まだまだオワコンじゃない!「北斗の拳」
今回は、名作「北斗の拳」について書きたい。
これ、アニメとしても相当古いんだよね。
「北斗の拳」全109話(1984年)
「北斗の拳2」全43話(1987年)
合計152話は、いくら何でも長すぎてハードルが高い。
それに、ぶっちゃけると80年代制作だけあって、作画の質があまり良くないんだ。
じゃ、見る必要はないのかというとそんなことはなく、やはり一番の見所は次回予告、および数多くのモブを担当するレジェンド声優・千葉繁の神演技である。
その代表的なところは、こちらにまとめられてます↓↓
千葉さん、相変わらずサイコーだね(笑)。
彼はモブだけじゃなく、「北斗の拳2」ではちゃんと名前のあるラスボス的な役もやっていて、確か名はジャコウだったと思うけど、そのゲスっぷりもサイコーでしたよ。
ただし、その役をやりながらモブの役も掛け持ちしてたみたいで、あちこちに千葉さんの声が出てくる「千葉祭り」状態の時は混乱するんだけど・・。
しかしまぁ、全152話を見るのは正直メンドくさいだろうし、時間短縮という意味も含めて、2006~2008年に制作された「真救世主伝説」シリーズを今回はお薦めしておこう。
①「真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 殉愛の章」(2006年)劇場版
②「真救世主伝説 北斗の拳 ユリア伝」(2007年)OVA
③「真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章」(2007年)劇場版
④「真救世主伝説 北斗の拳 トキ伝」(2007年)OVA
⑤「真救世主伝説 北斗の拳 ZERO ケンシロウ伝」(2008年)OVA
これはね、やはり80年代制作のに比べて格段に作画がいいよ。
あと、音楽を梶浦由記が担当してるのもポイント高い。
梶浦さんの音楽がつくだけで、ドラマの荘厳さが何倍にも跳ね上がる。
ただひとつ不満があったのが、声優だね。
これは①と③が劇場公開で、そのプロモーションの意味だろうが敢えて声優本職じゃなく、有名俳優を起用してるのよ。
ケンシロウ⇒阿部寛
ラオウ⇒宇梶剛士
ユリア⇒石田ゆり子
まぁ、阿部さんは地声が低音だから及第点として、問題は宇梶さんだね。
なぜ彼がキャスティングされたのかもよく分からんけど、彼は声がモソモソしてて、セリフに重厚感がまるでないよ。
サウザー役が本職の大塚明夫さんだっただけに、印象としてはサウザーの方が断然強そうな感じだったよなぁ。
ラオウ「名もいらぬ。光もいらぬ。このラオウが望むものは拳の勝利(モソモソ)!」
ラオウ「このラオウ、天に帰るに人の手は借りぬ(モソモソ)!」
ラオウ「我が生涯に(モソモソ)、一片の悔いなし(モソモソ)!」
ただ、最後の方になるとこのモソモソ感が逆にクセになってきちゃって、「宇梶ラオウ、ありだな・・」と感じるのが不思議である。
なんていうかさ、宇梶さん、正直めっちゃ熱演なのよ。
尻上がりにどんどんうまくなっていくし、最後には「宇梶頑張れ!」と応援してたのは私だけじゃないはず。
多分、宇梶さん自身、ラオウのことが大好きなんじゃない?
確か宇梶さんって、日本最大の暴走族ブラックエンペラー7代目総長だった人だよね。
めっちゃ喧嘩強かったらしいし、リアルラオウですわ。
きっと、そういう意味の人選だったんだろう。
そして、ユリア役の石田ゆり子さん。
この人、なぜかアニメに縁があるんだよね。
宮崎駿、高畑勲、両巨匠からヒロインに抜擢された女優って彼女ぐらいじゃない?
