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あの出崎統監督が、命を削って作ったアニメを知ってる?

京都アニメーション、もちろん皆さんもよく知ってるよね?
ここは法人化されたのが1985年という結構な老舗なんだが、しかしずっと「下請け」ばかりの会社だったらしく、一般的に知名度はあまりなかったと思う。
そんな京アニの名が一躍世間に轟いたキッカケというのが、05年のTVアニメ「AIR」だろう。

京都アニメーション制作「AIR」(2005年)監督・石原立也

当時、あの大御所・杉井ギサブロー氏が「アニメージュ」の中で京アニの「AIR」作画を絶賛する記事を書いたんだわ。
人物の動きが凄い、と。
きっと、この影響はさぞデカかったんだろうね。
それ以降、京アニは「CLANNAD」「涼宮ハルヒ」「けいおん」と矢継ぎ早にヒットを連発し、2010年代になる頃には、逆に京アニの名を知らん人などほとんどいなくなったほどだよ。

ただ、ここで見逃されがちな重要な事実がひとつある。
それは、京アニ版「AIR」がTV放送されてたのと全くの同時期に、

実は出崎統監督作品として、映画版「AIR」が全国劇場公開されたことさ。

東映アニメーション制作「劇場版AIR」(2005年)監督・出崎統

今なおアニメファンの間で「AIR」の話題が出た時、大体のパターン、それは京アニ版の方の話になってるんだよね。
面白いほど、みんな出崎版(劇場版)のことは無視している。
これ、おかしい話さ。
京アニ版「AIR」はTV放送されたとはいえ、それは地上波じゃなくBS/CS放送だったわけで、当時の注目度としては絶対劇場版の方に集まったはずなんだから。
ましてや、制作が最大手の東映アニメーションだぞ?
でも実際、前述の杉井ギサブロー氏の話に戻るが、彼が褒めたのは出崎版の方じゃなく、あくまで京アニ版の方だったんです。
出崎さんと杉井さんって、同じ元虫プロの盟友なんだけどなぁ・・(笑)。

しかし、ここでポイントなのが、杉井さんが「AIR」を褒めたポイントが「動き」、キャラのモーションだということ。

おなじみ、京アニの人物モーション

これ、実は大事なポイントなんだわ。
なぜなら、その比較対象となる劇場版「AIR」の監督はあの出崎統であり、

当時、出崎統といえば「画を動かさないこと」(止め絵)をひとつの演出テクニックにしてた監督なんだから

出崎統の象徴的な演出技巧、止め絵、3回PAN、ハーモニー

<よく動く京アニ>vs<動かない出崎アニメ>

⇓⇓⇓

05年を境に、時代の主流は<動かないアニメ>から<よく動くアニメ>へ


まぁ、そんなわけで、ここで「ひとつの時代が終わった」ともいえるんですよ。

「あしたのジョー」
「エースをねらえ」
「ガンバの冒険」
「宝島」
「ベルサイユのばら」
「スペースコブラ」
「ブラックジャック」etc

これまで数々のヒットを飛ばしてきた出崎さんだが、ぶっちゃけ00年代以降は、これといってパッとしなかったんだよね。
対照的に、彼が最も忌み嫌ってたという宮崎駿(あくまで噂だけど)の方はその後も大活躍してたわけだが・・。

出崎統(でざき おさむ)2011年逝去

亡くなられてからもう10年以上経つし、あるいは一部の方は誤解してるかもしれんが、出崎さんって宮崎駿や富野由悠季より年下なんだぞ?
60代での逝去は、ちょっと早すぎたわ。

いまだ彼を崇拝するアニメ作家は業界に非常に多く、
・富野由悠季
・押井守
・庵野秀明
・新房昭之

などは信奉者である。

じゃ今回は、敢えて「落ち目になってからの出崎統」について書いてみたいと思う(笑)。
なぜって、みんなこの時期の出崎作品は無視しがちだから。

「白鯨伝説」(1997~1999年)

白鯨伝説」、これは出崎さん的に思い入れの強い作品だったと思う。
なんせ、これはクレジットが【原作/出崎統・杉野昭夫】となってるから。
彼と杉野さんが原作者として明記されたのは、多分生涯でこれだけじゃないかな?
どうやら、御二人で長年温めてきた企画だったらしい。

・・という書き方をすると、まるで出崎⇔杉野が超仲良しのように思われるだろうが、いやいや、確か出崎さんは以前に
杉野とは一度も会話しなかった年は結構ある
と言っていて、どうやらプライベートの交流とか全くなかったみたいだね。
そういや、漫才師のコンビも「相方とは楽屋で全く会話しない」というのが結構多いらしく、コンビというものは案外そういうものかもしれない。

で、肝心の「白鯨伝説」の内容についてだが、これが正直よくない・・。
序盤はまだいいんだが、ぶっちゃけ後半にいけばいくほど作りが雑になってきて、最後は尻切れトンボっぽく終わる。
どうやら、途中で一回打ち切りになったみたい。
それを強引に制作会社を変えて復活させ、何とか完結までもっていったようなんだが、その復活後の出来こそがホント見るに堪えない。
こういう酷い出来になってしまったこと、おそらく何らかの事情があったんだろうけど・・。

