「ストリートファイターⅡ」に見る、杉井ギサブローの信念
私は、日本のアニメの土台を作ったのって、東映アニメーションと虫プロ、この2大勢力だと思うんだよね。
前者から高畑勲や宮崎駿が輩出され、後者からは出崎統や富野由悠季が輩出されている。
他に黎明期の大手としては東京ムービー(現トムスエンタテインメント)というのもあるけど、ここは「あしたのジョー」「エースをねらえ」等の名作は元虫プロの出崎さんによるものだし、看板である「ルパン三世」にしても元東映の大塚康生さんが育てたもので、どことなく「他人のフンドシ」感があるんだよね(笑)。
で、この人↑↑を知ってる?
「装甲騎兵ボトムズ」等の監督で知られる高橋良輔さん。
この人も出崎/富野同様、虫プロの出身だね。
彼は何となく地味だけど、実はめっちゃ重要人物である。
ご本人はかなり謙虚で、
「常に近くで出崎統や富野由悠季を見てきて、自分が凡人(ああいう天才にはなれない人間)だと自覚した」
みたいなことを臆面もなく語ってるんですよ。
・・いやいや、私から見りゃ、あなたも十分すぎるほど天才なんだけど。
「ボトムズ」シリーズなんて、ある意味では「ガンダム」ともタメ張ってるじゃん。
まぁ、それはともかくとして、高橋さんのエラいところは
「自分は才能がない」⇒「なら、イチから勉強しよう」
という実直な判断をしたことであり、マジで「アニメーションとは何か?」「その成り立ちは?」というところから勉強を始めたらしいのよ。
どうやらこの人、若干モチベが曖昧な状態でこの業界に入った経緯らしく、特にこれまで漫画/アニメをよく見てこなかった人らしい。
つまり「オタク」ならぬ、「ニワカ」出身のアニメ作家というやつさ。
たまに、そういう人いるよね。
明らかに社会人デビューというやつ。
でもさ、私の知る限りだと、こういう「社会人デビュー」タイプの作家が後に大バケすることって結構多いのよ。
「あなたは、今までどんなアニメを見てきましたか?」
「え~と、『ドラえもん』と、あとは『サザエさん』です」
こういうタイプ、逆に大ブレイクするのがお約束だからね。
で、高橋さんは勉強の甲斐もあって、いまや「最も日本アニメ史に精通したアニメ界の権威」みたいな存在になっており、大阪芸大の教授まで務めている。
まぁ彼自身、日本アニメ黎明期の生き証人でもあるから。
でね、そんなプロフェッサーである高橋さんが絶賛してる作家のひとりが、杉井ギサブロー監督なんですよ。
この人は凄い、と。
杉井ギサブロー。
私の印象として、「虫プロで最も手塚治虫の信頼厚かったアニメーター」といったところだろう。
そのへんは、出崎さんや富野さんやりんたろうよりも格上というか、もはや別格というべき存在感だったかと。
おそらく、彼の作品で一番有名なのが「タッチ」なんだが、少し興味深いのは、案外多くの人が
「タッチ」=杉井ギサブロー
と認識してないということ。
「あしたのジョー」=出崎統
「銀河鉄道999」=りんたろう
「ガンダム」=冨野由悠季
などはきっちりと認識されてるのに、なぜか「タッチ」は=あだち充としか認識されてない感じがするわ。
そこが、研究者である高橋さんあたりは歯がゆいみたいだね(笑)。
高橋さんは、こうも言っている。
「『タッチ』独特の『間』を完成させたのは、(あだち充先生よりもむしろ)杉井ギサブローですよ」
そこには、激しく同意したい。
じゃ、私なりの杉井ギサブロー論をひとつ。
杉井さんは、1940年生まれである。
富野由悠季や宮崎駿の1コ上、ほぼ同年代といっていいだろう。
ただ、彼らにとって杉井さんは大先輩なのよ。
なぜなら、富野さんも宮崎さんも大卒であるの対し、
杉井さんは中卒(高校には行ってないらしい)でアニメ業界に入ってるから。
この差は、結構大きいと思う。
考えられるかい?
17歳で、もう東映アニメーションに入社して「白蛇伝」制作に携わってるんだよ?
・・どんな17歳やねん(笑)。
富野由悠季や宮崎駿さんが大学で左翼運動に出会ってた頃、杉井さんはもう現場でバリバリの戦力だったわけよね。
彼はほどなくして東映を辞めるんだが(そして虫プロへ)、その退職理由は「社内で労組運動が出てきたから」だと言い、つまり、彼は左翼運動とかに全く興味ない人だったんだ。
いかにも、草食系の杉井さんっぽいでしょ?
「全共闘世代」でありつつも全共闘には無関心で、そこは日大の執行委員長だった富野由悠季、「赤旗」に連載抱えていた宮崎駿とは真逆のスタンスである。
だからなのかな、杉井さんの作る作品は、富野さんや宮崎さんの作品みたくねっとりとした湿感がないのよ。
どこか乾いてるというか、さらさらしてるというか、枯れているというか、いや、そうところが杉井さん最大の売りともいえるかな。
作品には変に熱いイデオロギーを込めたりはせず、ただ淡々と画を動かしていく感じ。
そういうところを「つまらん」と解釈する人もいるだろうね・・。
私は、むしろサイコーだと思うけど?
