「鮮度の高い情報」を求めている保護者のための『ドキュメンテーション』
保育所に子どもを通わせる保護者が、どのような方法(メディア)で、施設や保育の状況についての情報を知りたいと思っているという調査結果から、『ドキュメンテーション』について考えてみました。
【(保育)施設から施設利用中の保護者への情報提供の方法、一番有益な方法】
(出典)日本保育協会「保育所等の情報公開・情報発信に関する調査研究 報告書」
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000520272.pdf
保護者にとって有益な情報ソースとは?
保育園などの保育施設と保護者との間では、様々な方法により、情報のやりとりがなされています。登降園時の会話に始まり、園からのお便りや連絡帳といった媒体、さらには、ホームページや日々の保育について綴ったブログによる情報発信を実践している保育園も希有な例ということではなくなっています。
冒頭の表は、保育施設からの情報提供がどのように行われているか、そして施設を利用する保護者からみて、有益な情報提供方法がどのようなものであるかを厚生労働省の補助の下で「日本保育協会」が調査し、2018年3月に公表したものです。
この調査では、保護者は、保育施設からの情報発信の主な手段を、「日々の保育士とのやり取り(送迎時、連絡帳を含む)」「保育施設から保護者へのお知らせ(通信やおたよりなどの配布物、施設内に掲示されるお知らせなど)」「保護者向けの行事(保護者懇談会や保育参観、保護者面談など)」と認識しており、ホームページなどを含む「保育施設が独自に発信する情報」の認知度合いは3割程度と相対的に低くなっています。
保護者懇談会は評価されていない
さらに興味深いのは、保育士とのやり取りや施設からのお知らせは有益だと評価されている一方で、保護者懇談会などの保護者向けの行事については、ほとんど有益と評価されていないということです。
この結果を筆者なりに解釈すると、個々の保育士との日常的なやり取りという個別性の高い情報提供が最も重視されており、それに次いで、施設を利用している保護者向けに、クラスや施設の情報を随時提供するという「中間的」な情報提供が評価されているということになるのだろうと思います。
広く一般に公開する情報提供は、進行形の利用者にとってはあまり有用ではないのでしょう。というのも、この形態の情報提供は更新頻度が低くなりがちだからではないでしょうか。
この点、保護者向けの行事が情報源として評価されないのも、頻度が影響しているのではないかと推測できます。「たまにしか提供されない密度の濃い情報」よりも、「高頻度に更新される新鮮な情報」の方を高く評価しているということなのでしょうか。
中間的な情報発信としてのドキュメンテーション
さて、個別的な情報提供に次いで、保護者から有益だと評価される「おたより」や施設内の掲示といった「中間的」な情報提供のあり方として、参考になるのが、レッジョエミリア・アプローチにおける「ドキュメンテーション」のあり方ではないでしょうか。
レッジョエミリアとは、イタリアの都市の名称で、その地で行われている幼児教育保育に対して世界的に関心が持たれています。その詳細をこの場で記述することは紙幅の関係で行えませんが、そのレッジョエミリア・アプローチの重要な構成要素の一つが、子どもたちの活動を記録化して、施設内、そして保護者と共有する「ドキュメンテーション」です。
この「ドキュメンテーション」は、施設外に張り出されることもありますが、多くの場合は、施設内に張り出されて、保護者や関係者の閲覧の用に供されます。
レッジョ型の「ドキュメンテーション」作成過程の特徴を筆者なりに2点にまとめると、「共同性」と「同時進行性」となるのではないかと考えています。
Ⅰ:共同性
ドキュメンテーションの作成は、複数の保育者(や専門的支援者)が
共同作業で行うものとされている。
Ⅱ:同時進行性
記録の対象となるプロジェクトが完了してから、ドキュメンテーショ
ンを作成するのではなく、数カ月かけて実行されるプロジェクトについ
て、1週間ごとなど定期的にドキュメンテーションを作成する。そのド
キュメンテーションを、子ども自身を含む関係者が閲覧し、プロジェク
トの進行方向を修正する。そして、次のステップのドキュメンテーショ
ンが作成される。このように、プロジェクトとドキュメンテーション作
成が同時進行となっている。
ICTとの親和性
共同作業、記録すべき事象との同時進行という「ドキュメンテーション」作成過程の特徴は、実はICTとの親和性が高いのではないかと思っています。
同時進行で共同作業ということは、完成形を目指すというよりも、何度も作り直すことを当然の前提となっています。従来の紙ベースの作成過程でもやり直しはできますが、コンピュータを用いてデジタルで管理すると素材の入れ替えや記述の見直しのコスト負担は格段に低くなります。
また、音声や動画を交えた「掲示」をすることは紙では不可能で、コンピュータとモニターを利用せざるを得ません。
レッジョ型の「ドキュメンテーション」は、第2次世界大戦後から営々と試行錯誤が積み重ねられ、1990年代から世界的に注目されてきており、必ずしも新しい試みではありません。また、日本における保育カリキュラムの歴史をたどると、このようなプロジェクト型の保育実践の構想や実践例も実は古くからありました。
ただ、レッジョ型のドキュメンテーションは、ICT、コンピュータの力を用いることでこそ、真に定着する技法になるのではないかと考えられます。
鮮度の高い情報発信のための掲示システムへ
先に述べたように、保護者は、「高頻度の情報提供」、つまり鮮度の高い園児や施設の情報に高評価を与えます。そのような情報の鮮度を保つためには、コンピュータを活用することが不可避でしょう。
言い方を換えれば、昨今の各種ICTの進歩が、やっと子どもを中心に据えた保育実践を高頻度で記録化できるレベルに到達しつつあるということなのです。
やっと普及帯に降りてきた高精細な4KモニターやAIの技術を活用して、保育施設と保護者の「中間的」な情報共有の方法を進化させるべく、保育実践の新しい「掲示システム」の研究、試行を進めていくことが必要なのだと確信しています。