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小説家志望の「ネタ探しの為」って何?

「怒りだけで書きました。『ハンチバック』で復讐をするつもりでした。私に、怒りはらませてくれてどうもありがとう。」

第169回 芥川賞受賞した市川沙央さんの受賞者挨拶での一言。
彼女は筋疾患先天性ミオパチーによる症候性側弯症を罹患し、人工呼吸器と電動車いすを常用している作家だ。

数々の困難を乗り越えての受賞。
私は彼女をとても尊敬しているし、これからも素晴らしい作品を作り上げていただきたいと思っています。彼女の言う「障害者と社会の関係性の改善」というのにも強く賛同します。

彼女は、自由に動き回ることが出来ません。
大きな障害を背負い、多くの人々の力を借りないと生きていけません。おそらく、これから先遠くへ旅に出ることも難しいでしょう。

しかし、彼女の小説は自由です。
まるで自分が経験したかのようなことを、おそらく想像力だけで描写しているのでしょう。彼女の著作『ハンチバック』の冒頭だけ読んでも、身体のハンデを背負いながらこんなに書ける?!と、驚きました。

よく、noteで小説関連の記事を読むことが多いのですが、その中でも多いのは「ネタ探しのために」という言葉。

ネタ探しのために旅行に行ってきました。
ネタ探しのために友人と飲み。
ネタ探しのためにセミナーに参加。

わからなくもありません。
何かを得ようとする志は買います。
しかし、それは果たして本当に小説を書くためでしょうか?
私にはただ遊んでいるだけにしか思えないのです。そして旅行先が出てくる千字くらいの短編小説を書いて消化してるのが、許せないのです。

市川沙央さんは想像力を存分に発揮して作品を書いた。そしてあらゆる作家がそうであるべきだと思います。

小説家を志す方には、ぜひ想像力の力をより養って頂きたい。
そんなこといいながら、自分は小説を書くことから逃げてしまった人間です。とやかく創作する人間のことを言う資格はないはずです。ただ、一度遠目から創作する方々の姿を見ると、いろいろ見えるところも多く、自分がもし創作に戻る時があったら、自分はそうならないようにしたいと思う。



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