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Audibleを3ヶ月聴きまくった全記録【三体、横浜駅SF、テスカトリポカ...】

Audibleを本格的に聴き始めてから3ヶ月が経った。

Audible:プロのナレーターや俳優、声優が朗読したオーディオブックやポッドキャストを聴くことができるAmazonのサービス。月額聴き放題プランもあり、対象作品には話題書や定番の名著も多い。

ある程度多くの作品を聴いて(きちんと聴き終えたものは20作品ほどになった)特に面白かったものやおすすめしたいもの、反対にAudibleではなく紙の本が向いているなと感じたものがある。今回は記録も兼ね、ここまで聴いてきた作品をリストアップしレビューを添えてみる。核心的なネタバレは避ける。

♪ピキィン、モワワワァーーン「アウディボゥ〜」

Audibleの最初に鳴るジングル

SF

個人的にAudibleに最も相性が良いと感じるフィクションのジャンルがSFだ。媒体に左右されず文字情報そのものに魅力が宿る作品が多く、それでいてある程度世界観にのんびり浸れるルーズさがある。半分はへーと聴き流しつつたまにやって来る「なに今の、おもしろ!」な瞬間を楽しむのにぴったりだ。

劉慈欣『三体』

今回Audible聴き放題プランをはじめるきっかけとなったのが本作。Netflixのドラマ版が盛り上がっているのに加えSF好きならば絶対に触れておくべきという前評判は聴いていたものの、ハヤカワ印の極厚ハードカバーが醸す貫禄にどうしても書店では手が伸びなかった。しかし朗読ならばどうかと一念発起し挑戦してみたところ、祐仙勇氏の味わい深いナレーションも相まって楽しく聴き切ることができた。

中国近代史全開の冒頭が少々とっつきにくいが、しばらく聴いているとケレン味の効いた科学的謎解きの興味深さと重厚な雰囲気にぐいぐいと引き込まれていく。物語が大きく動き始め「敵」の存在が明らかになる頃には夢中になってイヤホンが外せなくなり「おもしれーーーーい!!!」と叫んでいること間違いなし。

中国本土ではもはやミーム化しているという作品のハイライト「◯◯するな!◯◯するな!◯◯するな!」のセリフ部分など盛り上がる箇所は音声で聴くと臨場感が桁違い。得体の知れない世界に足を踏み入れてしまった感覚にゾクゾクっと鳥肌が立ち、あなたの世界もきっと『三体』に彩られてしまうだろう。

実際の我々が住む世界にこんな事象が訪れたらきっとこうなるだろうなという説得力のあるシミュレーション感に痺れる。どんどん物語は取り返しのつかない方向へ転がり始めていき「え、こんなことになっちゃってどうするの??」となったところでバッサリと終わる衝撃の結末も必見だ。

これでもまだ5冊あるうちの1冊。ゼロ年代SFの傑作、センスオブワンダーの旅をここから始めよう。

劉慈欣『三体Ⅱ 黒暗森林』

勢いそのままに聴き繋げたのが第二作。個人的にはここが一番面白かった。強大な危機に対し苦肉の策「面壁計画」を発動する人類。それを打ち破るべくやってくる刺客「破壁人」。勝利の鍵を(勝手に)握らされてしまった妄想癖でやる気のない主人公ルオジー。キーワードは「黒暗森林理論」。冒頭からオタクくんの厨二心をくすぐる設定がてんこもりだ!

壮大にスケールアップしていく次作と比べまだまだ現実と地続きの世界で描かれる最強の頭脳戦。『DEATH NOTE』さながらに事象の仕組みを逆手に取った騙し討ちに脳汁が溢れまくる。そして三体シリーズでは毎度お決まりとなる終盤の「もうどうにでもなれ!」なぶっこみ具合でお送りするしっちゃかめっちゃかトンデモ大破壊スペクタクルに目頭も熱くなる。映像で見たすぎるぞ。

しかも今回『下』で話がきれーーーいに終わります。一旦ここを読書のゴールとしてもいいくらい、これ以上ないくらいのジェットコースター的爽快感で『三体』が終わるのでとりあえずここまで読んでください。後悔はしません。

劉慈欣『三体Ⅲ 死神永生』

もう終わったじゃん……。終わったと思ったのに……。いいえ、地獄は続きます。すべてが最悪で最高の鋭角Uターンをキメて読者に襲いかかってきます。

ここからは作者本人もあとがき等で語っているようにジャンルがガラッと変わる。今までの2作が科学ベースの謎解き戦記モノといった雰囲気だったのに対し、思いっきりアクセル全開のハードSFに。宇宙史上最大規模に残酷な運命が、人類史上最大級に受け身で流され体質な主人公チェンシンちゃんに襲いかかる!バディのエイエイちゃんも溌剌としてかわいいぞ!

