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人間の魂の質量は21gってホントなの?「屍者の帝国」
今回は、映画「屍者の帝国」について書いてみたい。
これはSF作家・伊藤計劃先生の遺作のアニメ化であり、フジテレビが企画した「ノイタミナムービーProject Itoh3部作」の第1弾である。
【ノイタミナムービーProject Itoh3部作】
①屍者の帝国(2015年10月公開)
制作:WIT STDIO
②<harmony/>(2015年11月公開)
制作:STUDIO4℃
③虐殺器官(2017年2月公開)
制作:manglobe/ジェノスタジオ
映画公開としては上記の順になってるけど、小説の発表順は全くの逆で、
①虐殺器官⇒②<harmony/>⇒③屍者の帝国という順番である。
遺作となった「屍者の帝国」に至っては、伊藤先生は冒頭の数十頁を書いたところで亡くなってしまったらしく、つまりは「未完」である。
しかし、末期癌だった伊藤先生はこれが未完になるのも想定済みだったようで、「もし俺が死んだら、君が仕上げてくれ」と同じSF作家の友人である円城塔先生に依頼してたそうだ。
実はこの円城先生というのもまた凄い作家で、2012年芥川賞を受賞したほどの人だ。
円城先生は義理堅くも伊藤先生の遺したプロットのメモを基に残りを執筆し、小説を完成。
実質、伊藤先生が数十頁、円城先生が数百頁という比率だからこれを共作といっていいのかも怪しいけど、とりあえず本作は日本SF大賞特別賞受賞、星雲賞受賞など十分に評価され、このアニメ化にまで至ったんだね。
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このアニメ化を企画したのは「ノイタミナ」発足の中軸というべき山本幸治プロデューサーである。
この作品では山本さん、プロデュースのみならず脚本まで書いちゃってる。
私は山本さんのことを詳しく存じ上げないものの、おそらく彼のアニメ嗜好と私のアニメ嗜好はシンクロ率90%以上である。
多分だけど、山本さんって絶対サイバーパンク好きだと思うのね。
思いっきり「攻殻機動隊」にインスパイアされたクチかと。
私もそうだし。
でさ、この「屍者の帝国」はスチームパンクだけど、内容はほとんど完全にサイバーパンクになっちゃってるのよ。
よく草薙が「私のゴーストが囁くのよ」というやつ、そのゴースト探しこそが本作の主題なんだ。
舞台は1870年代で、「ifの世界」である。
そのifとは?
それは、18世紀にフランケンシュタイン博士の研究により屍者技術が確立され、いわゆるゾンビが「便利なアンドロイド」として日常に定着しているという世界観なんだ。
いや、アンドロイドといってもゾンビだから言葉は全く話せないし、自意識もない。
ただの「端末」といった方がいいだろう。
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たとえば、この青年↑↑フライデーはゾンビなんだけど、死んでゾンビ施術を受ける前の姿はこんな感じである↓↓
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全然雰囲気が違うよね。
これが「ゴーストがある人間」と「ゴーストがないゾンビ」の違いなのさ。
主人公は、上の画でフライデーと対峙してる青年、ワトソン。
彼とフライデーの「友情を超えた友情」、つまりBLっぽいテイストがあるんだけど、ワトソンの野望はゾンビフライデーにゴーストを取り戻させることなんだよ。
愛ゆえ、「もう一度君に会いたい・・」と。
このへんは完全にフジテレビならではの独自の味付けで、原作小説にそんな設定はないらしい。
「BANANAFISH」といい「ギブン」といい、フジテレビのBL好きは伝統芸である・・。
一説によると、このワトソン⇔フライデーの関係性、伊藤先生⇔円城先生の友情に対するオマージュ、という見方も・・。
で、この作品は冒頭、ワトソンのこういうモノローグから始まる。
人間は死亡すると生前に比べて体重が21グラムほど減少することが確認されている。
それが霊素の重さ、いわゆる魂の重さだ。
人間の魂の質量=21グラム説、皆さんも一度は聞いたことあるでしょ?
これが科学的事実なのか、あるいは都市伝説なのかもよく知らん。
ちょっと怪しい話だと思う。
21グラムというのは相当な重さであり、ロッテのキシリトールガム20個入りと同じ質量なんだ。
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仮にこの重さが「死の瞬間、ガスが抜けるように体を離れる」とするなら、その気体の質量21グラム分は体積に換算すれば結構なスケールになるぞ?
標準的な「空気」の質量は1リットルあたり1.2グラムとされてるわけだし、仮に魂が気体のようなものだとすると、空気の換算では約17リットルほどのものが死の瞬間に動きがあったということになる。
皆さんの中には、お爺ちゃんの臨終の場に立ち会った、という人もいるかもしれない。
その時、
・・プゥ~!
