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保育士の声かけをデータ分析することで見えてくる、「子どもの関心」「保育士が大事にする重点」

 保育士のお迎えの際の子どもへの声かけ記録を分析させてもらう機会がありました。そこには、保育士がそれぞれの子どもの一日の行動のどこに注目していたのか、現れていました。


声かけの質の重要性

 日頃からよく拝見している本の中に、高山静子「改訂 保育者の関わりの理論と実践」がある。
 この本において、「子どもが習得する言葉と保育者の語彙」という見出しの下、次のように論じられている。

「幼児期の子どもは、直接物事にふれる体験によって様々な学びを得ます。その際保育者は、体験に言葉を添えます。しかし、雨の後に川の水が増えているのをみて、『やばいね』しか言えない保育者のもとでは、子どもは、言葉や数量の概念を得ることができません。保育者が『深い』とか『流れが速い』といった言葉を使うことで、子どもは言葉の伴う数量感覚を見つけることができます。」(同書、P67)

 この指摘から、どのような言葉かけ、声かけを子どもたちにできるかという保育士のスキル、専門性が、いかに大事かということを再確認できるだろう。


声かけ記録のコーディング

 今回、保育士が、お迎えの際に、子どもたちの「その日の行動」に関して、どのような声かけをしようとするか、3歳児クラスと、4歳児クラスの各5人の子どもについて5週間に渡って記録化してもらったもの、2施設分を分析する機会があった。
 自由記述の記録なので、本当に様々な内容となっており、当初はどう分析して行こうかと面食らい、試行錯誤となったが、最終的には、記録された「子どもの行動」を、保育所保育指針「保育のねらい及び内容」における、いわゆる5領域に格付け(コーディング)して、その頻度や分布から何か見えてこないだろうかと分析作業を行った。
 なお、時間的制約から、コーディングは筆者一人の判断で行っていることから、今回の結果自体が頑強な安定性を持っているとは言えない。あくまで分析手法の紹介と、そこから得られる結果の見通しであるとご理解いただいだきたい。
 とはいえ、このようなコーディング方針でデータを整理することにより、保育士がそれぞれの子どもの「その日の行動」のうち、声かけに値すると考えた行動が、どの領域に分布しているかの目安になるだろう。そこから、子どもの関心の向き先、更には、保育士が大事にしている保育の重点のようなものも抽出していけるのではないだろうか。


○施設1

 まず施設1の2クラスの声かけの領域分布を、主成分分析によって、二次元平面に、子どもごとにプロットしたものが次の図になる。青点は4歳児クラス、オレンジ点は3歳児クラスの子どもである。

声かけ施設1

 まず、頻度を確認すると、子どもへの声かけに現れる「子どもの行動」では、「健康」に格付けできる活動の回数が多い。これは、給食や着替え等の生活習慣に関連する課題達成を記録化しているケースが多いことと、体を使う活動という外形的に明瞭な活動について記録化しているケースが多いことによる。これに次ぐ割合を占めたのは、「人間関係」の活動となっている。 
 これらの記録では、周囲との関わりの態度、姿勢(優しい、手伝う)や挨拶、ルールへの理解といった行動が肯定的に記録されている。逆に、認知的な要素の強い活動領域である、「環境」「言葉」「表現」についての記録は少ないという結果であった。
 さて、この主成分分析の散布図の横軸と縦軸は、次のようになる。ちなみに、この2軸で、領域格付けのバラツキの8割以上を説明でき、横軸と縦軸の説明力は近い値となった。

 横軸は、<右:人間関係/表現  左:健康/言葉>
 縦軸は、<上:言葉/環境     下:健康/人間関係>

 これを踏まえると、記録されている行動(保育士が記録すべきと評価した行動)のグルーピングとしては、
①左下の「健康」(外遊び、生活習慣)に関する記録が多い園児
②左上の「言葉」(たくさん話しをする、元気な挨拶)に関する記録が多い
 園児
③右下の「人間関係」(年下に優しくする、約束を守る)に関する記録が多
 い園児
にグルーピングできる。

 この分布から、保育士からみた印象的な「子どもの行動」領域を確認することができる。勿論、この領域格付けの背景には、具体的な子どもの行動の記述がある。とは言っても、闇雲に日々の記録上の「子どもの行動」の記述を読んでいても、漠然とした子ども像しか出てこないのではなかろうか。
 しかし、「子どもの行動」記録の多寡を一旦、抽象化し、その「子どもの行動」特性を踏まえ、具体的な記述を見直すことによって、より具体的な子どもの関心や意欲の向き先(の候補)を見出すことができるのではなかろうか。

○施設2

 施設1と同様の主成分分析をした施設2の結果をプロットしたものが次の図になる。

声かけ施設2

 まず、頻度を確認すると、全体的にみて、園児の活動領域のうち、「健康」に格付けできる活動の回数が多く、このレベルでは施設1と同じ傾向だ。ただ、施設1の記録と「健康」の内容に差があり、主に外遊びや体操、スイミング等の運動に関連する記録が多くなっている。
 これに次ぐ割合をしめたのは、「環境」の活動となっている。これらの記録では、数量への関心についての記録や、公園等における動植物への関心が肯定的に記録されている。逆に、「人間関係」についての記録が、最も少なかった。
 さて、この主成分分析の散布図の横軸と縦軸は、次のようになる。ちなみに、この2軸で、領域格付けのバラツキの8割以上を説明でき、横軸と縦軸の説明力は近い値となった。