まだ劉慈欣にエンターテインメントをつくる親切心が残っていた前作までと比較すると若干の置いてきぼり感というか、思いついたことを全部とにかくやるんだい!という潔さを感じるぶっ飛び具合が逆に心地よさすらある『死神永生』。終盤はただひたすらに神話的芸術を俯瞰しているような読感が味わえる。『三体』世界の行末をともに見届けよう。

宝樹『三体X 観想之宙』

ここまでくればもうウィニングラン。ショートケーキの最後に残された極上のいちごは真面目に不真面目な最強の二次創作『三体X』です。

『三体』の強火オタク・宝樹氏が『死神永生』を読み終わるや否や、いてもたってもいられなくなり自分なりの解釈を加えて続きを書いてしまったのがこの作品。ファンだからこそ抱いてしまう疑問やら妄想やらをごった煮にして詰め込みパンッパンに膨れ上がった愛溢れるストーリーに仕上がっている。その出来は劉慈欣御大ご本人も認めるクオリティで、立派に『三体』の名を冠して書籍化されることとなった。

本編の方が無機質な語り口で歴史そのものを主人公に据えたような殺伐とした雰囲気だったのに対し、こちらは活気ある登場人物たちが織りなす一大エンタメ活劇に仕上がっている。オタクは作り手の趣味モロ出しで好き勝手やってるスピンオフとか、あのとき実はこうだった的なエピソードゼロみたいなの好きでしょ?それです。

ここまでシリーズを読んできたなら読まなきゃもったいない。本編で謎だった部分や煮え切らなかった部分がちゃんと描かれていて、時には「知らない方がまだ夢があったかも……」と感じる残酷な種明かしもある。ただのファンメイドだとわかっちゃいても面白過ぎちゃって強烈に心を揺さぶるシーンが満載だ。

読んだ感じとしてはアレが近いかな、同人ドラえもんの最終回。二次創作なんだけど……でも良すぎるなコレ……。という。

劉慈欣『三体0【ゼロ】球状閃電』

もともとは『三体』の前に劉慈欣が執筆した独立作品。シリーズの前日譚として歴史が繋がっており共通の登場人物や科学事象が登場するため『ゼロ』の名前で刊行された。

雷のように輝く実在の光球現象「球電」に解釈を加え、人智を一瞬で超える宇宙の壮大さの中でなお尊い科学の営みを描ききる。トンデモ要素が楽しかった本編に比べるとやや現実的で派手さに欠ける印象ではあるが、劉慈欣らしい無機質な語り口や戦争モノっぽいリアリティは健在。『三体』を読み終わって劉慈欣ロスのあなたにおすすめしたい一作だ。

アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

「Audibleならハヤカワの翻訳SFもスラスラ読める」という感動に打ちひしがれるまま『三体』の次に読んだのがこの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』。いやね、これ、抜群に面白すぎる。

「二足す二は?」
 なんだかイラッとくる質問だ。ぼくは疲れている。だからまたうとうとしはじめる。
 数分後、また聞こえてくる。
「二足す二は?」
 やわらかい女性の声は感情に欠けていて、いい方がさっきとまったくおなじ。コンピュータだ。コンピュータがいやがらせをしている。ますますイラッとくる。
「ほろいれるれ」といって自分で驚く。「ほっといてくれ」といったつもりだった──私見ながら、ごくまっとうな反応だと思う──それなのにちゃんとしゃべれなかった。
「不正解」とコンピュータがいう。「二足す二は?」

アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー 上』第1章より

物語はまったくのまっさらな状態から始まり、主人公の男は目覚めると「コンピュータ」から起き攻めの質問を受ける。しかし、口がうまく回らない。ここはどこ?わたしは誰?こんなへっぽこな状態から、人類の命運を背負ったプロジェクトが始まる。

映画『オデッセイ』原作でも知られるアンディ・ウィアーの小説は本当に読みやすい。軽やかでポジティブな主人公の視点で語られる物語はいわゆるハリウッドっぽさ全開。コミカルなジョークとちょっぴりのシリアス、そしてワクワクなアクションと未知の発見に溢れている。まるで良質なエンタメムービーを観るような楽しさがあり、現代SF入門として文句なしにおすすめだ。

