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誕生日だから、人生の成功について考えた

以前行ったモヤモヤ企画に、久しぶりにモヤモヤが。 人生の成功・・・。 人生の成功者とは言えない僕が「成功」について書くのはおこがましい気がするけれど、成功者ではない僕がイメージする「成功」の景色や全体像を考えてみたい。 「人生の成功」について考える時、こんな言葉を思い出す。 人生の成功について語られた本や名言、これらのほとんどは“成功者によって語られていること”を念頭に置かなければならない。 例えば、いわゆるお金持ちの人が言う「お金が全てではない」という発言は、確か

24歳と365日、今思うこと

「明日誕生日じゃん、俺」 コーヒーを淹れながら、思い出したかのようにそう呟く朝が何とも日常的に感じられて、自分にとって誕生日がすっかり非日常ではなくなってしまった感じがして、少し淋しくなった。 - 自分が思う以上に、1年間で何かが大きく変わることはない。自分を取り巻く環境も、そして、自分自身も。 23歳と365日目、「今までの人生は、変化に身を任せすぎた」という実感があった。 だから、24歳の1年間は「自分から巻き込み、変化を作りたい」と決意した。 結果的には、思

何者かであるために、僕らは自分をアラサーと呼ぶ

僕らは、自分が「何者であるか分からない」と日々悩みつつも、何とか何者かであろうとしている。 「アラサー」 というのも、自分が何者であるかを表現するための一つかもしれない。 僕らは自分が何者であるかを表現する時、 といった要素で、自分が何者であるかを構成していく。 そこに、「アラサー」や「独身」といった肩書きも付け加えて。 少しでも華を持たせたくて、検定や資格、学生時代に獲った賞を何とかかき集めて履歴書を埋めていくように、「何者であるか」を表現しようとする。 ああ

25歳、息するように感じる不安と焦り

20歳を超えてから、希望や期待よりも、不安や焦りの占める割合が年々高くなってきている感覚がある。 何もしない時間を過ごせば焦燥感に駆られ、だらだら眺める画面の先の他人の人生に「自分はどうなんだ」と不安を感じる。 昔は、何も考えずただただ直感で生きていた。 もちろん、当時は当時の自分なりに考えてはいた。 けれど、年齢を重ねるにつれ、築き上げてきたものや得たものも、少しずつではあるがそれなりに増えてきて、徐々に“手放す”ハードルが上がってきている。 「やっちゃいますか!

副業したいけど、副業したいわけじゃないってことか

お金を稼ぐため、スキルアップのため、ゆくゆく本業にするため。 副業を考える理由はそんなところだろうか。 副業、複業、パラレルキャリア、働き方が多様化したり、「働く」という既存の概念がアップデートされていく中で、誰しも一度くらいは考えたり頭によぎったりする。 ネット上に転がっている「副業の目的が何か」という調査結果を見てみると、おおむねこれらで合っているらしい。 実際のところ、どうなんだろうか。 「何者かになりたい」と日々願って止まない僕らのことだから、きっと、 そ

「知り合いがYouTuberなんだよね」なんて言っているうちは

20代前半くらいまでは、活躍している知り合いや我が道を行く同級生を、どこか他人事のように捉えていたけれど(他人なのだから、そりゃそうなのだけど)、段々他人事のようには思えなくなってきたというか、素直に喜べなくなってきた。 昔は、 「知り合いがYouTuberで、チャンネル登録者数十万いるんだよね」 「同級生が起業して、今どこどこに住んでいるんだよね」 「学生時代の友人が、〜〜で全国1位なんだよね」 なんて、どこか誇らしげに言えていたけれど、 「いつまで“言っている側”

「あ、今つまんない人生送ってるな」みたいな感覚

ふと、そういう感覚になる時がある。 何がつまらなくさせているのかはあまり心当たりがないけれど、自分の中の「おもしろい人生」と比較した時に、そう感じるのだと思う。 自分自身の人生の過去・現在との比較ならまだしも、たいていは他人の人生との比較になってしまっている。 他人の人生と言っても、特定の一人というわけではなく、漠然とした「〇〇している/できる人生」といったイメージに過ぎない。 この1年間そう思う機会が、どういうわけか増えた。 周りの環境の変化が大きな要因だろうけど

知り合いと友達の境目、“大人になる”という実感

知り合いと友達の違い、異性の友達と恋人との違い、今まで曖昧で良しとしてきたものをはっきりさせたくなると、「大人になった」と実感する。 「好きって何だろう」、「幸せって何だろう」、直感で解釈してきたものを論理的に考察し始めると、「大人になった」と実感する。 代わりに書いてほしいのは「知り合いと友だちの境目はどこか」です。 当方大学生で、今のところ友だちとは「会おうと言ったら本当に会う人」です。が、今後社会人になるとお互いに会う気はあっても、どうしても時間や場所の都合で会え

金曜日の夜に戻れたら

金曜日の夜のあの無敵感がたまらない。 どれだけアルコールを流し込もうが、遅くまで起きていようが、次の日は本能のままに目を覚ませば良い。何にも縛られることはない。 もし仮に、土曜日を無駄に過ごしてしまったとしても、僕らには「日曜日」がある。 金曜日の夜の時点では残り二機あるから、ほとんどそれは無敵な状態と言える。 しかし、日曜日になると、途端に金曜日の夜が恋しくなる。 金曜日に夜更かしすべきではなかったとか、土曜日にもっと生産的なことをしておくべきだったとか、藁にもす