骨折人が失われた正座に再挑戦する話(1年7か月ぶり)
正座って、現代人はどれだけ意識的にするだろう。
正座ができなくなると困るって思う人は、どれだけいるだろう。
私は正座ができなくなると困る人で、というのも昔から日本の伝統芸能に携わっていた。そこは正座が基本であり、ご挨拶の形であり、正座のない日本舞踊が、茶道が、全くイメージできない。
そんな私が右膝を骨折してから、すっかり正座ができなくなった。骨折してから1年と7か月ほどになるが、伸ばしは良くても正座ができるほど右膝は曲がらず、半年くらい前から正座は諦めていた。無理やり曲げると膝が破裂しそうな感覚が強くて、床についた足の骨が痛くて、こんな状態で曲げきるのも酷だろうと思っていた。
それが今年の7月にボルトを抜いて、徐々に変わり始めた。
私の場合、ふくらはぎの真裏あたりにプレートが1枚とボルト3本、それから脛の骨のてっぺん付近にボルトが2本入っていた。
それを抜いた直後は手術の腫れや傷の痛みがあって、手術前ほど膝は曲がらなかった。というか直後は全然曲がらない。それが徐々に曲がるようになっていったけれど、まあボルトを抜く前と同じ程度だろうなと思っていた。
1か月半くらいして、いつものように膝の曲げ伸ばしを家でしていた時、ふと「正座してみようか」と思った。曲げ伸ばしの感覚が普段より良かったのかもしれない。布団の上で左足を曲げきってから、少しずつ右足も曲げていった。右足に体重はかけられない。破裂しそうな感覚の手前で止めようと思って少しずつ下ろしていったが、ついに正座のような格好になった。怖くて一瞬で戻したが、確かに(遠目では)正座だった。
術後に可動域が良くなったと実感できたのは初めてだった。
次のリハビリで理学療法士さんにそれを伝えると、正座の練習をすることになった。枕を正座するふくらはぎと太ももの間に挟んで、角度をゆるくして座ってみましょうと。これなら一気に押し曲げてしまうこともない。
リハビリ用のベッドは硬く、ここに膝をついたら骨が痛そうだとひやりとしながら、少しずつ腰をおろしてみた。座りきってみたが、膝が破裂しそうな感覚はない。骨も痛くない。ただ、硬くなった前ももの筋肉がはち切れるかと思うくらい伸びてて、久しぶりに重さのかかったふくらはぎがしびれて、痛みと正座ができているという喜びとで必死だった。そんな私に理学療法士さんは笑いながら、「大丈夫、筋肉は切れませんからしっかり伸ばしましょ!この調子でクッションを薄くしていけば正座もできますよ」と言った。
これがきっかけで、日常生活の動作が変わった。怪我をしてからは右膝を曲げない癖がついて、例えば床の物を拾うときも左膝を深く曲げて右膝は立てたままだった。それが両膝を均等に曲げるようになった。柔らかい床なら(まだ骨が痛いんじゃないかと思うと怖いが)両膝をついてみることもある。そうしたら立つ時の左膝の違和感が減って、左腰の痛みが減って(側弯症で元から痛い時が多い。踏んだり蹴ったりの骨折なのだ)、右膝の違和感は相変わらずだけれど、ぐっと生活が楽になった。
負荷が均等になったのだから当たり前だと思われるかもしれない。というか書いていて「何を当たり前なことを訴えているんだろう私は」と思った。けれどもこんな当たり前が、両足を均等に使っても大丈夫という日常が、怪我をした私からは失われていた。もう二度と手に入らないと思っていた。それが再び私の手の中に戻って来ようとしている。…私のリハビリの頑張り具合によっては。
日本の伝統芸能に携わる人の中にはご高齢の方も多い。となると当然正座がキツい方もいるわけで、この手の正座用クッションを持ち歩いている人は多い。
この調子なら私もいつか、このクッションを持ち歩いてお稽古に行くのかもしれない。どこかのお茶会で座っているかもしれない。
そんな日常が戻ってくるかもしれない喜びと、リハビリを頑張れなければここで終わるかもしれないというプレッシャーの狭間にいる。
2020/11/22 追記
ブログを作りました。新規記事はこちらがメインです
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