正直、この人ほど「匠」という呼び名が似合うアニメ作家もおるまい。
で、今回皆さんにぜひお薦めしたいのが、映画「ストリートファイターⅡ」なんですよ。
どちらかというと「静」のイメージが強い杉井さん(やっぱ『銀河鉄道の夜』のイメージあるからな~)だけど、この作品では珍しく「動」の演出をしてるんだ。
らしくないといえば、らしくない。
一体どういう経緯でこの仕事を受けたのか不明にせよ、でも彼は「匠」ですから。
「動」であっても、きっちりと「ギサブローらしさ」みたいなものを残している。
このてのバトル描写、私は見ながらついつい
「あぁ~、出崎統なら絶対こんな演出しないよな~」
とか考えちゃって・・(笑)。
うん、本来この「ストリートファイターⅡ」、演出させるなら出崎さんの方が正直ピッタリだったと思うんだわ。
止め絵、ハーモニー、3回PAN、逆光照明など、そういうのってバトルシーンでこそ映えるものだし。
なんていうかな、出崎統の演出って、作画としては一種の「手抜き」があるわけさ。
画面全体を均等に描こうとせず、敢えて画面3割ぐらいのところに全精力を注ぎ、あとは技巧でゴマカシを入れる感じである。
ようは、「エフェクト」なんだよね。
エフェクトというとデジタル分野と捉えられがちだが、出崎さんがやってたのはアナログのエフェクト。
アニメオタクほどエフェクト大好きだから、たとえば金田伊功とか板野一郎とかなかむらたかしとか、もはや神様扱いでしょ?
私もそれらは大好きなんだけど、しかし「匠」杉井ギサブローは、そっち系じゃないんだ。
彼は、とにかく「きっちりと描く」が基本。
この「ストリートファイターⅡ」でも、「ここまで精密な背景描くこと必要なのかな」と思うほど、東南アジアの町をリアルに描き込んでいる。
あと、アクションシーンも無駄にエフェクトを入れない。
とにかく殴る、蹴るの基本動作をきっちり描き、そこにゴマカシがほとんどないんだわ。
いうなれば、昔の香港映画みたいな感じ?
上のようなアクションシーン、今なら様々なデジタル処理が可能で、もっと何らかのエフェクトを入れて画としての「映え」を作るよね?
でも、昔はそういうのが無かったので、アクションシーンは役者がとにかく頑張るしかなかったのよ(笑)。
特に香港映画はジャッキーチェンが異様に頑張ってくれるもんで、撮る側はヘタなエフェクトとか敢えて入れなかったわけさ。
ゴマカシ(VFX)がない、そこが香港映画の良さだったよな~。
そう、杉井ギサブローのやり方って、まさにそれなんだ。
「エフェクトに頼らず、画に頑張ってもらう」
なんと誠実なバトルアニメだろう。
・・いや、厳密には波動拳(かめはめ波みたいなやつ)はエフェクトありきなんだが、それは勝負所の最後にしか使わない。
こういうところ、杉井さんらしいよな~。
皆さんにも「匠」のアクションアニメとはどんなものか、ぜひ本作をご覧になっていただきたいと思う。
いうなれば、
「良い肉は、ヘタに小細工せず、塩コショウだけで食べる」
「新鮮な魚は、ヘタに調理せず、お刺身で食べる」
ギサブロー流は、そういうスタンスなんだと思う。
そうそう、私が昔、香川県に行った時、当然観光客の我々はうどんを食べるんだけど、地元の人たち(うどんのクロウト)は我々と違い、天ぷらうどんとか肉うどんとか食べないんだよね。
彼らが食べてるのは、圧倒的に釜揚げうどんか生醤油うどんだった。
つまり、「具なし」である。
うっわ~、クロウトはかっこいい~、と思わず憧れてしまった。
最後に蛇足にはなるが、杉井ギサブローを味わえる小作品をもうひとつ。
この作品、皆さん知ってる?
全12話を各々違う監督/声優で作ったショートアニメで、杉井さんは第2話を担当。
脚本は岡田磨里、江古田ちゃんのcvは朴璐美、ED曲の歌唱は速水奨というトンデモなく豪華な作品である。
ちなみに、他の監督も
・高橋良輔(「ボトムズ」)
・森本晃司(「アニマトリックス」)
・小島正幸(「メイドインアビス」)
・長濱博史(「蟲師」)etc
など名匠揃いだし、彼ら各々が描いた「江古田ちゃん」が画も何もバラバラで、これがなかなか興味深い。
各監督が連動してないからだろうか、原作からとったネタが微妙にカブって江古田ちゃんが何度も同じことやってたりするし(笑)。
しかし作家の比較論として、アニメファンなら必見の作品だと思う。
で、これら12作品の中でも、杉井さんの第2話は飛び抜けて地味でね(笑)。
いや、らしくてこれが逆にめっちゃいいんだよ。
杉井さん、ブレないな~と思った。