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「ルックバック」押山清高の原点を見てみよう!

今年、映画「ルックバック」のヒットにより、一躍注目を集めたのが監督の押山清高さんだと思う。
この人、もともとからしてある筋にはめちゃくちゃ有名で、でもそうでないところでは全然知名度がない存在。
・・どういうことかというと、この人は生粋のアニメーターであり、作画が異様に巧いことによって業界で名を馳せてた人物なんだ。

ぶっちゃけ、将来アニメーターを目指す人たちにとっては、「神様」みたいな存在らしい。
だけど、こういうの↑↑って、「知る人ぞ知る」の領域だよね?
それは、ジブリでいうと宮崎駿高畑勲はめっちゃ有名な存在なのに、その画を描いた近藤喜文は一般的にさほど知名度がない、というのと同じことである。
そう、やはり「監督」としてのクレジットがないと、世間一般では認知されないということだと思う。

とはいえ、何も押山さんは「ルックバック」が初めての監督というわけではない。
実は1本だけ、過去に監督を務めてるんだ。
「作画監督」「アニメーションディレクター」は、これまで結構やってると思うけど、「監督」としてはおそらく1本のみ。
でも、これがまたスゴイ作品でねぇ・・。
隠れ名作といっていいと思う(「隠れ」というには有名すぎるけど)。

「フリップフラッパーズ」(2016年)

制作:STUDIO 3Hz

いやね、これも将来アニメーターを志してる若者が見たら「うっひゃ~!」となっちゃうアニメなんだわ。
それこそ、アニメーターの技術見本市みたいな作品である。

でもさ、ホント不思議な作品なのよ。
思えばSTUDIO 3Hzという割と小さな会社のアニメオリジナル作品で、知名度がある原作がなく、あと制作会社そのものにも知名度がなく、どう考えてもデカい予算を注ぎ込める要素なんて何ひとつない。

なのにこの作品、キャラが尋常じゃないぐらいめっちゃ動くのよ!

とても低予算アニメの動かし方ではない。
エフェクトもやたら凄いし、そもそも、これは「不思議の国のアリス」系の物語だから色々な「世界」を冒険するんだけど、その「世界」ごとに画風に変化がつけられていて、そのへんの画の凝り方は尋常ではないレベル。

「いやいや、それでも低予算の宿命、いつか息切れするでしょ」と半ば私の興味は「いつ息切れするか」の方に移っていたんだけど、ところがですよ、なんとこの作品、そのハイテンションのままで全13話を乗り切ってしまい、私は最終回のエンドロール見ながらポカーン・・ですわ。
・・いやいや、あり得ないって!
これ作るにはめっちゃ人手がいるはずだし、つまりおカネがかかるはずだし、この「フリップフラッパーズ」程度の小作品がここまでのクオリティを見せたのは、ハッキリいって常識では絶対あり得ない超常現象なんです。

考えられるパターンは2つ。

①STUDIO 3Hzが自腹を切り、大幅に超えた予算超過分を負担した。

②作画スタッフみんなで、とにかく狂気に憑かれて描きまくった。

当時、私の出した結論は「①だろうな」と。
新興のSTUDIO 3Hzとして、「今回は赤字が出てもいいから、ここで質の高さを見せて今後の仕事の増加に繋げよう!」と判断することはあり得ない話でもないから。

・・ただね、今回「ルックバック」で「押山さんがほとんど1人で描いてた」という話を聞き、私はふと「フリップフラッパーズ」のことを思い出したのよ。
ひょっとして、実は②だった可能性も意外とあるんじゃないか、と。
監督だった押山さん自身が作画に回って、人の何倍もの仕事をこなしてたという可能性も実はあるんじゃないか・・と。
いや、真相は分からないけどね。

で、2016年当時、実をいうと「フリップフラッパーズ」は、そこそこ話題になったんだ。
一般的な意味で「ヒットした!」というよりも、SNSで取り上げられることが多かったという意味だね。
マニア受け、オタク受けした、というべきだろうか。
というのも本作、作画の件はひとまず置いとくとして、とにかく「情報量」の密度がトンデモないんですよ。
パロディ、メタファー、そういう「隠しアイテム」みたいなものが、作品のあちこちに散りばめられている。
で、そういうのに心くすぐられるのが、アニメファンの習性ってやつでしょ?
それこそSNSで、連日のように「隠しアイテム」発見の報告で盛り上がってたと記憶する。
・・まぁ、その詳細をいちいち挙げていたらキリがないので、ここでは割愛させていただきますけど。