「あれ?今、誰かオナラした?」
「してないよ」
「そういや、ちょっと臭いような気が・・」
「・・あぁっ、みんな見て、お爺ちゃんが死んでる!」
「うわ~ん!お爺ちゃ~ん!」
という出来事がなかったか?
もし、そういうことがあったなら、その時のプゥ~!という音は魂21グラムが肉体から離れる時の音(ゴーストの囁き)であり、その時に漂った異臭は魂の匂い(ゴーストの臭み)である。
ということにしておこう。
仮に、真相は親戚のおばさんが後ろの方でこっそり放屁してたのだとしても、おばさんの名誉の為にも「あれが21グラムの離脱現象か・・」ってことにしといた方がロマンあると思わないか?
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ちょっと話が脱線したね。
話を元に戻そう。
この作品のひとつのポイントは、制作がWIT STUDIOということである。
WIT STUDIOと組めたあたりが、山本プロデューサーのファインプレーなのさ。
だってこの会社、当時「進撃の巨人」で一大センセーションを巻き起こしてたんだから。
よく考えりゃ、「進撃」も一種のゾンビものだよな?
でもって、「屍者の帝国」の翌年、山本プロデューサーは
ノイタミナ×WIT STUDIO×ゾンビ
の第2弾、「甲鉄城のカバネリ」という企画を立ち上げたんだよね。
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これもスチームパンク×ゾンビというやつで、大傑作といっていいだろう。
もちろん、これの基礎となったのは「屍者の帝国」であり、考えると本作は色々な意味でターニングポイントといえたのかと。
山本さんはこのノイタミナムービーを手掛けたあたりでもう既にフジテレビを退職してて、今ではすっかり古巣と疎遠になってるんだが、よく考えたらフジテレビ、惜しい人材を手放してしまったといえるんじゃない?
数字的には今じゃテレビ東京にすら負けてるという話も聞くし、起死回生を狙うなら山本プロデューサーに頼らざるを得ないでしょ。
「鬼滅の刃」が当たってるじゃないか!と思う人もいるだろうが、実はあれフジテレビとしての儲けはあまりないらしいぞ・・。
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先ほど、この作品はBL系と書いたが、そうはいってもひとりだけ美女キャラが出てきます。
ハダリー・リリスという女子。
彼女、めっちゃ凄いのよ。
音波でゾンビをハッキングするという、もはや19世紀版草薙素子である。
おいおい、スチームパンクで「ハッキング」はおかしいやろ?と思うだろうが、いや、作中には「インストール」という言葉も普通に出てきて、もはや普通にサイバーパンクといっていいんです。
で、サイバーパンクだからこそ、主題の
「ゴーストとは、何なのか?」
に私は惹かれるわけで、このへんはクライマックスが非常に興味深い描写になっていた。
ドラマの終盤、ラスボスがゴーストを組成する為に一体何をしたのかというと、世界中の全ゾンビ(全端末)をみんなひとつに繋ぎ、巨大ネットワークを構成したのさ。
この行為の解釈は難しいところだが、私の解釈としては全部を繋いだことによって人知を超えた「智」が誕生し、その「智」こそがゴーストの本質、という意味だったんじゃないだろうか。
ほら、現実にも「AIに自意識はあるのか?」という議論があるでしょ。
今はないとするのが通説だろうけど、人間の脳とコンピュータは構造がよく似てるものであり、今よりコンピュータのスペックがもっともっと上がればいずれは人間の脳の機能と変わらなくなるかも。
そしたら自意識も芽生えるんじゃないの?というロジックはご理解いただけると思う。
で、「屍者の帝国」のラストでやったことは、世界中の全端末を繋ぐことでハイパースペックコンピュータを作った、という意味かと。
なるほどね。
それが質量21グラムというのは少し納得いかんが、まぁ結論として、
「ゴーストは作れる!」
というオチだったと解釈したい。
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で、ラストシーンはこれですわ。
エンドロールが流れる手前、バッドエンドっぽく終わったのでそこで視聴を終えた人も10人に1人ほどいると思うけど、実はそのエンドロール終了後、大ドンデン返しのハッピーエンド描写があるんだよね。
主人公のワトソンは、新たな相棒・シャーロックホームズとともにベーカー街を走り回っていて、それを遠くから見守るハダリーは現在、「アイリーンアドラー」と名乗ってるらしい。
これ、「ホームズ」ファンなら分かるよね?
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つまり「屍者の帝国」を見終わったら、次は「憂国のモリアーティ」を見るのが最も正しいアニメファンのスタンスである。
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