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岩井俊二が示してくれた、日本アニメの新たな可能性

今回は、岩井俊二監督のアニメ「花とアリス殺人事件」について書きたい。
私は邦画が結構好きで、中でも岩井俊二はやはり特別な存在なのよ。
1995年制作の「Love Letter」、あれは不朽の名作だよね~。

お元気ですか~?

「Love Letter」より

「Love Letter」ファンなら誰しも、雪が積もる度にこれをやるものである。
私も、しょっちゅうやる。
この映画は国内のみならず韓国で大ヒットし、後の韓流ドラマ純愛ブームを作ったとされている。
岩井俊二の何がいいかって、その映像の質感なのよ。
テレビドラマと違うのはもちろんだが、ハリウッド映画とも明らかに違う。
彼の映像の特徴は、自然光の逆光照明。

作品では必ず逆光が多用され、もやっとした質感になっている

なんか、いいんだよな~。
確かこの人、映画の絵コンテの完成度が凄いって話題になってたよね。

「Love Letter」の絵コンテ

こんなの、ほとんど完成された漫画じゃん。
聞けば彼は横浜国立大教育学部美術科卒業らしく、もともと絵はうまいんだろう。
この感じからして、彼が映像表現として時にアニメを選ぶことは、いうほど不自然な流れでもなかったのかもしれない。

「花とアリス」(2004年)

「花とアリス」もまた、彼の代表作のひとつである。
蒼井優がいいんだよな~。
で、アニメ「花とアリス殺人事件」はこの本編の前日譚であり、なぜアニメにしたのかといえば、当初ヒロインたちが小学生という設定にしてたらしくて、さすがに蒼井優や鈴木杏ほどの芸達者でも小学生演じるのは無理だろ、ということでアニメにするという企画になったそうだ。
まぁ実際は中学生設定に変更されちゃったので、ホントはアニメにせずともいけたんだけど・・。

私がこのアニメを見て何を驚いたかって、アニメなのにちゃんと岩井俊二の映像になってるということだよ。
というか、明らかに普通のアニメとは違う作りである。
聞けば、「ロトスコープ」という特殊な手法を使ってるという。
これは、ようするに一回実写で映像を撮り、その映像をトレースして今度はアニメにする、という二度手間になる作り方である。
以前、「惡の華」で試したやつだね。

アニメ「惡の華」

「惡の華」は生々しくて気持ち悪かったけど、「花とアリス殺人事件」はキャラデザがそれなりに可愛いので、気持ち悪くはなかった。
それにしても、このやり方って実写映画撮るよりもコスト割高になるんじゃない?
大体「ロトスコープ」のアニメがさほど多くないことを考えても、「実写は実写として作る」「アニメはアニメとして作る」という手法の方が、結局は一番安定するんだと思う。
いや、それでも岩井俊二のように特殊な映像を作る人の場合は、お手本映像を提示して「この映像を忠実にアニメで再現して」という手法の方がハマるのかも?
それにこの手法なら岩井俊二に限らず、北野武や三池崇史や園氏温といった人たちでもアニメを作ることが可能な気がする。
あとは、その実写映像がどこまでアニメとして再現可能なのかということだが、いまどきの技術ってものをナメちゃいかん。
だって「花とアリス殺人事件」は、きっちり岩井俊二の色が出てたもん。

上の画は作品の中のシーンだが、こういうのを見て「描き込んであるなぁ。さぞ、優秀なアニメーターさんたちを揃えたんだろう」と普通は思うよね。
ところが、違うんだ。
実際これを手描きしたのは、Twitterで募集した100人ほどの一般人なんだってさ。
プロのアニメーターではない?
私も「ロトスコープ」という手法をよく分かってないんだが、どうやらこの手法はアニメーターのプロの技巧が求められるものではないっぽい。
ただ単純に、お手本映像を忠実にトレースする作業なんだろう。
といっても、これにはCGクリエイターも絡むので、そっちの人たちはさすがにプロゆえ、「忠実にトレース」だけを要求する監督に対してブーイングが出たそうだ。
プロのクリエイターの矜持として、それは分からんでもない。
それでも岩井監督は、ひたすら「忠実にトレース」をゴリ押ししたらしい。