 横軸は、<右:表現  左:健康>
 縦軸は、<上:表現  下:表現以外(つまり、表現が少ない)>

この第1、第2成分の性格付けだけでは、分布の特性をよく解明出来なかった。そこで、各グループに属する子どもの記録の格付け頻度表それ自体を再度確認しつつ、記録されている行動(保育士が記録すべきと評価した行動)のグルーピングの中身を確認した。
 すると、散布図から明瞭なように、まず大きく、①「表現」の記録の多い上半分グループと、②少ない下半分グループに分かれていることが確認できる。それとともに、各グループの中で、「健康」と「環境(認識)」関する記述数の差が、両グループにあることが判明した。

これを踏まえて、グルーピングを行うと、次のようになる。
①-1 ①のうち、比較的「健康」に関する記録の多いグループ
    (左上の3名)
①―2 ①のうち、比較的「環境」に関する記録の多いグループ
    (右上の2名)
②-1 ②のうち、比較的「健康」に関する記録の多いグループ
    (左下の3名)
②-2 ②のうち、比較的「環境」に関する記録の多いグループ
    (右下の2名)

 さて、この分布状況からは、クラス=記録する保育士の違いが明瞭に現れていることから、これらのバラツキについては、すべてが園児の個性と考えることはできず、少なくとも分布の上下の差については、クラス運営、記録者の特性によって、分離している可能性が大きい。
 つまり、青点の4歳児クラスの保育士は、「表現」領域の子どもの行動に記録の重点が置かれており、オレンジ点の3歳児クラスの保育士は、相対的にそれ以外の領域の子どもの行動に重きが置かれているということが推測できることになる。
 また、その保育士の視線の範囲内ではあるが、「健康」領域の記録の多い子どもと、「環境(認識)」領域の記録の多い子どもという、「子どもの行動」特性に見出すこともできる。


声かけに現れる子どもの個性、保育士(施設)の個性

 当然と言えば、当然であるが、保育士の子どもへの声かけを分析すると、その保育士が子どもの何を気にしているのか(生活習慣か、外遊びか、給食か)とか、園のカリキュラムの重点がどこに置かれているか、ある程度、明瞭に判明することが分かる。
 さらに、最も「感度の信頼のおける」保育士というセンサーを通過した熟度の高いデータを主成分分析で分析することにより、「子どもの行動」特性を判別することも可能ではないかと思われる。

保育士の「声かけ」の5領域

 例えば、施設1と施設2の分析結果を確認すると、夕方のお迎え時に、その日の子どもの行動を振り返ったときに、保育士が着目する行動は、「健康」領域が多い。しかし、施設1では、生活習慣形成に関する記録が多く、施設2では、外遊びやスイミング等の運動に関する記録が多い。ここからは、施設の「保育のねらい及び内容」における重点の置き所に差があるのかもしれないという予想ができることになる。

 また、記録のコーディング結果のクラス別の分布が、クラス別=保育士別で明瞭にグルーピングできない施設1とはっきりとグルーピングできる施設2の差が、はっきりと出てきている。記録者の差が結果に明瞭に出てくれば、その保育士の「子どもの行動」に対する着眼点の振り返りに用いることができることになるだろう。クラスの差が明瞭でない施設では、施設全体の保育運営・保育実践の中で、自分「たち」が何に重きを置いていたのかの振り返りに資することになるだろう。


備忘録ではなく、データ分析へ

 保育の記録というと、保育士養成課程の「子どもの理解と援助」でも重視されているのは、子どもの行動や発達の記録をとることが中心となっている。他方、保育士自身の振り返りは、保育士自身の備忘録的なものに頼っているのであろう。
 しかし、保育士の子どもへの声かけの記録という「保育士の行動」を記録し、データ化することで、保育士一人ひとりや、施設全体の保育方針の「実態」を、感覚ではなく、データで分析することもできる可能性があるということをお分かりいただけるのではなかろうか。

 今回の試行では、保育士の記録250回の5領域への格付けを一人の人手で行ったが、どうしても時間を要した。このため、定期的に多くの施設について、この分析を実施することは現実的ではない。
 しかし、このような限定された施設の記録の格付け作業を1年分くらい続けることができれば、保育士が子どもの行動について記録するテキストを、この分析アルゴリズムを機械学習させる「教師データ」として整備できるのではなかろうか。そうなれば、バッチ的に人の目で確認し、判別ミスを修正することを前提にして、その判別器からの新しい判別結果を新しい「教師データ」の追加として、さらに判別器の機械学習のサイクルを重ねることができるようにもなる。
 そして、この機械学習で訓練された判別器を用いて、定期的に多くの施設について、この声かけ記録のようなテキストを分析することができるようになるだろう。

 保育士が苦労して作成する連絡帳や保育日誌のテキストは、子どもの発達や成長の貴重な記録だ。これを、「子ども理解」や「保育士自身の振り返り」のために有効活用できるように、技術を展開させられればと考えている。