「攻殻機動隊」と双璧をなす、日本サイバーパンクの最高峰
今回は、「マルドゥック・スクランブル」について書いてみたいと思う。
これの原作は冲方丁の小説で、2003年のSF大賞受賞作品とのこと。
アニメ化は2010年「圧縮」、2011年「燃焼」、2012年「排気」ということだから、3年を費やしての大型プロジェクトだね。
実はこの作品って、映画になる前から「攻殻機動隊」と並ぶ、日本におけるサイバーパンクの代表格として有名だった。
今では、冲方さんといえば「PSYCHO-PASS」や「攻殻機動隊ARISE」などでそっち系の大御所というイメージが付いてるだろうが、むしろそれらより、「マルドゥック」の方が実は彼の原点だということさ。
これがヒロインのルーン・バロット、15歳。
可愛いでしょ。
でもね、めっちゃ幸薄い女の子なのよ。
どのぐらい不幸かといえば、以下の通り。
・子供の頃から、実の父親に肉体関係を強要されていた。
・その父を兄が銃で撃ち、家庭崩壊。
・以降は娼婦として働くことになり、しかも超悪い男・シェルの専属娼婦になる。
・実はシェルには女を殺す性癖があり、遂にバロットもその毒牙に・・。
まだ15歳なのに、あまりにも不幸度が重すぎる。
ただし不幸中の幸いだったのが、たまたまシェルをマークしてた委任捜査官に瀕死のところを救助され、その治療の一環で電脳化され、サイボーグ化の施術をされることになったわけね。
そしてシェルの犯罪を立証する為、証人として捜査協力をすることに。
ただ、やはりシェルはめっちゃ悪い奴で、証人の彼女を抹殺しようと刺客を送り込んできたりするわけよ。
で、バロットは闘うことを決意する。
そんな彼女に、相棒となる捜査官がひとり付くことになった。
その捜査官がウフコックで、見た目はこんな感じ↓↓
なんでネズミやねん!
とツッコまないで下さい。
これ、ネズミに見えるけどネズミじゃなく、ある研究所で開発されたネズミ型万能兵器ということで、人語も話すこともできる優秀な捜査官なんだ。
バロットをサポートする時、彼は銃に変身する。
銃以外にも色々なものに変身できるので、めっちゃ頼れる奴さ。
基本、この作品はバロットとウフコックの愛の物語という側面もある。
人間とネズミが?と思うだろうけど、バロットは今まで悲惨な人生を送ってきた子ゆえ、その感性を常識で測ることはできない。
作中、彼女は覚醒して周囲の予測以上に強くなるんだけど、どうやら彼女は常人より遥かに電脳との相性がいいらしく、多分その理由は今までの不幸にこそあるんだよ。
不幸な人、重いトラウマを抱えてる人ほど深くダイブできるという設定は、割とサイバーパンクではよくあること。
何となくだけど、イメージできるでしょ?
辛い現実がある人は外界をシャットアウトする分だけ、内界に深く潜れるということだと思う。
よく考えりゃ、サイバーパンクの主人公って大体が不幸そうなんだよね。
不幸度でバロットと比較したいのは彼女、日本で最も有名なサイバーパンクのヒロイン・草薙素子だ。
彼女の少女時代については、士郎正宗の原作や押井守の映画でははっきりと描写されていない。
むしろはっきりと描写したのは、神山健治の「SAC」や黄瀬和哉の「ARISE」の方だね。
ちなみに「ARISE」の脚本を書いてるのが、他でもない、冲方丁なんだ。
ここでの草薙は胎児の時に母親が化学テロで死亡し、辛うじて彼女は脳だけが無事だったという。
拾われたのは軍の「501機関」というところで、そこで全身義体を与えられ、ずっと軍の研究素体とされてきたという生い立ち。
どんだけ不幸な生い立ちやねん・・。
草薙が世界屈指のハッカーになれたのも、十分納得できる気がする。
というか、サイバーパンクで超人的にダイブできる奴なんて、精神性が健全であるはずがないんだ。
その点、「マルドゥック」はヒロインの不幸と並べて精神の異常性もきちんと描いており、その点はぶっちゃけ「攻殻」よりも遥かに優れてると思う。
「攻殻」の草薙って、これほど酷い生い立ちの割にはあまり精神の異常性を感じさせず、普通にタフなオネエチャンとして描かれてるよね。
このへんの描写の差は、やはり漫画と小説という媒体の差なのかな・・?
