仕方ない」「呼ばなくていいよ、深夜料金もかかるし高くなるから」和樹は真っ直ぐに私を見ている。私は苦しくて目を逸らした。「このタルト、甘くなかった。別のを頼もうかな、とんでもなく甘いもの」「これからも夏は訪れる、毎年必ず。翔子は今のままでいいのか」「そうよ、私は一人しかいないでしょう?」「そうじゃなくて」私は椅子から立ち上がった。「先に帰ってる。和樹は好きな方へ帰るといい。実家でも私のところでも、どっちでも」そう云って私は土砂降りの中、外に出た。走ったのは最初だけで、どっちみち、びしょ濡れなんだからと歩くことにした。びしょ濡れあの日もそう 「冷たーい!」 「そうだよ、川の水は冷たいんだ」 「パパ、翔子泳いでもいい?」 「一昨日の雨でまだ水嵩がある。 泳ぐのはやめておきなさい」 「つまんないの」 「お、父兄の皆さんがBBQの支度を 始めたようだ、パパも行かないと、 さっきも云ったが流れも早いから 泳ぐのは禁止だからね 川から出て、友達と遊びなさい」 「は〜い」パパは皆んなのママやパパ達の方へ走って行った。私は仕方なく川から上がって大きな石に座り、足で川の水をピチャビチャ蹴っていた。「ねえ翔子ちゃん」友達の茜ちゃんが話しかけてきた。「なぁに、茜ちゃん」「あそこ」茜ちゃんはそう云って指を差した。そこには川の中で遊んでいるヒロアキ君がいた。川に頭まで潜ったり、出たりしている。私と茜ちゃんはヒロアキ君に手を振った。ヒロアキ君も両手を大きく振っている。ただ、なんだか変に見えた。ヒロアキ君は笑っていない。お水も飲んでいるように見える。「翔子ちゃん、パパ達のところへ行こう」茜ちゃんが私の腕を引っ張る。「うん、でもね」「早く〜BBQをやるんだから」私は茜ちゃんと走って行った。私は何回か振り返りヒロアキ君を見たりした。やっぱり両手を大きく振っていた。その日、ヒロアキ君は居なくなってしまった。見つかったのは翌日の朝だった。手を振ってた……大きく「冷たい……」「翔子ーー!」和樹が走って来る。びしょ濡れになりながら。「何で一人で行ってしまうんだよ、俺を置いてくな、この先ずっとだ」そう云って私を抱きしめる和樹の腕は、痛いくらい力強かった。私は声を上げて泣いた、小さい子のように、泣いた。「翔子がいつまで責めるのなら、責めなくなるまで俺が傍にいるから。そのあとも一緒に居るから、大丈夫だよ」「まさかの大雨の中ですが決めていたので」そう云うと和樹は私の手を取った。薬指にはめる為に。「翔子は俺が一生守ります。守らせてください」ザーザーザー ザーザーザーザーザーポツッ ポツッ ボツ……ン ポツ……ヒック ヒック 涙が止まらないままだ「和樹……さん、ありがとう、そしてどうぞ宜しくお願いしま……」 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する この記事が参加している募集 #至福のスイーツ 18,621件 #短編小説 #至福のスイーツ #いつもありがとうございます #一歩踏みだした先に #パンケーキ #指輪 #幼少期のトラウマ #雨の中 #いちごタルト 26