ただ、「もののけ姫」のサンは、個人的には今でもミスキャストと思ってるけど・・。
ユリア役にしても、なんかちょっと違うかな、と。
つーか、リン役に坂本真綾を子役起用という無駄使いするぐらいなら、もういっそのこと、坂本さんをユリア役にしとけよ。
さて、これは「真救世主伝説」シリーズとはまた別の、86年制作の映画。
ちょっとした隠れ名作である。
その内容は、大まかにいうと
ユリアをシンに奪われる⇒ジャギを倒す⇒シンを倒す⇒ラオウと闘う
という展開になってて、それを僅か110分にまとめてるというお得なパックなんだわ。
しかも、オチは完全に映画オリジナル。
「真救世主伝説」シリーズは「ラオウ伝」「ケンシロウ伝」「ユリア伝」「トキ伝」といった感じだったけど、この86年版に敢えて名前を付けるなら「リン伝」だね。
とにかく、リンが凄い。
そして、かわいい。
そうだな、分かりやすく内容を説明するなら
ラオウ=海原雄山
ケンシロウ=山岡史郎
リン=栗田ゆうこ
といったイメージね。
なぜか知らんが、ラオウはリンに優しいという謎設定・・(笑)
この映画、最後はリンが全部おいしいところを持ってく意外なオチなので、是非本編を見てそれをお確かめください。
ただ、テレビ版に比べるとグロ表現がキツイので、あまり油断しないでね。
はい、上の画が原作/武論尊先生と作画/原哲夫先生です。
この武論尊先生って、全体プロットを完成させないままで連載に入るという人らしいね。
つまり起承転結であったり、最後のオチを決めずに物語を書き始めるっぽいのよ。
えぇっ?そんなテキトーなのでいいのか?と思うけど、実際それでヒット作を生み出せてるんだから、我々がどうこう言うべきものでもないさ。
しかし、なぜ敢えてプロットを完成させないまま始動するのかについてだが、これはそうすることで読者のリアクションを見ながら物語を変化させていく、その余白を最初から作っておくという意味かと。
つまり、市場ニーズに合わせた物語作りだ。
作家自身の「作家性」はひとまず置いといて、それよりも読者が喜ぶことを第一義とする。
なるほどね・・。
ある意味集英社っぽいといえるが、しかしこういうのは集英社のみならず、アメリカのTVドラマなんかでも意外とそういうやり方らしいじゃん。
ドラマ開始時点では、最後のオチなど何も決めていない、とのこと。
なぜって、そういう長期計画を準備したところで数字が悪ければ即打ち切りになる世界だし、そんな計画通りにいかんよ、ということらしい。
確かに連載漫画の世界にも打ち切りがあるし、そんな先のこと考えるより、まずは目の前の今月をどう乗り切るかの方が大事、ということだろう。
で、その結果として、上の画のような当初は構想していなかったラスボス、「ラオウの兄・カイオウ」みたいな新キャラが出てきちゃうのよ。
こういうのは、賛否両論あると思う。
あと、「ユリアが実は南斗最後の将だった」とか、「リンが実は天帝の双子の妹だった」とか、こういうのもテコ入れとして途中から作った設定だったんじゃない?
なんていうかな、途中で色々設定を足していくもんだから、物語の全体観としては後半にいくほど設定が渋滞し、明らかにバランスがおかしいんだよね。
う~ん、やっぱり設定だけは、ちゃんと最初に完成させとこうよ。
さて、最後にご紹介するのはOVA「新北斗の拳」(全3巻)です。
これは、原作本編終了後のケンシロウの活躍を描いたドラマである。
脚本を、元ジャンプ編集長・堀江信彦さんが手掛けている。
この人は「北斗の拳」連載時に担当編集だったんだよ。
そしてこのOVAの見所は、まずケンシロウの声を子安武人さんがやってるということ。
あと、ケンシロウが珍しくクルマの運転してることだね。
昔は黒くてデカい馬によく乗ってたが、今回は主にジープを運転してる。
しかも、めっちゃ運転がうまいよ(笑)。
あの華麗なドライビングテクニックを見る限り、彼は普通自動車免許持ってるね。
昔(核戦争前)は教習所にも行っただろうし、当然免許の更新にも行ってたと思う。
で、そんなケンシロウが闘う今回の相手は、なぜかGacktなんです。
だけど、ドラマはちゃんとしてるので、ご心配なく。
あ、内臓や脳ミソが飛び散るグロ表現があるので、そこは気をつけて。
で、この作品は意外と「設定」がちゃんとしてるというか、もともとこれは核戦争後の世界だという基本に立ち返って、「放射能による汚染水問題」というところにメスを入れてるんだ。
汚染されてない、綺麗な水がいかにこの世界で大事なものか、ということが描かれる。
当然、水源を押さえるには実力行使しかないわけで、そこを所有できるのは武装集団なわけよ。
よく「北斗の拳」を見て「何でラオウやサウザーは軍隊を組織したんだ?」と思ってた人もいるだろうが、つまりあれは「いかに水源を押さえるか」の戦争だったわけだね。
そして軍隊は、最終的に数がモノをいう。
1万の軍は、10万の軍に勝てない。
で、今回のOVAではその「数の論理」を取り上げて、
最も人数が多い「民」を動かせる奴が実は一番強いんじゃね?
という、画期的な切り口をしてるんだよ。
それも「宗教」という形で「民」を信徒化できたら、その信徒たちは死すら「殉教」として恐れなくなり、それは完全に軍を超越した、最強の士気である。
その狂気の前では、もはや個人の拳法の強さですら霞んでしまう。
これってある意味、戦前の「天皇陛下万歳」神国・日本、もしくは今の時代の中東自爆テロ組織の姿そのもの。
おぉ、「北斗の拳」もいよいよここまで社会派の作風になってきたか・・。
モヒカン武装軍団vsカルト宗教の武装蜂起
さて、どちらが勝つのか?
それは本編をお確かめください。
ぶっちゃけ、今回さほどケンシロウは活躍しません。
いや、こういうケンシロウがメインにならない「北斗の拳」って逆に面白いな、と思ってね。
こういう「キノの旅」っぽい作風、是非シリーズ化してほしいものである。
なんつーか、「北斗の拳」はまだまだオワコンじゃないわ。
それだけは確かである。