昔からSFでは
①人間のような感情をもつ機械(鉄腕アトムなど)
②機械のような機能をもつ人間(サイボーグ009など)
の2軸が描かれてきた。
どっちがリアルに実現可能なテクノロジーかは知らんが、今まで②のタイプは見たことないなぁ。
①なら、最近のAIの進化は徐々に近づいていってる気がするけど。
「マルドゥックスクランブル」でなら、バロットは②に該当し、ウフコックは形状こそネズミだが一応①に該当する。
やがてバロットとウフコックは強い絆で結ばれることになるんだが、これは①が機械の人間化したもの、そして②は人間の機械化したものであり、この①のベクトルと②のベクトルはいずれ交わることになる、ふたつのベクトルはいずれ同一の境地にまで辿り着く、ということのひとつの可能性だと思う。
多分、これって種の進化形態だよね。
微生物⇒魚⇒両生類⇒爬虫類⇒哺乳類⇒人類⇒〇〇という感じで、この〇〇に該当するものを描いてるのがサイバーパンクなのさ。
この進化というものに対して、押井守(士郎正宗)は現世を捨ててネットの世界で生きる選択をした草薙の姿を描いている。
おそらく、↑の〇〇には「デジタル生命体」という言葉が当てはまると考えてるんだろうよ。
このデジタル生命体とは?
それに類似するニュアンスとして、ある著名なシステム生理学者がこういう発言を以前にしていたという。
「コンピュータウィルスは、自己複製、突然変異、淘汰を行なっている。
なのに人々は、ウィルスが生きているとは考えない。
生命は、化学物質で構成されていなければならないと考えるからだ。
でも化学物質ではない点を除けば、ウィルスはNASAが採用している『生命の基準』を満たす。
そして、それを私たちがコンピューター内に作れることは間違いない」
ちなみに冲方さんは、「ARISE」の中で草薙に向こうに行かせるような描写はしなかったけど、「第3世界」という表現で人格をデータに変換して生存できる世界の存在は描いていた。
あと、これはサイバーパンクとは別物なんだが、彼は「蒼穹のファフナー」の脚本も書いていて、そこで描いた敵は哺乳類でも爬虫類でもなく、常態もはっきりせず、擬態も可能な謎の生命体「フェストゥム」だったのよ。
どう見てもこれ、「第3世界」系だよね。
これが高次元の生命体で、知的生命が究極に行き着く形?
私には生命の進化というものがよく分からんが、むしろ一周回ってスタート地点のバクテリアにまで戻ってるように見えてしまうよ。
「SAC」も「ARISE」も、あっち側に行かなかった草薙を描いてくれてよかった。
「マルドゥック」のバロットは、あっちに行かないよね?
さて、「マルドゥック」に話を戻すが、実をいうとこれにはR指定がついているんだわ。
1作目の「完全版」なんて、R18指定だぞ?
どんだけエグい表現してるんや?と思って海外サイトに英語バージョンがアップされてるのを見たら、別に通常版と驚くほどの差はなかった。
残念・・。
しかし、このての美少女ガンアクションのR18指定パターンといえば、私がまず思い出すのは「A KITE」である。
これのヒロインもまた、バロットに劣らず薄幸なんだよなぁ・・。
親を殺され、その親を殺した男の専属娼婦兼、殺し屋をさせられてるというこの上なく不幸な境遇。
やっぱハードボイルドの世界では、不幸な女ほど銃が似合うということか?
アニメはR18版と通常版のふたつあるんだが、これに限っては圧倒的にR18版の方が良かった。
だって、ここでの濃密なSEX描写には、ちゃんと物語上の意味があるのよ。
やっぱ、そこは削っちゃダメ。
でもこのアニメ、日本ではヒットしてないのに米国ではヒットしたらしく、なんせハリウッドで映画化までされてたからね。
タランティーノやロブコーエンといった大御所まで「A KITE」を絶賛してたというんだが、彼らって日本のマイナーアニメまでチェックしてるの?
この映画、見たことないけどヒットしたんだろうか?
多分、米国では日本でウケる萌えとか厨二っぽいのより、このてのギャング系の方がウケるんだろう。
あいつら、異常なほどガンアクション好きだから。
だとすりゃ、「マルドゥックスクランブル」もそのうちハリウッド映画化が普通にあるかもしれないね。