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言葉の宝箱 0571【大切なのは継続だからね。根詰めて途中でいやになるよりはときどきサボりながらでも続くほうがいい。根性や気合じゃないんだ。生活観の問題なんだ】

『19分25秒』引間徹(集英社1994/1/25)


競歩の小説。第17回すばる文学賞受賞。
「あっ、この感覚」と肯いてしなう描写が随所に見られ、
古い作品ではあるが坐骨神経痛に悩まされている人に
とても励みになると思う。


・肺胞のひとつひとつが酸素の粒を律動させて疲れた血液を洗いつづける。顔を上げ、背筋を伸ばし、心を澄ませて身体のすみずみに語りかけろ。
地面を蹴るごとに細胞が死んで、
新しく生まれ変わっていくかすかな痛みがしみわたる P3

・大切なのは、何だっけ、
長いこと歩きつづけていると簡単なことさえ忘れてしまう。
あるときはとぎすまされて、かまきりの誕生ひとつひとつ、
蝉の死に際ひとつひとつ聞き分けられることもあるのに。
酸素と無酸素のあわい、
エンドルフィンの分泌なのか肺に蓄積した排気ガスの鉛のせいか、
ひどく凶暴で、ときどきハレー彗星みたいに陽気だったりするんだ P5

・「抹消毛細血管っていってね、
こいつの大部分はずっと塞がってるんだよ。
長時間軽い負荷で運動することによって開通する、
つまり今まで血が通ってなかったところに血が通うようになるわけだ。
ところで運動能力っていうのは、酸素の運搬能力だよね。
酸素を運ぶのは血液だから、流れる血液の量が増えれば・・・」
「当然、酸素の量も増えるわね」
「そう。だからスピードを上げなくても、潜在能力は向上する。
LSDっていうんだけどね。何キロ歩いたかはこの場合重要じゃないんだよ。何時間歩いたか、そっちの方が問題なんだ」 P80

・苦しいのを我慢してまでやる必要はないんだってさ」(略)
「苦しくなるまでで充分効果は上がってる。大切なのは継続だからね。
根詰めて途中でいやになるよりは
ときどきサボりながらでも続くほうがいいって書いてある。
根性や気合じゃないんだ。生活観の問題なんだ。
時間を捻出する日常の工夫、
五十キロ歩き抜くための生活を構築する意志だ」 P82

・「努力する勇気より休養する勇気の方が大切なんだ。
オーバーワークで涙をのんだ選手なんてわんさかいる。
自己満足なんだよ。
『これだけ練習を積んだんだ』っていう達成感に酔ってる。
俺はそんなものいらない。純粋に自分の能力を上げたい。だから休む。
とにかく休む」 P116

・「ゆっくりやりなよ」僕は言った。長い勝負だ。
意気ごみが続かないかも知れないし、途中で息切れするかも知れない。
でも、誰かがうまいことを言ってたっけ。
「スタート地点に立ったところで、
マラソンランナーはすでに半分勝者なのだ」
ほんとうの闘志は細くて、弱くて、青白いものなのだ。
彼女の背中を見送りながら自分に言い聞かせた。
燃え上がらせるな。燃え尽きるな。
闘志の炎をちらちらと、ゴールまで灯しつづけろ P144

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