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【小説】エンドゲーム
どことなく元気がない気もしたけど、踏み込んだことを聞くのは憚られる。浅沼さんと俺は、そもそもそんな関係じゃない。
「クリテツくんクエスト完了したんだ。かっこいいよねそれ。あたしも欲しいけど複雑すぎん?」
「あーたしかに。十五個もクエストあるしね。寝ないでやって三日かかったわ」
「だから眠そうだったんだ」
深夜二時。
週末を前に久しぶりに帰れまテンでもやろうかって話になってもう四時間が経っている。帰れまテンは某テレビ番組のパクリだが、ゲーム配信者がいうそれは『ゲームで10勝するまで終われない』というものだ。
営業先のパート社員である浅沼さんとは週末にゲームをする仲で、かれこれ一年になる。
『クリリンの徹夜明け』というハンドルネームから『クリテツ』と呼ばれている俺が、自粛期間中に浅沼さんをゲーム上で見つけて意気投合し、現在に至る。
『いちゃもんBBA』というネームは別れた夫がつけたらしい。名前を変えることも出来るのに、「この名前を見て闘志を燃やす」とかなんとかいって使い続けている。きっと未練があるのだろう。
俺がこうしてゲームに没頭するのを、奈緒は快く思っていない。夜は電話で寝落ちするまで話をしたり、同じ時間に同じ映画を観て語り合ったりしたいらしいけど、それのどちらも興味がない。一度無理やり付き合わされたことがあるが、苦痛以外の何物でもなかった。奈緒にとっては、ゲームがそれにあたるらしい。
でも俺は、奈緒がゲームをしなくても別に構わない。趣味が違っても好きだという気持ちがあればいい、そう思っていたからだ。
大学を卒業して奈緒が地元に帰って遠距離になり、会えない日々が続いた。それぞれの生活ペースが違い、週末は時間を取ろうと話していたけど、それもままならない。
せめて寝付くときは話を、と言われても、俺は誰かとゲームをしていて、終わった頃には奈緒も寝てしまっていた。だったらとLINEをつないだままにしておいたら、「呼びかけても全然反応してくれない」と膨れて通話が切られる。
コロナで行き来出来ないことも大きかった。
話をする時間もなく、会うこともなければ自然と気持ちは落ち着いていく。嫌いになったとかじゃなくて、トーンダウンする感じ。
俺は、奈緒のことをまだ好きだ。
ただ、「好き」という気持ちはシールで貼り付けられたみたいに、ペタリと胸にあるだけで、少しずつ色褪せていく。それでも関係は、情というものを支えに続いてくもののはずで、だからこれが今の二人のカタチなのだと楽観的に考えていた。
「もしかして……新しいシール、見つけた?」
一昨日、久しぶりに開いたInstagramで奈緒が投稿しているストーリーに書かれていた言葉だ。『誰に』の主語がないその言葉は、しかしまっすぐ自分の胸に届いた。
「私のこと、まだ好き?」
いつだったか共有する時間が足りないと奈緒が泣いたとき、彼女が言った言葉だ。
簡単に口を出る好きだよの答えは、いささか軽い。
だったら、好きなら、もっと必死になってよ、と奈緒。
必死ってなに。俺たち付き合ってもう二年だよ。付き合い始めみたいに朝も夕も奈緒を思ったりなんて正直しないよ。
でもそんなことを言ったら火に油を注ぐだけだし、奈緒を好きって気持ちが消えたわけじゃないから、俺はシールのたとえで説明しようとした。
「なにそれ」
奈緒は全然、納得していなかったけれど。
彼女はどんな気持ちでこのストーリーをあげたのだろう。
俺はノーリアクションでアプリを閉じた。
「クリテツくん激ロー! 回復ある?」
「さっき使い果たした。痛ってぇ、いきなり抜いてくんのずるいよな。あ、待って、ダンジョンの奥にあるかも。ちょっと見てくる」
10勝まであと1ゲーム勝つだけなのに、疲労から凡ミスが続いてかれこれ一時間も経っている。
どちらかが「もうやめよう」と言えばいいだけなのに、それを言い出そうとしない。
もう深夜だし、すごく疲れている。明日もあるのだから切り上げたっていいのに、この時間が終わってしまうことが、なぜだか惜しい。
いつからこんな風に感じるようになったのだろう。
俺は浅沼さんを好きだと思ったことなどない。けど、いちゃもんBBAとやるゲームが好きだ。気づけば奈緒よりもずっと多くの時間を共有している。
浅沼さんの話をしていて奈緒が泣いたとき、理由がわからなくて困惑した。浅沼さんと一緒にゲームするのをやめて欲しいと言われたとき、なぜ?が解決しなくて喧嘩になった。
なんでだろう。浅沼さんとは、ずっと話していたって飽きないのに。
ダンジョンを奥に進みながら、「回復したら勝てるかも」ってことに気がついた。残りの敵は二人。あの様子だと俺よりレベルは下だ。でもそうしたら、今日のゲームは終了する。
ためらっている間に、浅沼さんこといちゃもんBBAがダウンした。
どうする、俺。
「クリテツくん! 頑張れ!」
深夜二時。浅沼さんが俺を応援している。