気づかないフリ
「好きだよ」と言う私に、少しだけ口角をあげて「ありがとう」と言う。
腕枕をしてくれてる腕に少しだけ力が入って私を抱き寄せてくれるが、これはあれだ。社交辞令みたいなものなのだ。
土曜日の明け方、太陽が昇り始めたおかげで、きれいな横顔につい目を奪われる。私よりも長いまつ毛をうらやましく思ったのは、今日で何度目だろうか。私は何回この部屋にきて、何回「好きだよ」と言ったのだろうか。
思い返せば最初にこの人のまつ毛をうらやましいと思ったのは、明け方のベッドの上でも、腕枕をされながらでもない。たまたま飲み会で隣に座って、たまたま好きなアーティストが一緒で、たまたま話が盛り上がって、たまたま翌日は2人とも休みだったあの日の帰り道、私よりも16cmは背の高いあなたを見上げたあの瞬間だ。
それがいつだったかもう思い出せないくらい前の日のことをボーッと考えながら、シャワーを浴びようと起き上がる。私のこの気持ちも、シャワーが綺麗に流してくれたらいいのにな、なんてよくわからないことを考えてしまうくらいには、あの日から彼のことが信じられないくらい大好きなのだ。
どう考えても私を都合の良い相手だと思ってる彼に、私の気持ちが届くことなんてないのは明確なのに、健気に好きを伝える私は本当にバカだと思う。なにやってるんだろう。さっさと諦めてマッチングアプリでも始めた方がよっぽど将来のためなのに。
本当は、私ばかり弱音を吐いたり愚痴を言ったりするんじゃなくて、彼の弱いところも見てみたい。
本当は、ただ部屋で夜を過ごすだけじゃなくて、手を繋いで外に出て、何気ない会話を楽しみながら日が沈むのを惜しみたい。
本当は、「好きだよ」と言ったら「好きだよ」と返してほしい。
本当は、そんな私だけの彼を一人占めしたい。
好きでもないのに好きって言われるのもそれはそれでムカつくけど、これだけ好きなのにありがとうで済まされるのも腑に落ちない。好きじゃないならそうやって言ってくれたらいいのに。でも、こんな私の気持ちを見透かしての「ありがとう」なのかもしれない。
(いっそのこと本気で好きだと伝えて、全部終わらせてしまおうか……)
そんな考えが一瞬頭によぎったが、彼の困った顔を容易に想像できて余計苦しくなったのでやめた。彼を困らせたいわけではないのだ。
シャワーを浴びて部屋に戻る。コーヒーを淹れて待つ彼のことを、やはり憎むことなどできなかった。
「あなたがいなくても私は大丈夫だから」
「どうしたの?急に」
「別に〜。コーヒーありがと」
私は最大限の強がりをして、コーヒーを飲んだ。
まだもう少しだけ、あなたが私を好きじゃないことに、気づかないフリをしてあげようと思う。
#短編 #スキしてみて #エッセイ
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