前述の『三体』が既存の欧米的大衆SFを裏切るような殺伐とした作りをしているだけに、こちらは反対に際立って安心と愛らしさを感じる仕上がりになっている。作品中盤で誰もが予想しなかったまさかの胸熱展開になっていくのだが(ここは読む前のネタバレを極限まで排除して主人公と同じ驚きを味わっていただきたい)、こんなにも奇妙奇天烈で最高かつ最強な希望の物語は初めてだ。

実は書籍版では最初のページにとある「図」が差し込まれており、これが主人公が序盤で考察して導いていく状況をハナからある程度説明してしまうものになっている弱点がある。またAudibleでは中盤以降のとある"人物"の話しぶりをきちんと音声に落とし込んで再現しているため、文字の情報を超えた深みを作品に与えている。以上の理由から初見は圧倒的にAudibleがおすすめ。涙なしでは読み進められない、大感動のフィナーレが待っている。SFならまずこれを読もう!

(ちなみに『三体』を読んだあとしばらくの間はこの世界が無慈悲で残酷な暗黒森林にしか思えなくなっているので、別の作品でSF描写が出てきても「これは本当に人類の知覚どおりの宇宙だろうか」と余計な疑問を抱いてしまうのが『三体』唯一の欠点である。)

柞刈湯葉『横浜駅SF』

改築・増築を繰り返す横浜駅がいつの間にか自己増殖を始め、本州の99%が横浜駅構内となった日本。脳内決済チップ「Suika」を持たない主人公は自動改札によって追放された人々と掃き溜めのような外界で暮らしているが、ひょんなことから5日間だけ駅構内への立ち入りができる「18きっぷ」を手に未開の「エキナカ」を探る任務を背負うこととなる。

Twitter発で話題に火がつき書籍化されるに至った作者のデビュー作。実在の「JR(作中ではJapan Ruler)」「ICoCa」といった用語にSF的役割を持たせて散りばめ、横浜駅が全てを支配する面白おかしいディストピア世界とその中で真面目に生きる人々のシリアスさがギャップを醸す高等シュールギャグSFだ。主人公の5日間の旅を追うロードムービー的な味付けになっており、鉄道マニアやSFオタクでなくても気軽に読むことができるはず。

アーサー・C・クラーク『2001年宇宙の旅〔決定版〕』

Audibleは早川書房からの古典SFも充実していて、今回はこちらの『2001年』を聴いてみた。もともとキューブリックの映画版は人生ベストに入るくらいに好きな作品なのだが、同時に執筆された小説版を読んでいなかった。

「過剰な説明がマジックを奪う」ため直前になってキューブリックにより省かれたナレーションを含む説明部分も小説では細かく記述してあり、話がわかりやすい。一方で『2001年』の持つ神秘性みたいなものはやはりあの静かな映像が訴えるものには及ばないかもしれないと感じる部分もあった。

とはいえ文庫本では手が出なかった翻訳SFも気軽に聴き始められるのがAudibleの良い点。ほかにも『華氏451度』やフィリップ・K・ディック作品などラインナップが充実しているのでどんどん聴き進めようと思う。

一般文学作品

もちろんそのほかのジャンルの小説も面白いものがたくさんある。個人的に気になっていた3冊をこの機会に読破してみた。

朝井リョウ『正欲』

みずみずしく鋭い感性で現代人の心の歪みを描くのが上手い朝井リョウ氏の本屋大賞ノミネート作品。昨年には映画化もあり読みたい欲が高まっていたところでAudibleの聴き放題を利用してみた。

お得意の群像劇スタイルで描かれる登場人物それぞれの内に秘めた「欲」。かつてはその存在を想像することすら難しかった類の欲望も近年のネット社会の形成によって公の世界へとゆるやかに歩みを進めていくこととなった。マジョリティの社会に彼らの存在が知られたとき、正しさの行く末が主人公たちを揺さぶる。

非常に令和的な雰囲気を纏ったテーマ性だと感じつつ(実際作中では平成から令和への転換が重要なキーとなって登場する)、そこに描かれるのは誰しもが抱える心の奥底と外界との摩擦。全ての現代人のパーソナルスペースをどこかくすぐるバランス感の備わったストーリーテリングが鮮やかで、最後までじっくりと聴き進めることができた。

佐藤究『テスカトリポカ』

生黒い欲望が渦巻くメキシコの街を追われる身となった麻薬密売人バルミロは日本人の臓器ブローカー末永と出会い、己の活路を見出すべく共闘することになる。一方の日本・川崎では社会の受け皿から零れ落ち天涯孤独となった純真無垢な凶器少年コシモがなんやかんやあって暇をしていた。コイツらが出会ったらヤバそうなんだけども!