↑↑の動画は、岩井監督が「花とアリス殺人事件」に先駆けて、TOWNWORKのCMとして作ったショートアニメである。
これが、おそらく彼にとっての初監督アニメ作品。
この最初の制作を経た彼は、たとえCGクリエイターと喧嘩になっても、自分が撮った映像をただ「忠実にトレース」させるというやり方をベストと確信したようだ。
こうなると、作画の現場はクリエイティブな要素抜きの機械的作業になる。
「こうした方がよくなるのにな」と思っても、監督がそれを受け付けないし。
監督も監督で、現場が機械的作業に没頭できるよう、実写映像には細部まで注意を払ってたようで、たとえばこんなことをしてるのよ↓↓

これは何かというと、普通に実写映像をトレースすると人物の目というものはアニメ的にはサイズが小さすぎてバランスが悪くなるらしく、敢えて撮る段階から役者たちが「アニメサイズの目」を付けて撮影したんだそうだ。
・・めんどくせえな、おい。
おそらくプロのアニメーターなら、いちいちこんなことせんでも自身の裁量で目のサイズの修正ぐらいするだろうに。
ただ、こういうのも岩井俊二の「映画監督としての矜持」なんだろう。
自分が撮った映像は完成品なんだから、君たちの裁量で絶対にイジらないでね、と。
その一方、撮影現場でヒロインの子が台本にないアドリブをかました時は、それをOKして結局アニメ化されたそうだ。
なるほどねぇ・・。
ああ、そういやひとつ、気になるシーンがあったわ。
それは冒頭の、アリスが自宅の2階から転落し、それを引っ越し業者の男性が受け止めるシーン。
なんか妙にその落下の仕方が不自然だったんだけど、多分あれは撮影の際に
ワイヤーを使用したんじゃないだろうか。
ゆえに、手描きした人たちはそのワイヤーアクションっぽい偽物臭さまでも「忠実にトレース」したんだと思う。
あのシーンだけは、プロのアニメーターなら絶対に許さないレベルの出来だったと思うよ。

このアニメ映画は、見たことある?
「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」
元ネタは岩井俊二のテレビドラマで、奥菜恵主演のやつ。

アニメの方は総監督が「化物語」「まどマギ」の新房昭之で、そこそこ評判もよかったと思う。
ただ、これは元ネタを忠実にトレースしたわけじゃなく、かなりアニメ的なファンタジーっぽい味付けをしてあるのよ。
そりゃそうだよね。
せっかくアニメ化するんだから、アニメでしかできないような表現しなきゃアニメ化する意味がないし。
で、岩井俊二も当時それを了承したんだろう。
しかし、「花とアリス殺人事件」になると話は変わってきて、今度は自分の名前を冠した作品なんだから、岩井俊二100%の純度でなければならない。
その為に、彼は「アニメでしかできない表現」に対する欲をばっさり捨てたんだ。
そう、厳密にいえば、これはアニメじゃないかもしれない。
アニメっぽくは見えるが、アニメ的表現を一切してないもん。
じゃ、「花とアリス殺人事件」はアニメとしてダメな作品だったのか?
・・いや、これが作品としてはめちゃくちゃ完成度高かったのよ。
ぶっちゃけると、アニメ「打ち上げ花火」より「花とアリス殺人事件」の方が断然面白かったし。
「アニメとして」という話じゃなく、あくまで「作品として」だけどね。

結論からいうと、私は「ロトスコープ」アニメはありだと思う。
いや、もちろん、これが王道となることはあり得ないのは分かっている。
ただ、この制作方法が生きる作品もあるんじゃないか?
具体的にそれがどんな作品かと聞かれても、今はまだよく分かんないけど。
どっちかというと、コアなアニメファンじゃない人ほど、こういうアニメに好感を抱くと思う。
みんな等身大で、萌えキャラとか絶対出てこないもんね。
おそらく岩井監督も、この作品をアニメファンに向けて発信したつもりなどないだろう。
どっちかというと、対象は「花とアリス」ファンである。
あ、言っとくけど、このアニメへの私の高評価は「花とアリス」ファン補正が入ってるよ。
まぁでも、「花とアリス」を見てた人はこのアニメも見といたほうがいいと思う。
あと、元ネタもこの作品も見たことないという人は、是非2つまとめて見てくれ。
そうだな、まずアニメ見て、その後に「花とアリス」見た方がいいかな。
その方が時系列に沿ってるし。
私は、今後も岩井監督のアニメ作品に期待したいし、できればまた別の映画監督のも見てみたい。
たまたま岩井監督は「忠実にトレース」の方針だったが、また別の監督ならそうとも限らんし、たとえば園子温のエログロ表現なんかはアニメ向きなんじゃない?
エフェクト入れられるし、たくさん画に描き足せるのはアニメの強みだよ。
私はアニメ版「愛のむきだし」、是非見てみたいけどね。


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