同じ時代を生きる者同士が負うものとは/What We Owe Each Other
表紙に惹かれて購入したミノーシュ・シャフィクの「What We Owe Each Other」。
内容は、タイトルにあるとおり「私たちがお互いに背負っているもの」ということで、特に政治や経済システム、人生のそれぞれの段階における保障などの「社会契約」が実はもう機能していないのではないか、ということにフォーカスして書かれています。
社会契約がボロボロ…。「んなこと、わかっとる、だからどうすればいいんだよ」と、パンデミックが起きてからの2年間、私自身がいろいろと悶々としていたことに対して全てばっさりと切り捨ててくれるような示唆を本書から与えてもらったような気がします。
エジプト出身のミノーシュ・シャフィクはオックスフォード大学を卒業と同時に世界銀行に就職。史上最年少36歳で副総裁に就任。その後IMFでキャリアを積み、現在はロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの学長にまで昇り詰めました。
そんな天才が、迫り来る気候変動、高齢化社会などに対応できる21世紀の「新たな社会契約」を誰にでも分かるように解説したのが本書です。
「新たな社会契約」にはどんな可能性があるのか、その実現にはどうすべきなのかを「出産」「教育」「医療」「仕事」「高齢化」「世代間」という様々な側面から検証して書かれています。
私が最も興味深く思ったのは、どの側面から問題を検証しても「教育投資の増額、労働市場への女性参加の拡大、人生における雇用期間の拡大」という社会の根っこである社会契約へ行き着いたこと。
幼少期をアメリカ過ごしたシャフィクは、母が生まれた育ったエジプトの村を訪ねた際、自分と同じような少女たちが学校へも行けず、重労働である農作業をし、誰と結婚し子供を何人産めるのか、という選択肢しか持たないことにショックを受けます。
人間はどの国に生まれるかは選べない。なのに、生まれた国が違うだけで人生を選択できる機会すら与えられないのはフェアじゃない。
そしてパンデミックが起き、誰もが必要とする労働者(配送業者・飲食業者・医療従事者など)ほど経済的に不安定になり、経済的に弱い国の人ほど医療を受けられませんでした。
世界中にはアンフェアなことがこんなにもまかり通っているのに、私たちの多くは、人生は自分の努力で設計されていると考え、一部の富裕層は親の努力で勝ち取った、と考えていませんか?とシャフィクは問題提起します。
「社会」は、生まれた国、社会情勢、経済と政治を支配する組織などのランダムな運によって作られている。そして、私たちは自らの努力だけでなく、「社会」と何らかの契約をすることで「人生」を設計しています。
だからこそ、シャフィクは誰もが人生で経験すること(出産•教育•医療•就職•高齢化)にフォーカスすることで、私たち全員が、これらの極めて重要なアンフェアな問題に対して自分の意見を持ち「新たな社会契約」を作り、より良い「社会」を実現することが大切だと思い本書を書いたそう。
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9ページには「ソーシャル・モビリティ指標」があります。低所得層から中所得層まで移るのに平均何世代必要か、というもので、1位はデンマークの2世代で最下位はコロンビアの11世代。日本は4世代でOEDCの世界平均4.5世代より少し上です。
特経済格差が固定されていたインドや中国は7世代かかるのですが、ここ数十年で改善傾向に。
146ページには「若者は親より良い生活が送れるか」というグラフが登場。
これによると、中国の78%の若者は親より良い生活ができ、インドは65%。そして、日本の若者は僅か28%、つまり半数以上は親より良い生活はできないそう。
今の日本の問題は、この状況を見て危機感を共有するだけで、どんな実現可能な解決策があるか、を知っている人が少ないことなのではないかな、と本書を読んで感じました。
シャフィクは「時には問題を大きくした方が解決しやすい場合がある」と書いていて、日本の高齢者化問題を解決することは世界の高齢者化問題を解決する大きな一歩になる、と呼びかけています。
「新しい社会契約」に関する本は沢山出版されているのですが、本書が決定的に他書と異なるのは、社会保障を充実させる青写真を描いているのではなく、私たち全員でリスクをシェアすることで目指すべき社会のあり方を具体的に示していることろだと思います。
日本はもうダメだ…という暗いニュースを目にする機会も増えてしまいましたが、世界でも暗いニュースが増えたように感じる昨今。
私たちは住んでいる国が違えど同じ時代を生きる者同士。気候変動、高齢化社会、戦争など様々な問題を解決し明るい未来を作れるか否かの責任は、同じ時代を生きるもの同士が負っている。
自分のために、誰かのために、私たちのよりよい未来のために団結すること。それこそが21世紀の社会契約を作れる大きな一歩だ、と本書を読んで思いました。
経済学者ウィリアム・べヴァレッジの「べヴァレッジ報告書」の一節を引用しておしまい。