犯罪にまみれた血みどろのアンダーグラウンド世界にアステカの祝祭的グロテスクが狂気を添える。かつてないほどに残酷で底の見えない漆黒に呑み込まれながら物語が加速していく直木賞受賞のクライムノベル。

異国メキシコを大きな舞台のひとつとして物語が展開していくうえ主人公たちが立ち上げるビジネスの内容があまりにもえげつなさすぎておそらく映像化は難しいはず。お金も勢いもあって海外ロケしまくりな往年の角川映画ならともかく、今の日本ではこの狂気を閉じ込める媒体が小説以外にありません。読むべし、読むべし。ハードボイルドな雰囲気ともったいぶらないグロ描写の応酬が妙に爽やかさを感じさせるのか、読後は意外にもすっきりとした気分になる不思議な読み味も魅力だ。

森博嗣『すべてがFになる』

理系ミステリの金字塔として名高い本作。私は個人的にAudibleとミステリ小説の相性はいまいちだなと感じるが(詳しくは後述)、ネームバリューに負けて初挑戦。流石の内容でしっかりと面白く聴き終えられた。

二人組の主人公、島、密室、トリックといった舞台設定は往年のミステリを踏襲しつつ、そこにあの頃のコンピュータ的エッセンスを加えたギミックが楽しい。魅力的なキャラや印象的なイベントも多く(ナレーションによる演じ分けもコミカルなシーンやシリアスなシーンを上手に演出していた)、真相を知れば気づく仕掛けが至る所に隠されていたりして本当にエンターテインメント性を高めるべく考え抜かれた作品なのだなと感じた。

あまりにもカッコいいタイトル「すべてがFになる」ってそういうことだったのね!その昔PSPを色々とゴニョゴニョやっていた時代のターミナル画面の雰囲気とかを思い出して懐かしくなった。

高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』

食事は誰にとってもありがたいもので正しくなければならないとする価値観に違和感を感じ日々インスタント食品で腹を膨らませる主人公・二谷と、反対に丁寧な食事を神聖視する同僚・芦川さんとの関係を機に物語が展開していく。嫌〜な感じで不穏な空気を纏いながら空転を続ける職場を舞台に現代日本の暗部を浮き上がらせる芥川賞作品。

私も幼少の頃からあまり食事の時間が好きではなく集団でものを食べるのも苦手な食事苦手人間であったため二谷の感じる不快感が生々しく肌を撫でていく。そしてなんといっても「うわ〜〜こういう人がひとりいるときの集団の感じ〜〜」と鳥肌混じりの嫌悪感を抱かずにいられない繊細気質な芦川さんが強烈。でも実際に相対して見るとか弱い感じで可愛く思えちゃうんだろうな、という予感も含めてすごく居心地の悪くなる小説だった。怪作。刺さりました。

浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』

就活の最終選考に集まった六人の大学生たち。成長著しいIT企業への華やかな内定はすぐそこと思われたが、何者かによって投入された「封書」の存在が全ての盤面を狂わせ始める。欲望と嘘が渦巻く狂気の中でたどり着く真実と「裏側」に驚嘆する至高のミステリ文学。

2024年終わりには映画化も決まっているという本作、鮮やかな筆運びと驚きの仕掛けの畳み掛けに最初から最後まで文句なしに面白い一冊だった。ただ単にダークなだけでは終わらない後半戦の存在がこの作品をより満足度の高いものにしていると感じる。

教養書・新書系

細かいうんちくが次々に登場するようなタイプの教養書は暇な時間のAudible読書にぴったりだ。玉石混交の新書も聴き放題プランならひとまず読んで聴き続けるか判断できるメリットがある。

ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』

もともと上巻を河出文庫版で読んでいたので、下巻はAudibleで読了。なぜこの本がこうも囃し立てられベストセラーであり続けるのか、答えは簡単「面白いから」以外にない。人類史をなぞりながら切り口の鋭い説明を加え、示唆に富む筆運びで読者の想像力と知的好奇心を揺さぶる。