でもさ、このての「隠しアイテム」的手法、「ルックバック」でもまた同じなんだよね。
ちょっとした背景、ちょっとした小道具、本筋にはさして影響のない隠れた部分にも押山さんは「情報」を込めている。
これの原点は、やはり「フリップフラッパーズ」だな、と。
あと、「ルックバック」との類似性をいえば、「フリップフラッパーズ」にも「絵を描く人」が出てくるんだよね。

彩いろは先輩

いつも1人、美術室に籠って絵を描いてる陰キャ体質のいろは先輩。
だけどある日突然、すっぱり絵をやめてしまい、陽キャ(ごく普通の生徒)になってしまう・・。

ごく普通の生徒になった、いろは先輩

このへんの描写、「ルックバック」の主人公・藤野そのものだな、と。
あぁやっぱり、「フリップフラッパーズ」は押山さんの作家性が凝縮された作品だったんだ~と気付かされたし、おそらく今後この作品はかなり再評価されていくことになると思う。

で、押山さんは「フリップフラッパーズ」作る前、参考にした書籍がこれ↑↑「生物から見た世界」らしいのよ。
といっても「フリップフラッパーズ」はアニメオリジナルだから、別にこの本が「原作」というわけじゃないし、そもそもこれは科学書だからアニメ化できる類いのものでもない。
でも、この本で科学者・ユクスキュルが提唱してる「環世界」というものが本作の構想の骨子になってるようだ。

<環世界>

人間が見た花(左)とトンボが見た花(右)

「環世界」ってのは、まぁ言うなれば「今我々が認知してる世界はあくまで『人間が見てる世界』であり、これは動物から見てる世界、あるいは虫から見てる世界とは全く似て非なるものだ」という考え方らしいのよ。
各々で認知してる世界は異なり、決して同一ではない、と。
じゃ、量子力学的にいうところの「観測があって、初めて世界は存在する」という前提に立てば、

「環世界」は複数ある⇒ならば「観測」も複数あり、つまり存在するセカイはたくさんある


というのが押山さんの構想だね。

その複数あるセカイを「ピュアイリュージョン」と名付けて、ファンタジーっぽくしてるから妙に誤解もされてるだろうけど、本質的にはこれ、かなりSFなのよ。
異世界ファンタジーというよりは、環世界SF。
おとぎ話っぽい外殻を作りつつ、実は中でめっちゃ難しいことやってるんだよね。

見た目はユルく、でも中身はめっちゃハード


このアプローチ、ちょっと既視感があるよ。
というのも、押山さんのキャリアで、初めての「作画監督」を務めた作品を知ってますか?
あの「電脳コイル」なんだわ。
私は、あの作品から全てが始まってると思う。
・・多分なんだけどさ、押山さんが目標にしてるアニメーターって、「電脳コイル」の監督・磯光雄さんなんじゃない?

磯光雄

磯光雄、まぁアニメーターとしてはカリスマ中のカリスマ、神様の中の神様みたいな人物である。
宮崎駿、高畑勲、富野由悠季、押井守、庵野秀明、大友克洋、あらゆる巨匠たちから「指名」されてきたS級のアニメーターであって、そのスタイルを端的にいうと「全部、ひとりでやっちゃう」系である。
ありとあらゆる工程を、ほとんど1人でできてしまうほどの人らしい。
そう、まんま今の押山さんのスタイルに近いんだよ。

基本、磯さんは職人肌ゆえ監督はあまりやらない人だが、今まで監督したのは「電脳コイル」と「地球外少年少女」
・・そう、どっちもアニメ史に残る大傑作SFなんだよね。
寡作だが、たまに作らせればトンデモない完成度で仕上げてくる。
トンデモない次元の完璧主義者。
それと全く同じという意味で、押山さんのことは磯さんの後継者と見るべきじゃないだろうか。
天才⇒天才の系譜かぁ・・。
カッコイイなぁ。

まぁそんなわけで、話をまとめると
『フリップフラッパーズ』未見の方は見といた方がいいですよ
といったところである。
それも一回見て「ふ~ん」で終わらすんじゃなく、何度も見て色々見つけてみてください。
多分押山さんって(磯さんもそうだが)、繰り返し見ることでどんどん理解が深まってくるような作りにしてると思うのよ。
こういうタイプの作家、私は好きだな。


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