「白鯨伝説」主人公・エイハブ船長

物語の内容としては、スペースオペラです。
SF版「ガンバの冒険」SF版「宝島」をイメージしてもらえばいい。
実際、主人公のエイハブ船長は「宝島」のジョンシルバーをそのまんま転用したようなキャラだし、それを「ガンバ」っぽくアレンジした感じかな?
冒険記としての出来は正直「ガンバ」や「宝島」に全く及ばず、特筆すべきものはさほどない。
ただ唯一、この物語の世界観の中で

重罪人は政府によってアンドロイド化されて不死になり、永遠に政府の意のままに労働させられる奴隷となる

という残酷な設定は、とてもよかった。
実はこの要素こそが、ラスボス「白鯨」の謎を握る最大のキモだったわけで。
ここをドラマとしてシリアスに掘り下げていけば確実に傑作となったはずだが、なのになぜか後半にいけばいくほどシリアス感がどんどん消えていき、むしろコメディ要素がどんどん増えていくという最悪の演出に・・。

コメディ要素についてはギャグが思いっきり寒く、全く面白くない

多分、この作品の出来は、出崎さんとしてもかなり悔いが残ったんじゃないかな?

・・というのも、この作品であまり消化しきれなかった「政府の意のままに労働させられる奴隷」という設定を核とし、出崎さんは08年、「白鯨伝説」のリベンジとばかりに新作SFを作ったのよ。

それが、この作品↓↓

「ULTRAVIORET CODE044」(2008年)

ULTRAVIORET CODE044」、この作品はマイナーだから、見た人ほとんどいないんじゃないか?
でもね、私は「白鯨伝説」より、こっちの方が断然好き。
イメージするなら

「攻殻の草薙素子を出崎統が演出してみると、大体こんな感じになります」

といった感じである。
いやホント、草薙がよくいう「私のゴーストが囁くのよ」というやつ、この作品のヒロイン・044も「謎の声」を聞き、その声の謎を辿っていくというストーリーである。
で、この作品って、実はミラジョボビッチ主演「ウルトラヴァイオレット」のアニメ化企画なのよ。

「ウルトラヴァイオレット」(2006年)

といっても映画とはストーリーの繋がりなどなくて、ほぼ出崎オリジナルである。

で、このヒロイン・044ってのが実に哀しいキャラでねぇ・・。
政府にクローンとして人為的に誕生させられて、さらには吸血鬼ウイルスに人為的に感染させられて、その後は政府に命令されるままに暗殺を実行してきたというエージェントなんだ。
で、ウイルス感染者というのは余命が短いという設定で、044もあと1~2年以内には寿命が尽きる運命にある。
これが、何とも哀しい。
なぜなら、

出崎さんはこの作品を作る前、肺癌で余命宣告されてるんだから。


いや、逆に、余命宣告されたから本作を作った、といった方が正しいのかもしれん。
驚くのは、出崎さんはこの時、癌の治療を拒否した上で作品制作に入ってたそうだ。
なぜか?
抗ガン剤なんか打たれたら、仕事にならないからだろう。

「病院のベッドで死ぬよりは、むしろスタジオで死にたい」

この人、やっぱ矢吹丈だわ・・。


私が思うに、この「ULTRAVIORET CODE044」って、出崎さんにとっての「終活」だったじゃないかな、と。
彼は敢えて古巣のマッドハウス(親友・丸山正雄の会社)に戻り、久しぶりに盟友・杉野昭夫と組み、かつてふたりが「悔いが残ったこと」に回帰し、敢えて「白鯨伝説」のリベンジをやろうじゃないか、と。
どうやら丸山さんも杉野さんも、出崎さんの癌のこと理解の上でここに臨んでいたらしい。

皆さんも、もし機会があれば「白鯨伝説」と「ULTRAVIORET 」を2つセットで視聴してみてほしい。

「白鯨伝説」のアンドロイド

「ULTRAVIORET」のクローン

この2つ、完全に同義のモチーフだということに気付くと思う。
そして両作とも

「いかに生きるべきか、いかに死ぬべきか」


というテーマで、出崎さんの死生観がそこにしっかりと刻まれてるんだよね。

きっと、末期癌の状態だし、めっちゃ体しんどかったと思う・・。

それでも「ULTRAVIORET」をきっちり仕上げ、さらにその翌年、出崎さんは「源氏物語千年紀GENJI」を作ってるというタフネスっぷり!

「源氏物語千年紀GENJI」(2009年)

これ、ホントいうと最初の企画は大和和紀先生の「あさきゆめみし」アニメ化だったらしいのね。
でも、大和先生が途中で「思ってたんと違~う!」とキレて原作を撤収したらしく、残された出崎さんは「でも、せっかく絵コンテあるし、オリジナルということにして作ろう!」という流れになったとやら。
これ、末期癌の人間のバイタリティじゃないよな(笑)。
私なら、大和先生キレさせた時点で心折れるよ・・。

きっと、こういう出崎さん晩年の作品って皆さん案外ノーマークなんだろうけど、できることなら是非一度ご覧になってみて下さい。

なんせ、彼が自身の命を削ってまで作った作品なんだからね!


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