個人的にはシンプルかつ大胆な語り口が楽しめる上巻の前半が好みだが、より時代の進む下巻も遜色のない面白さ。続きものではないのでどこから読んでもよい。ちょっとした豆知識の応酬を小耳に挟むような感覚でカジュアルに聴き流せる構成もAudibleという媒体にマッチしていると感じた。

デイヴィッド・ローベンハイマー、スティーヴン・J・シンプソン『食欲人(科学者たちが語る食欲 改題)』

生物の食に関する驚きの事実や意外な豆知識を知ることができる濃密うんちく本。すべての動物が生命をかけて追い求める究極の栄養素・タンパク質をキーに地球を支配する「食欲」の謎を解き明かす。

後田亨、永田 宏『いらない保険』

高齢者として過ごす期間が否応にも長くなる人生100年時代といえど、根拠のない不安感から手当たり次第に保険を利用するのは早計である。仕組みを正しく理解し存在意義を見つめ直すことで、保険は有益であるという前提を疑おう。

インターネットが普及するにともない消費者が容易にあらゆるサービスについて調べ多くの選択肢から比較検討し取捨選択を行えるようになった。それでも「保険」となるといざというとき役立つはずだから、家族が入っておけというから……。など曖昧な立場のまま保険窓口へ赴き、セールストークで不安感を煽られた挙句よくわからずに契約してしまうケースも多いはず。

そんなことにならないために、フラットな視点から保険を解説する生涯お役立ち本。私のように無駄なものにお金を払いたくない人間には読んでおいて損はない一冊だ。

井出留美『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』

軽い潔癖症持ちのせいで「賞味期限一日切れ」のものは余程の空腹でない限り食べない私。そんなことではもったいないかもしれない、と「賞味期限のウソ」を教えてくれるのがこの本。飽食の先進国に生きる私たちにとって胸の痛む「フードロス」「食品ロス」についても考える機会になる。

山田悟『糖質疲労』

脂質はたくさん食べてもOK。そんな驚きの食事法を展開するのが著者の山田悟氏。身体のだるさや眠気に大きく関わるのはとにかく「糖質」とそれを急激に吸収して起きる「血糖値スパイク」で、いかにそれを阻止するかが健康な食事の最重要課題だとしている。

糖質制限、脂質制限、16時間絶食ダイエット、一日5食ダイエット……。世の中に星の数ほど溢れるダイエットが孕む疲労のリスクや負担の大きい食事方法にスポットライトを当て、最新の研究結果から現代的にアップデートされた食事法を伝授してくれる。

つまるところ万人に当てはまる黄金の食事メニューは存在せず、偏った栄養を避けてよく運動しよく睡眠をとることが健康の秘訣なのだろうと感じる。特定の健康食材に頼りきりになったり、特定の栄養素を目の敵にした食事を続けていくのではいずれ身体に不調も現れよう。さまざまな観点から栄養学の知見を吸収し、心もからだも美味しい食事を続けていければ幸いだなと改めて思った。

稲垣栄洋『面白くて眠れなくなる植物学』

初学者や一般読者にも楽しいライトな読み口の生物系ポピュラーサイエンス書を多く著している稲垣栄洋氏のカジュアルな植物学本。ひとつのトピックに対し短い解説がなされるスタイルでどんどんと進むので、ながら聴きで話題を逃しがちなAudibleとの相性が非常に良い。散歩中など常に耳に入れておいてゆるーく聴くのがおすすめだ。

三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

2024年の刊行以来どんどん発行部数が伸び続けている話題書もAudibleで視聴。このタイトルで「ぎくり」とする層が相当いるのだろうなと思うし、かくいう私も同じように「働いているから本を読む時間がない」と思ってしまうひとりだ。

単純な読書術の話にとどまらず労働史と読書史を横断して明かす密接なつながりや通史的な共通点などを指摘し、改めて令和の時代に生きる私たちはどのような読書を続けていけばよいのか、またはどのように働いていけばよいのかを考えさせられた。

隙間時間を狙い撃ちするAudibleという媒体でこれを聴いているのもひとつの社会の写し鏡だろうか。文化的に生きられる生活を長く楽に続けていくために我々は今いちど労働について考えを改めねばならないと感じた読書体験であった。

