夜中に饂飩を食べないわたしたち
反転した片目 睫毛から落ちてゆく
もうそろそろ 変化の時だね
ひとびとはさようならをいうんだ
旧きもの 変わりゆくものに
目を瞑ればこわくないなんて
みんなで渡ればこわくないなんて
そんなのはうそだ
見えなければ 怪我をするに
決まつているヂャないかへ
蝶の舞う原色の原風景の中で
甘い密やかさをほどいてゆくひとのように
わたしは言葉を書く
扉の前に立ったなら
開けるか 立ち尽くすか 決めなければね
ノートにインクを染ませることに
あいかわらず従事している
インク瓶の匂いと 紙の手触り
ペン先は羅針盤代わり
ふと美味そうな匂いがした
なにの匂いだったか
思い出せないままに嗅ぐ
寒さも和らいできた季節の端っこ
怒りに振り回されないためには
きちんと悲しむことが必要だ
怒りとは消化されなかった悲しみで
それは未消化のまま 胃腸を荒らし
わたしたちを暴れさせたり 怒鳴らせたりする
悲しみをきちんと悲しみ
消化することができれば
怒りも傷んだ玉葱のように指で押すだけで
どろりと溶けて消えてゆく
ただ 怒りを溶かしたら
さっさと荷造りをして
すぐにそこを立ち去るべきではある
悲しみは怒りを溶かすけれど
人を病ませもするから
(さらにたちのわるいことに
悲しみは静かで美しく 時にひとを依存させる)
坂道に沿って建てられた一軒家の庭に
堅実で無口な 痩せっぽっちの甘夏の木
もうずいぶんと低くなった太陽は
暮れてゆく街に染み込んで地平線にしずんでゆく
甘夏も家人もそれを黙ってみている
おがむような気持ちで あたまをさげて
太陽のあたたかさを吸った街が
がしゃがしゃと夜の準備をしてる頃
わたしの悲しみはわたしと詩だけが知っていて
誰とも共有されるつもりがない
塗装の剥がれた駅の天井
階段を降りる足音
しとしと
と汗ばんだシャツの下の生の肉体
世界を見たくて 目をおおきくあけた
愛する男の前で覚悟を決めた
生娘の震える指が掴む シャツの左右の端のように
思い切り/おそるおそる
生きているというのはいいことだよ
皮肉屋の私がいうから 信憑性があるでしょう
生きているうちに 味わう
生きているうちに
わたしのいのちはわたしがつかう
たくさんの流れ星
じっと見ながらあの日 決めた使い方で
よろこびを共有する
共有すると増えてゆく
次々に咲いた花の香りが 濃厚にする家で
踊るようにして くちづけをしている
くちづけをしている
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