番外編・途中で挫折した本たち

道尾秀介『N』

ネットを中心に「どこから読んでも成立するスゴい本」として話題になった本作。Audible版でははじめに6編の冒頭部分だけを通して聴き、そのあとで気になるチャプターを自分で選びながら聴く形式となっている(流石に書籍版にある印刷の技巧は再現できないが)。

いそいそと聴き始めたが、次第に思っていたほどの驚きはないことに気づく。確かにそれぞれの話はゆるく繋がっていて、それぞれの情報を補い合うような記述もあるのだが、それが世の中にある群像劇ものの作品や世界観を共有するオムニバス系作品と大きく違う気がしなかった。

そもそも物語自体にあまりのめりこめなかったのも大きい。全体的に薄暗い雰囲気でテンションが上がらず、本書ならではの仕掛けを担う叙述トリックの類をのぞけば一般的な日本のミステリーでしかない。たとえばこれがSFだったり胸糞要素があったりすればまだ好奇心を保って読めたのかもしれないが……。

面白くないというほどでもなく、もし中高生の自分が初めて手に取る叙述トリック本だったなら相当にハマっていたはずだ。2、3編ほどを読んだところで断念。

アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』

人類史上最高のミステリに挙げられる本作。実は今までの人生でアガサ女史の作品を読んだことがなく(そもそも私はミステリ小説に疎い)、この機会に読んでやろうと意気込んだが英語圏の名前を持つ人物が無数に登場し、耳だけでは全く覚えられなかった(ボイスドラマのように複数人による演技があればまだしも、ナレーターひとりの朗読では演じ分けにも限界があり難しい)。

それだけであれば前述の中国SF『三体』も似たようなものだが、こちらはミステリというジャンルの特性上「すべての一文一文がなにか重要なことを言っているかもしれない」ため否応なしに緊張感が付きまとう。だらだらと隙間時間に聴き流すスタイルのAudible読書と合わず、聴き疲れしてしまった。それでいて序盤は登場人物たちがなんでもない世間話をしたりしていて正直かったるい。結末のための前フリを頑張って消化する苦行のように感じてしまい、あまり面白いと感じなかった。

書籍であれば自分のペースに合わせてすらすら読んだりじっくり読んだり、もし覚えていない部分があればページを戻ればいい利点もあり便利だ。ミステリ系(特に読書初心者には人物像が想像しにくい海外のもの)は文字の読書をおすすめする。

講談社ブルーバックス

安心の講談社ブルーバックス本もいくつかラインナップがありどれも抜群に面白いが、理系の内容だからこそ耳慣れないカタカナの専門用語が多かったり数字を扱うことが多い。初学者も初学者、門外漢の私にはAudibleではなく目で情報を補いながらの読み方が向いていると感じた。

ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』

人類史を概観する『サピエンス全史』と並んで人文系のおもしろ名著と名高い本。より文明論に詳しい本書は上述のブルーバックスと同じく、固有名詞や学術用語を視覚に入れながらの方が面白いだろうと踏んで途中で一時停止。文庫版で読んでみようと思う。

木澤佐登志『闇の精神史』

新進気鋭のハヤカワ新書から刊行されている面白そうな本。しかしナレーションを合成音声のデジタルボイスが担っており、あまり聴き心地がよいものではなかったため断念。普段からゆっくりボイス然り合成音声には慣れているはずなのだが……。字幕などがない耳だけの状態ではやはり肉声の日本語にわかりやすさでもう一歩届かない印象であった。

まとめ

Audibleは革命的なサービスだ。散歩中や家事中など手足だけが動いている暇な時間にどんどんと本が読めるのに加え、シチュエーション問わずスマホアプリからいつでも呼び出せるため本を開く億劫さがない。電子データだからこそ読む前に本の厚みを感じさせないため、それまで手が出ていなかった極厚のハードカバー本も勇気を出して聴き始めることができた。

ちなみに本の厚みに相当する概念として総再生時間の記載はある。三体:17時間超の文字を目にした時は流石にとんでもないものが目の前に立ちはだかっている感覚があった。それでも慣れてくれば1.5倍、2倍、2.5倍と早回しで聴けるため意外と早く終わってしまうことが多い。

紙の本ならではの手触りやページを開くワクワク感、装丁や文字の印刷そのものを楽しむ味わいももちろん素敵だし、これからも変わらず本屋で紙の本を買い続けると思う。それぞれに利点があり、向いている作品があることがわかったため、適材適所の新しい選択肢としてAudibleを利用していきたい。

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